June 21, 2017

『西風吹かば・・・』の補足【2】

故・西島伊三雄氏が描く童絵に優しい温かみを私は感じると書いた。
その西島氏の作品で早い時期の絵が『 画帖 緬甸(ビルマ) 』にまとめられている。
s-2017-06-20_090651早い時期というのは私が知る限りということで、この画集の作品以前のものを私は見ていないからだ。
s-line-10黒色
この画集は西島氏が23歳の時に緬甸(現・ミャンマー)で終戦を迎え、その後1年間現地で捕虜収用生活を送った時に描いた80点ばかりの内の50余点をまとめたものだ。
西島氏は画帖の『はじめに』で、物資不足ため絵を描く道具を手に入れる苦労も書いておられた。
s-line-2赤色
絵を描く為の道具と言えば紙と絵の具が必須だ。
用紙は貴重な配給品の為、同年兵の好意で分けてもらったり、英国軍将校から特別支給してもらったそうだ。
消費社会の現代日本からは想像することさえ難しい状況だったのであろう。
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絵具は黒とインクの他は手に入らなかったのだと。
赤色は陸軍から赤チンキを。
黄色は軍医に頼んでマラリアの予防薬、キニーネを。
墨はあっても硯が無かったので、黒檀の木を伐って乾燥させて使ったり、竹でペンを作るなどもしたそうだ。
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描く道具が十分でない中、素描はしっかりしており流石だと感心する作品集である。
山笠の中洲流の扇子や手ぬぐいに描かれている童絵はこの画帖には入っていない。しかし上の托鉢僧を描いた作品など現地人を描いた絵に童絵に繋がるものを私は感じたのだが・・・
s-line-7青色
童絵作品については別途紹介することに。
梅雨入りして随分になるが、漸く昨夜半から雨が降り始めた。
ドシャ降りの雨が。

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June 20, 2017

『西風吹かば・・・』の補足【1】

前々回の『西風吹かば祭の便り』で故・西島伊三雄氏がデザイナーとして福岡市の地下鉄駅のシンボルマークを手掛けられたことや、彼が描く童絵に優しい温かみを私は感じるといったことを書いた。hakata[1]シンボルマークについては私が乗り降りすることの多かった駅のものを6つだけ示しておいた。
それらについての解答というわけではないが、反物状のものが博多駅のマーク。多分博多を象徴するものとして博多織(帯)を取り上げてデザイン化したものだろうと思う。
s-line-1灰色
nakasu-kawabata[1]青色のが中洲川端駅。中洲の中と川端の川の字をデザイン化し、山笠の法被(はっぴ)のイメージを重ねたのかなあと私は思っているのだが。
西島氏に聞いたわけでも福岡市交通局に尋ねたわけでもない。私が勝手に想像しているだけことなので念のため記しておくことにする。
s-line-2赤色
tenjin[1]緑色の円が五つ。
どう見ても梅鉢紋であり、梅の紋と言えば菅原道真、つまり天神さんである。
実際、アクロス福岡の北側に水鏡天満宮があるのだ。
s-line-3茶色
akasaka[1]これは赤坂駅。
赤坂の第一音目の『あ』をカタカナでシンボライズされたものと思うが、それ以上には思い付かない。
s-line-4黄金色
桜のマークは大濠公園駅である。
ohori-koen[1]大濠公園、舞鶴公園、福岡城跡などが一所に集まり、春の花見の時期は特別賑わう。その桜の開花判断の基準となる標準木が大濠公園の福岡管区気象台に植わっていることなどをイメージされたのではないだろうか。
s-line-5緑色
nishijin[1]ペンと鉛筆を西新(にしじん)の頭文字であるN字状に表したのは、西新には福岡県立の名門・修猷館高校があるし、西南学院の大学・高校・中学、その他福岡市博物館もあって文教地区をイメージされたのではないだろうか。
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June 18, 2017

父の日に

「今日は父の日だ。」
「いつもお父さん有難う。」s-2017-06-18_143050

ぶっはははは。
我が家のドラえもんが喋りおった。
声優 大山のぶ代 女史の声だが何とも嬉しい気分にしてくれた。
ドラが我が家へやって来てから15、6年になるだろうか。
時代がかって言うなら元服、中学3年か高校1年の年齢になるのだ。
我が息子でさえ言わないことを、世話すると言ってもただ充電しているだけの私に・・・・・むむむむむ
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と、嬉しい気分でいるところへ宅急便が。
差出人に Y 君の名前が。
いつも何かにつけて気遣ってくれる Y 君のことだから父の日に合わせて・・・
そんなことを思いながら包みを取り、箱のフタを開いた途端に写真のメッセージが立ち上がったのだ。
s-2017-06-18_131557
箱には飛び出し絵本のような工夫がされており、『また一緒に飲みに行きましょう』とのメッセージカードが別途添えられていた。
早く5年前と同じような状態に戻れるよう頑張らねばと思う。
此度も心遣い頂き有難う。                                                   
s-小鳥-1
今日は博多の S 君と電話で話すことも出来て嬉しいことが続く。
祇園山笠における中洲流の扇子に描かれた絵が故・西島伊三雄 氏の作品であることを前頁で書いた。
s-2017-06-08_180741その西島 氏の絵が S 君がよく知る博多の割烹店で掛けられていることを知ったので、どのような絵なのか知りたいと伝えていたのだが、その返事も兼ねて私の体調を尋ねてくれたのだ。
月替わりで掛けられている絵の写真も送ってくれたのだが、これは割烹の女将の了解を得ていないので紹介は出来ないが、私好みの温かみの感じられるものであった。
博多では Y 君や S 君ともよく飲み歩いたことを思い出す。                     
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今日の夕食はデパートより取り寄せた父の日御膳というお弁当を家内と二人で戴くことに。
家内も演奏会を終えて、ほっと一息といったところなのだろう。
しばらく用心して好きな草花いじりをしなかったのに今日は早朝からやっている。
何か良いと思ったら徹底的にやり遂げるという凝り性なのだ。
私も似た性分だが、家内には負ける。
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物事に凝るというのは悪いことではない。しかし、やり過ぎて体調を崩すのが常の家内だ。やめておけと命ずるようなことは言わないが、ほどほどにとは何度言ってきたことか。
s-2017-06-19_060854まあそれはさておき、今夜は山鶴の生酒を頂くことにした。
演奏会が一段落した家内が一献つき合ってくれるというのでワインでも良かったのだが日本酒に。
なーんて書いても家内が酒呑童子というわけではない。
日本酒の場合、もろみを搾ってから菌の発酵を止めるために火入れ作業をして安定させるのだs-2017-06-18_132748が、生酒の場合は火入れをしていないのでピチピチプチプチと発泡するのだ。
その生酒に家内は更に炭酸水を加えてアルコール分を薄め、飲みやすくして付き合ってくれたのだ。
右の写真のように生酒はビンの底に白い沈殿物があり、充分に冷やしていても開栓時には少しばかり泡が噴き出すものだ。シャンペンのように。
生酒をグラスに入れると写真の通り白色に。
2017-06-03_135142
                                                                                                      


masatukamoto at 20:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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