May 22, 2017

心覚えに

GW終盤の6日、息子夫婦がお好み焼きを一緒にと料理材料を持って来てくれた。
誰かが来てくれて共に食事が出来ることは私にとって嬉しいことである。
身体の調子が良くなかった頃は客の相手をすることが出来なかったので客が訪ねてくれること自体苦痛に思えたものだった。
でも今は違う。
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普段は家内と二人だけの食事だが時に賑やかな食事になることは楽しいものなのだ。
お好み焼きを一度に 2 枚焼ける程度の小っちゃな電気プレートだが、アツアツの状態で共に仲良く食べられることが先ず第一番に良いことだ。
家内も嬉しく思うことだったのだろう、息子たちが訪れる前に市場へ出向き、佐賀牛のステーキや大きい車海老s-2017-05-16_104717などを買って来ていた。
私にはいつも以上に飲める楽しさが余禄となるのだ。
写真は今では懐かしく思える芋焼酎だ。
もう50年が過ぎたが、鹿児島・伊集院で出してもらった時の湯割りのひとつだ。
白波、小鶴、それに千鶴。
もっともキツーイ臭いに参り、以後20年ばかり『芋』焼酎を口にする機会から遠ざかることになったのだった。

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s-2017052216560000左は母の日と父の日のプレゼントだと頂いた背もたれ用のクッション。
中の素材はパウダービーズと呼ばれる直径
1mm以下の発泡スチロールの微細な粒が詰まっている物で体の曲面にピッタリ合う優れものだ。
s-2017-05-22_2034301日を通じて座っていることが長い私には有難い代物である。
家内のは色違いで赤い色のものだった。
今年の母の日は5月14日だったが、Y君が長男
K君を連れて来てくれた。
久し振りのK君はちょっと他所行きの態度でモジモジしていたが徐々に会話が成立。
幼稚園やお友達のこと、お姉ちゃんのこと、そしてマクドナルドが好きなこと等々、元気な日々を過ごしている様子を窺い知ることが出来てジイジイ&バアバアとしては先ず先ず満足。
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更にバアバアは Y君から母の日にと頂いた老眼鏡、いや、リーディンググラスに大喜び。携帯に便利だと外出時の必携品にしている。
頂きついでというわけではないが、訪問リハに来てくれた
Y・PTが、いくらでも摘んでいってと言われたので摘みs-2017-05-14_110140取ってきたと沢山のスナップエンドウを持ってきてくれた。
我が家の分もあるのでお裾分けだと。
摘み取ったばかりのスナップエンドウは生のままかじっても柔らかく甘味があり、青臭さもほとんど感じないもので、夕食時に少量の塩とともに湯がき美味しく頂いた。

いずれも感謝の思い忘れじと備忘録に記すつもりで・・・


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留守番の合間に 【2】

今日は夕刻に用事があるからと家内が出掛けたので留守番の間、時間つぶしにブログの更新を。

♪ すきすきすきすきすきすき 一休さん ♪s-2017-05-11_142604
テレビ漫画『一休さん』の主題歌・・・・・全てを記憶しているわけではないが上の一節についてのみ歌詞・メロディー・リズムが頭に染みついているのか思い浮かんでくるのだ。
私の回復の目途を一里塚に例えた折、一休禅師の『 門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし 』を引き合いにして書いたことがある。
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一休は頓智話で子どもたちにもよく知られた臨済・大徳寺派の禅僧だが、晩年は私たちが一休寺と呼ぶ酬恩庵で過ごした。
その一休さんの頓智話に倣って近頃の世事を絵にしてみた。
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橋の向こうには加計学園の建物が。
橋の手前には高札が立てられており、その定めに書かれてある文言は以下の通り。。
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ぶっはははは。
とんち話なら頓智の笑いで済む話だが、とんちの効かぬ現実の話ゆえに京都産業大学は『橋』も『端』も渡ることが出来なかったということだ。
出てきた文書を菅(内閣官房長官)は出所不明の怪文書と決めつけ、毎度おなじみ『知らぬ存ぜぬ』の一点張り。
『君子危うきに近寄らず』とも言う。何か危うしと思う処あるのかも。
森友学園の国有地 8 億円値引き売却問題についても、いまだにダンマリを続けとる。
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政治屋というもの所詮この程度のもので、高潔さなど期待することが無理なのかもしれぬ。s-2017-05-16_101201
ヤンキー先生・義家君に期待感を持ったこともあったが、これまでの彼の言動を見ていると、名誉名声権威権力を露骨に求めるゴマスリにしか見えないのが残念だ。
文部科学省副大臣として名前が出た義家弘介君、元・北星学園余市高校教師、元・横浜市教育委員、その他大学教員として務めてきた君だ。
せめて、せめて、ヒトとして正直で誠実な姿勢を見せてほしいと切に願う。




masatukamoto at 16:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

May 21, 2017

留守番の合間に

急激に調子が良くなっているというわけではないので私自身について特段書き留めるほどのことも無い。ただ何時かブログで用いようと思っていた写真が溜まってきたし、留守番の暇つぶしに少しブログの更新を。
演奏会が近付いているからと今日は午後から家内がお出かけ。
以前は留守番することが大変だったが、今は昼間でも夜間でも通常の留守番なら8割がたは大丈夫である。
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そんな留守番の間の時間のつぶし方は以前と変わっていない。
変わるのは録画した映画、読む本、CDの内容である。
あとひとつ変わったものにオモチャの『龍笛』を仕入れたこと。
家内が洋楽なら私は邦楽。家内が縦なら私は横と。
ぶっはははは。決して対抗心からではない。誤解無きよう。
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勿論今更楽人を目指す齢でも技量を持ち合わせているわけでもないので単なる手慰みにといったところ。
人里離れた庵にいるわけでも防音室を用意しているわけでもない。しかも甲高い音がする龍笛ゆえ練習する時間帯にも配意せねば・・・
下はGWの時期に撮った写真だが、ビオラと共に写っている花の名前が分からないままだ。
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葉っぱはネギの葉を細くした筒状のものが球根より何本も出て、細く長く伸びた茎の先に写真のような花が咲いたのだ。
検索図鑑は地下の書斎だし、園芸種なら種類が多すぎて分からないことも十分予想できる。故に今もって名前を調べてみようという気力が起きないのだ。
歩かねばという気力は損なわれていないのでアブナイわけではないと思っているが、若い頃と違うことは認めねばならないようだ。
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それにしても花の時期は短い。
上は垣にツル状に広がったジャスミンの花花々。
盛りの時期は2週間程度で、ぼちぼちオシマイだ。
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紫蘭がちらほら花開き始めたのが8日頃であった。
かれこれ40年まえになるが、書(篆書)に秀で、自宅では茶と華の師範をしていた上席のNが茶花に植えてはと一株頂いたものが今に続いているのだ。
写真の色合いが悪いが、赤紫色の5月の花である。
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家内の母存命の頃、一株移植したのだが・・・
我が家ではプランターに限っての栽培だが、兄宅では庭の隅とは言うものの一画を完全に占拠してしまっている。《家内が兄宅を見舞った折に撮影したもの》





masatukamoto at 17:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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