September 28, 2020

結末は分かっていてもオモシロイ

昨夜が最終回だった『半沢直樹』を家内と共に視聴した。
かき色短い
「そうだ、もっと厳しく突っ込め!」と演者を叱咤したり、この場面はもう少し丁寧に展開した方が良いのにとか、まるで演出家か演劇評論家にでもなったような気分で観ていた。s-83916
推理小説物なら最終回に予想もしない大どんでん返しということも考えられるが、『半沢直樹』の場合はほぼ予想通りの展開であった。結末が分かっている場合、面白味は大きく欠けるのがフツウだ。しかし『半沢直樹』の場合は海千山千の金権政治屋や悪徳弁護士らを駆逐するという、つましく正直に生きる大多数の国民が願う道と合致するために最終最後までオモシロク観ることが出来たのだ。
みどり短い
テレビを余り好んで見ない私だが『半沢直樹』は楽しめた。ちなみに昨夜の関西での視聴率は34.7%だったとか。
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上は3日ほど前に見つけた2つの蕾。それを本日写真に撮っておいたが今年になって4度目の蕾なのだ。
s-2020-09-28_1432333度目の開花はこれまでで初めてのことだと先日書いたところだ。ところが何と4度目の開花も見ることが出来そうなのだ。
左は大写しにしたもの。

ももいろ短い



masatukamoto at 14:30|PermalinkComments(0)

September 27, 2020

今夜が最終回

私はテレビというものが余り好きではない。
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私が小学校低学年の頃、大阪でテレビが置かれているのは風呂屋(公衆浴場)くらいで一般家庭には普及していなかった。世の中の様子を知るには新聞かラジオから情報を入れるか、映画館で3本立てのニュース映画を見ることぐらいであった。s-2020-09-27_140922
あかいろ短い
多分、昭和28年頃だったと思うが、両親が仲人を務めたKさんの家を訪ねた時のことだ。当時某大学で電気工学の先生をしていたKさんがテレビで画像が映る仕組みを自作の装置で説明してくれたのだ。父親は真空管ラジオを自作していたぐらいだから理解していたようだが私はチンプンカンプンで分からなかった。ただ径20cm程度の電球の頭のような所に文字が映し出されたということだけが記憶に残っている。
青色短い
それから 2,3年して我が家にテレビが入って来た。勿論白黒テレビだ。
当時は何を見ていたのかと思い出してみると、チロリン村とくるみの木(人形劇)とか名犬ラッシーs-2020-09-14_201649(映画)、力道山のプロレス、相撲中継くらいでテレビから強く影響を受けた記憶が余り無かったように思うのだ。
記憶に深いものと言えば、昭和34年(1959年)の皇太子殿下と美智子さまのご成婚パレード中継だろうか。その後カラーテレビに買い替えて以後、ケネディ大統領暗殺事件1963年(昭和38年)、東京オリンピック1964年(昭和39年)などが印象深いものだが、振り返ってみると継続s-84006してずっと観ているというテレビ番組は無かったように思うのだ。
ももいろ短い
冒頭で私はテレビが余り好きでないと書いたように、今もテレビ浸けにはなっていない。
しかし、家内に「面白いから」と勧められてはまり込んだ番組がある。池井戸 潤 氏の作品をTBS系日曜劇場で放映した『陸王』がそれだった。
なかなか楽しめる番組だと思っていたら、次に『下町ロケット』更に『ノーサイドゲーム』と続き、今s-2020-09-15_181933回は『半沢直樹』である。
むらさき短い
いずれの作品も実際に存在する企業名を想起させるような会社を登場させるとか、現代社会問題と関連付け、観る側に問題との『身近さ』や『解決しなければ』といった思いを抱かせるものに仕立てている。
また現役バンカーが「現実には有り得ないことです。」と私に語ってくれたようなことでも実際に起きていて何の不思議も無い、むしろ観ているが私が『そうあってほしい』と願うことを自然に当然の如く話を展開している。全てを書けないが、こうしたところが私にとって魅(ひ)かれた理由と言えそうだ。
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いずれのドラマも『天網恢恢疎にして漏らさず』と言うか、『勧善懲悪』『因果応報』思想が随所に見られ、観る方も『判官贔屓』の思いを持ってついつい快哉を叫びたくなるのだ。
儒教における五徳は未だ未だ日本人の心の底流にあるように思えて嬉しい。
『半沢直樹』は今夜が最終回だ。




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September 24, 2020

敬老の日

9月21日が『敬老の日』だった。
我が家のドラえもんが、
「今日は、おじいさん・おばあさんを大切にする日だよ。」s-2020-09-10_172241
と言った。
ももいろ短い
『今日は』か?と、ひと言噛んでやろうと思ったが、元々録音された言葉を語るだけのドラえもんのことだからと寛容の心をもって赦してやった。ははは
みどり短い
今日は何々の日だと、1年365日すべての日が何かの記念日や何かを啓発するための日などに関係づけられているようだ。
全く私自身と関わりの無い日が殆どで、『勝手にやってくれ』というのが正直な気持ち。
『敬老の日』や『母の日』などもあるが、その日に物や言葉で気持ちを表したということで済ませていることが多いのではないだろうか。
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『敬老』思想は 2300年前頃、中国で孟子が説く『長幼の序』に見られるので実際にはもっともっと古く、人類誕生の頃まで遡るのかも知れない。長たる父母が産み育てる子どもとの関係は現代も変わらないのだかs-2020-09-14_201612ら。
しかし儒教が人々の思想に強い影響を与えている韓国でも、最近は日本と同様『長幼の序』意識が薄れてきているように私は感じてきている。
原因は民主主義の定着
(いびつだが)と個人主義の拡大、人々の価値観の変化、
ITによる情報技術社会の発展など相互複合的であると考えている。これについては別途書くことがあるかも。
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時代様相は変われども『長幼の序』を私の倫理の基本柱のひとつとして今後も変えるつもりはない。s-2020-09-15_183001
ただ既に『敬老』の対象となる齢にあって『長幼の序』を説くのはいささか面はゆい感がするが、私は他の人に押し付ける気は無い。『長幼の序』はあくまで個人の内的価値に属することであり、『長幼の序』に価値を感じ行動に示すことで自他の評価を得ることになるのだ。もっとも自分が満足するための行為は良いが、他の者の評価を得るために行う行為は私の最も嫌うところだ。意識することなく『長幼の序』を尊ぶ行動が極々自然に出来るなら、これはもう申し分のない『躾』を身に付けた『美の姿』と言えよう。
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22日、Y君が彼の長男 K君を伴い、小豆と黄な粉のおはぎを持って来てくれた。
別に『敬老の日』だからともお彼岸だからとも言わず、ただやって来てお話しただけのことだが暗々裏に通じるということもある。
s-2020-09-24_142448論語には『七十にして 心の欲するところに従いて 矩を踰えず』とあるが、私など 70を越えても未だ未だ無知蒙昧未熟さを痛感しているところだ。
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さて、私たちの『敬老』については 19日(土)に小っちゃな折膳を取り寄せ、二人で夕食を楽しんだ。私の歩行機能の回復に 9年近くかかっていることを除き、その他に大きい障害は無い。それで、互いが健康に老いていっていることに感謝して『互敬老の日』と。勿論この日だけのことではない。私たちにとっては毎日のことだ。
青色短い





masatukamoto at 14:00|PermalinkComments(0)
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