November 24, 2017

周 期

周期と言えるほどキッチリした巡り合いでもないが、一年に一度、必ず最低一回は必ず風邪ひき、それもかなり重篤(私にはそう見える)な状態になる家内だ。
s-2017-11-18_142824その周期が巡ってきたのか10日ほど前。声がハスキーな感じになり、ゼエゼエゴホゴホと咳き込むように、そして発熱、目はトロン。
私が手伝えることがあればやるのだが、私自身が思うように動けないので、むむむむむ。
とにかく医師の診察をと医院に行かせることが私の第一段階の仕事なのだがコレが大変なのだ。
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結婚する前、家内は大阪府下某市で母親と二人で暮らしていた。
風邪を引いて欠勤していることを知り、家内の好きな不二家のイチゴのケーキ(ホール)を買って夜間に見舞いに行ったが、見舞いが一回で済まなかったことを覚えている。
毎日顔を見れることは嬉しいことだが熱の為に赤くなった顔やゴホゴホ咳き込む姿は可哀想で辛い思いの方が強かった。
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こんな家内が医者に向かう時は、いよいよ自分自身が観念・得心した時、この当時、つまり50年近く前から変わらないのだ。
『こって牛』という言葉がある。干支とは関係なく我が家内を形容する言葉として当たっているような。
当たっていると断言するほど私も恐れを知らない人間ではない。ぶっはははは
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ある鉄道ストライキが行われたおり、自宅から職場まで多分20数キロあるはずだが線路を歩き鉄橋をs-2017-11-18_143629歩いて渡り昼食時には出勤した家内である。この事例で、こって牛という例えも私の第一段階の仕事がいかに大変かも分かるだろう。
勿論家内をけなす意味ではない。自分が選んだ仕事に対する熱意だけでなく、その頑固さに於いて秀でるものがあり、私とはエエ勝負をするということだ。ぶっははs-2017-11-20_101348はは
昔のことを思い出してしまったが、願いは早く良くなって欲しい、ただひとつだけだ。
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November 23, 2017

『追っかけ』

『追っかけ』という言葉から先ず私が思い浮かべるのは子どもの頃に遊んだ『追っかけっこ』だった。
『鬼ごっこ』の類いで駆ける走るを基本とするゲームだが幾つかの種類があり、私が子どもの頃は大s-2017-11-18_142632将・兵隊・水雷艇など役割と権能を分担して行う戦前のゲームを引き継いだものもあった。
『追っかけ』という言葉が今流にハッキリとイメージ出来るようになったのはダイアナ妃が不慮の事故に遭遇した時からだ。
s-2017-11-18_143912群がりまとわりつくカメラマンや記者たち。生活するためのシゴト。そのシゴトを非難否定するつもりは無いが私には出来ないことだ。
パパラッツィ(ツォ)と呼ばれる彼らに比べればアイドルグループの『追っかけ』をやっているグルーピーらがカワユク見える。s-2017-11-18_143427
彼らのような『追っかけ』は私には出来ないし興味もないが、小説家の『追っかけ』なら私にも出来る。
というわけで現在は山本一力 氏の作品の『追っかけ』中である。
この『追っかけ』のきっかけは彼の作品『ジョン・マン 波濤編』(単行本)を見つけs-2017-11-22_170635たことにある。
『ジョンマン』『ジョン万次郎』『中浜万次郎』と呼び名は異なるが同一人物であり、小学生の時に図書室で読んだ『ジョン万次郎漂流記』(井伏鱒二・著)を思い出し、今一度読んでみたいと思ったのだ。それに著者が変われば対象人物が同じであっs-2017-10-21_061636ても評価は変わるもので、それは作品の成り立ちにも影響を与えるものだ。そんなこんなで興味を引かれて読み始めたのだ。
ところが一巻で完結でなく太洋編、望郷編、青雲編、立志編と続きがあったので文庫本を仕入れて読み進めたのだが、更に順風編が出版されると知ったので予約購入して読んだのだった。(ありていに言えば単行本は価格が高いということ)
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小学生高学年の頃、『ジョン万次郎漂流記』だけでなく『ロビンソン漂流記』(デフォー・著)やs-2017-10-21_061344ジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』『海底二万里』などワクワクしながら読んだことを思い出す。とりわけ『海底二万里』については父親に映画『海底二万哩(マイル)』を観に連s-2017-10-28_143951れてもらったこともあった。艦首から艦橋にかけてノコギリのようなものを取り付けた奇怪な潜水艦ノーチラス号の姿を今でもハッキリと覚えている。
ひょっとするとこの当時読んだヴェルヌの『八十日間世界一周』や『地底旅行』など漂流・探検・旅行・科学といった分野の読み物が後の私の興味・関心を持つ事柄の方向付けにつながったのかもしれない。
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いろんなことを思い浮かべたり、音楽を聴いたり、本を読んでいたりと、そんな時に以前には無かったs-2017-10-21_063726ことだがウィスキーをチビリ・チビリ楽しむこともある。誤解を招かないように決してグヴィッ・グヴィッではないことを付け加えておこう。昔も今もちっとも変わらないことに昼間に飲む酒は何故か酔いの回りが早く、外での飲酒に比べて我が家での飲酒は酔いの強さが2倍にも3倍にも感2017-10-22_155453じるから、とてもグヴィ・グヴィあおるように飲むことなど私には出来ないことなのだ。
チビリ・チビリ飲む時のツマミは大概が『亀田の柿の種わさび』である。
ツマミは何でも良いのだが、おやつに柿の種をひと袋だけ家内が出してくれるので別段意味も無く、それをツマミとしているだけのこと。
私のおやつはお茶にお菓子がきまりだったが、酒蔵の整理をと思い立ち、飲みさしのボトルから眠ってs-2017-11-23_152623いるボトルを次々と叩き起こして三時のお茶代わりにしてきたのだ。
掲載の写真は極一部だ。などと書くと相当な酒飲みか酒屋かと思われるかもしれないが、免税で持ち帰った物や頂き物が溜まっていただけのこと。
日本酒やビールの保存は私には出来ないことで、我が地下酒蔵に残っているのは蒸留酒とワインだけ。
ともかく私のおやつの基本は下の写真に示す通り、お茶とお菓子だ。
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家内が点ててくれない時は自分で点てるのだが、超お濃茶になったり超お薄になったりで自己流の極みを自覚している。
茶の味わいは叔母・宗達に教えてもらったが、味わいの満足感はその時々の人をはじめ全ての環境とそs-2017-11-18_151707れらに関わる我が感情によって大いに変わるものであり一概にコレと断定できるものではない。
とは言えお茶に生菓子は何時でも大歓迎。写真の雲竜(棹菓子)は頂き物の栗京観世(鶴屋吉信)だが秋季限定の菓子だ。雲竜は京都四条通りには俵屋吉富があるし、以前に紹介しているが大阪・貝塚に村雨と称する菓子もある。
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両刀遣いなどと言われようが、うまい物は美味いのだ。
まあそんなおやつを頂きながら山本一力 氏の作品の『追っかけ』をやったりコンサートを開いたりと、日々楽しく過ごすことに努めている此の頃だ。




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November 20, 2017

『病前病後』

使用前・使用後と言う言葉はよく見聞きするが『病気前・病気後』という言葉はあまり見ることがない。
s-2017-10-09_151306縮めて『病前病後』。と言ってもリハビリ継続中なので病後という表現は当たらないかも。但し屁理屈めいたことを言えば、痛みが病気であるなら、その痛みが消えた時点で病気は治ったことになり、リハビリは別物。そのように見るか、元々の痛む病気s-2017-11-18_142938を起因として連鎖的にリハビリを必要とする症状が出現したものと一連のものとして捉えるか、これは個々の症例によって異なるのでなかなか難しい問題である。
私は完全回復した後を病後と考えているので、現在の私は病中の後期程度と位置付けているのだが・・・。
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そのことはともかく、病前と病中の私を比較した時に最も大きい違いは行動範囲の差である。
余程のことが無い限り、好きな時に好きな所へ移動し、好きなだけ思うままに行動出来ていたのが全くs-2017-10-09_151503と言って良いほどに制限を受けて移動出来ないで来たのだ。
制限と言っても誰かから命じられての制限ではなく、移動したくとも身体が移動出来ない状況であるということだ。
旅行に出かけることも展覧会やコンサートに行くことも出来ず、自由に飲み食いすることも出来ずに5年間のほとんどを我が家か病院で過ごしてきたのだ。
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病前、外食をする際には私が家内を案内することが多かったが、病中の今は極々たまに外食することになっても家内に連れてもらわなければならない。だから必然的に外食する機会は少なくなるのだ。
だから朝昼晩ほぼ同じ景色を眺めるか、書物の活字を追うか、テレビかパソコンの画面を見るか、音楽会を開催するか、まあそこそこやることは決まっており変化を感じることが少ない日々を送ってきているということだ。
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11月4日(土)、山形の蔵王だか天童から仕入れた玉コンニャクを煮たのを肴に冷酒をチビリチビリやっていたところ、東側の丘陵の上に見事な満月が見えたのだ。
月齢15.31の「まーるい、まーるい、まん丸い」お月さんで食事中ずうっと眺めることが出来たのだった。月の満ち欠けは変化はあるものの天気次第で見ることが出来たり出来なかったり、それに月の出る時刻がいつも夕食時とは限らない。
そんなこんなで猪口に花を浮かべてみたり、料理と素材の変化に楽しみを求めたりと、自分なりに変化を楽しむようにしてきた。
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ともかく動ける範囲が限られている上にサッサと素早く動くことが出来ない。
そんなわけで見事なお月様ゆえ写真でも撮ろうと思ったものの天体望遠鏡も野鳥観察用の望遠鏡も普段は地下書斎に置いているために思い立ったら直ぐにとは行かないのだ。
それで次の機会をと思い、野鳥観察用の望遠鏡を家内に持って来てもらっておいたのだ。
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今年10月4日(水)が十五夜だった。名月をと撮った写真は『中秋』(Oct 5.2017付)で掲載しておいた。その折の月齢は 13.9 で、今回上の写真の月齢は 17.31 である。
望遠鏡の接眼部に見える状態での月をデジカメで撮影したものだが、レンズ径が大きいので明るく撮れた。カメラは10年前に買った富士フィルムのファイン・ピクス。望遠鏡は三脚で固定したがデジカメs-2017-10-10_105226は手持ちでの撮影だから、写り具合としてはまあ上出来と言って良いだろう。
反射、屈折と望遠鏡については色々と手掛けてきた。
いかに望遠鏡の分解能を高めるか、球面収差補正のための球面鏡を磨く手間のかかる作業もしてきた。
しかし素人工作品であれ、何万円もの代金を支払って購入した天体望遠鏡であれ、s-2017-10-10_105023見ることが出来るのはせいぜい土星の環、それも何となく環であろうと思う程度に見ることが出来る、それぐらいが望遠鏡の性能の限界なのだ。
随分以前にパロマ天文台の天文科学教材のスライド写真を紹介したことがあるが、それの星雲や星団など個人が持つ程度の望遠鏡では見ることなど出来るものではない。s-2017-10-10_110038
そうしたことを比較しつつ思うに、野鳥観察の望遠鏡で掲載の写真ほどに月を見ることが出来、しかもデジカメながら撮影も出来たのだから、私としては大満足の気分なのである。
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まあともかく我が身を大きく動かすことなく変化を求め楽しむ為に、こんなこともやってるよって、我が近況報告のひとつとして紹介してみた。
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masatukamoto at 21:37|PermalinkComments(0)
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