July 18, 2017

懐かしい品

N夫婦がハネムーンに出かけた時の話をアルバムの写真を見せてもらいながら先日聞いた。s-2017-07-11_152036
行先がタイ・プーケットだったこと、私がしばしば訪れていたピピ島がどんな所なのか知りたかったのでワン・デー・トリップに参加したということも話してくれたのだった。
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と、昨日のこと、私が着なかったから収納したままになっていたと風呂上がりの着替えに懐かしいマークの入った T シャツを家内が出してくれた。
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ダイビング・ショップの
T シャツは何着か色褪せるほど着たが、ピピ・ナチュラル・リゾート・ホテルのマークがプリントされた写真の T シャツは新品でラッピングされたままだったんだと。
うーん、かれこれ15年ばかりタンスの奥で眠っていたということになるのだ。
「どう? 懐かしいでしょ。」と、家内。
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モチロン。 うーん、記憶が次々と繫がり思い出される。

でも、旅が出来るように、泳ぎ潜れるまでに回復出来るのだろうか。
不安感も脳裏をよぎる。
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masatukamoto at 10:16|PermalinkComments(0)

July 17, 2017

来客 《3》

9日(日)の来客についてはもう一組、N夫妻もいた。
仕事との関わりで予定がつかず延び延びになっていたハネムーンに出かけ、無事に帰国したことは知っていた。
その旅行の写真をアルバムにまとめたからと見せに来てくれたのだ。
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旅先はタイのプーケット島。
プーケットと言えばバトンビーチの名前が挙がるほどビーチ・リゾート地として有名だ。バトン・ビーチはプーケット・タウンからは丘を越えた西側に位置する。
今回彼らが利用したホテルの一つがバトン・ビーチの高級リゾートホテル(下の写真)であった。
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プール付き、ジャグジー・スパ付き・・・
私もプーケットには何度か行き、バトンビーチも知ってはいるが宿をとったことはない。
私の旅のスタイルの基本は質素な一人旅で自然を身近に感じられる場所を求めるものだった。そのため賑やかなバトンビーチに魅力を感じなかったのだ。
もっともここ10年ばかり前からは宗旨替えして博多や広島など地方と言えど賑やかな都会へも出向いてきた。 
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プーケットではタウンにあるメトロポール・ホテルを利用することが多かった。バンコク経由でプーケット空港に到着してから目的地であるピピ島へ向かう船の出発時刻に合わせる為にだった。
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彼らのアルバムを見せてもらって、いろんなことが懐かしく思い出された。
2001年9月1日のアメリカ同時多発テロが起きた時、私はピピ島に滞在しており米国NBCのテレビ画面にくぎ付けになっていた。
当時幾度かピピ島で過ごすことがあり、2004年12月24日にも友人と一緒に行くつもりだったが都合が悪く私は取り止めたのだった。その2日後の12月26日、マグニチュード9.1というスマトラ島沖地震が発生。ピピ島は大津波に襲われ沢山の人たちが犠牲になったのだった。
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私がいつも宿としていたピピ島北部のピピ・ナチュラル・ホテルの被害は小さかったらしいが、島の中心となるトンサイ湾あたりの被害は筆舌に尽くしがたいものであったらしく、我が知人も犠牲になってしまった。
そう言えば宮城のAさんはトンサイ湾のピピ・プリンセス・リゾートをご家族で利用されていたことがあったし、私もトンサイ滞在の数日間だが利用したことがあった。
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ピピ・プリンセス・リゾートは砂浜に建てられたバンガロータイプの部屋が多かったから多分津波で全てがやられてしまったはず。他の鉄筋コンクリート仕様のホテルの2階だか3階だかに船が突っ込んでいる写真を見たことがあるから津波の高さや流れの強さは相当なものだったのだろう。
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思い出すことは沢山あるが、写真の二人が歩む道に危険な障壁が待ち受けないことを心より願うばかりだ。
上は、私がしばしば訪れたピピ島を見てみたいとワン・デー・トリップに参加した時の写真らしい。
大昔は海底にあった石灰岩層が今は隆起して島として海上に顔を出しているのだ。
アンダマン海にあるピピ島の南に位置するピピ・レ島近くでの写真であることが分かる。
s-2017-07-10_143705私は一度出かけるとビザで滞在ギリギリの1ヶ月をピピ島で過ごしてきた。
だからワン・デー・トリップで来島する人たちを毎日見てきたのだが、2000年前後は中国人旅行者が多かった。
しかしN夫妻と共に参加していたのはインド人が多かったのだとか。
ゾウの尻尾だけで全体を想像するのは明らかに間違っているが、旅行動静に変化が生じているのかもしれない。
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タイ人が言うファラン、つまり欧米人のことだが、彼らはプーケットではバトン・ビーチに、そしてピピ島ではローダラム湾、トンサイ湾の賑やかで比較的高級なホテルに長く泊まる者たちが多かった。
私はピピ島北部レムトンのホテルの静かなバンガローでの生活を好んだ。
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まあ人それぞれではあるが、N夫妻はプーケットタウンに近いウェスティン・リゾート&スパでも何泊か滞在したよs-2017-07-11_152036うだ。
まあハネムーンだからいいんじゃないの。
私が希望して泊まることは無いし、多分家内も同じだろう。
私は『5days, 1day Free』というホテルを安く長く利用するのが好きなのだ。

彼らのアルバムから思い出が次々に広がり、楽しい時間を提供してもらった。
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July 16, 2017

有難きこと

自由行動禁止の沙汰を受けて4年8ヶ月にもなる。
この裁定を共に受けてくれたのが家内であるが、家内の場合は一定範囲(時間)内に限り自由行動は許されている。s-2017-07-11_151838
しかし、私の介助や家に関わる諸々の事についての労役が課されてしまった。
労役という言葉の使用が適正でないことは分かっているが、いかな罪も犯していない家内が制限的であるにせよ行動の自由が束縛されている現況は、私にしてみればヤラサレテイルように感じられるものだから使ってみたのだ。
家内はヤラサレテイルなどとは思っていないだろうし、私が家内の立場であってもヤラサレテイルとは思わないだろう。
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まあ、のろけ話を書くつもりはないのでこの辺で。
そのような制限はあるが、今日のレッスンは昼前に開始だと慌ただしく家内は出かけて行った。
当然の如く本日の私の昼食は・・・
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ぶっはははは。 これが嬉しく楽しいのだ。
勿論、家内が好きなことに時間を費やしてくれていることが一番に嬉しいことであり、普段あまり口にすることのないものを食べることが出来るという、これは付随的楽しみになるのだ。
浅草か東京か知らんが、本日初めて口にしようとする物である。
付随的楽しみと言えば、家内がデパ地下で買って持ち帰るお土産もあるのだが、本日は帰宅時刻が3時か4時くらいなのでお土産については期待出来ない。
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それにしても元気でよく動いてくれていることは私にとっても嬉しく有り難いことだ。
s-2017-07-05_174138様子伺いにとバス電車を5つも乗り継がねば行けない長兄宅へもサッと行ってくれる。
私が車を運転出来るなら3~40分程度で行けるのだが、一般交通機関を利用すると遠回りとなり乗り換えが必要なので片道2時間はかかるのだ。
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障子紙が何か所か破れているのが気になっていたのだが、私が作業出来ないので家内に頼むとやってくれた。
私なら全面張り替えるのだが、経験の無い家内ゆえ部分張り。でもやってくれることが嬉しいのだ。
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昨日はエアコンからボトボトひどい水漏れが起きた。
丁度家内が美容院へ行って留守をしていたため漏れる水を受けることも拭き取ることも出来ず、止む無くエアコンを停止。s-2017-07-11_151638
暑い中、何とか扇風機の風で凌ぎ、夕刻に帰宅した家内に室内機のフィルターを外してホコリの掃除をしてもらった後、電気掃除機の吸引力を利用して室外機の排水パイプの掃除もしてもらった。
お蔭で昨夕から今現在もエアコンは調子よく稼働してくれている。
こうした作業は私がしてきたことだが、やり方を説明すれば何とかやってくれるので有難いことだ。
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masatukamoto at 12:47|PermalinkComments(0)
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