May 12, 2017

GW明けのゴッツォ

GW後半のこと、GW明けのこと、これらをブログにと資料写真だけ用意していたのだが、書き込む機会が無くて自分勝手休暇をとってきた。
休暇と言ってもブログ作成についての休暇であって、リハビリについては日々精進を続けてきたし今日も続けている。
それらについては遅ればせながらボチボチ書いていくことにして、先ず今朝の日の出の様子を。
s-2017-05-12_062350
雲が多くハッキリしない日の出だったが、TVアンテナを基準に見れば、5月1日の写真では向かって右側に昇っていたのが今朝は左手に。視覚的に時の移りを否応なく確認した次第。
5月6日、GWもいよいよ終わりという土曜日、R子から携帯メールが入った。
『越前よりブツ送付、乞用意辛味大根』
越前+辛味大根と言えば、これはもう手打ち蕎麦に違いないと。
s-2017-05-08_113801
7日、日曜日、有難く有難く拝受。
越前蕎麦と言えば、2月4日に家内が『ぶどう組』での蕎麦打ち見学に出かけたのだが、この時の蕎麦打ちがそれであった。
今回拝受のものは『つるきそば』。長男が贔屓していた大津・坂本の蕎麦も『鶴㐂そば』という名称である。
頂いてみて違いを確認。
日曜日は予定があったため、第一食目は8日の朝食に温かい蕎麦として頂戴した。(下)
s-2017-05-09_085112
第二食目は夕食に冷たい蕎麦として下の写真のように頂いた。
辛味大根をと思ったのだが、R子が言ったようにデパ地下でも生協でも見つからず、ただの大根おろしに山葵の微塵切りを加えて戴いた。
この山葵の微塵切りは息子の嫁が持ってきてくれたものだが、メッチャ効く効くというもので、鼻の奥がツーン、目頭から涙、頭のテッペンがキーン、と。
s-2017-05-10_201551
大根おろしと混ぜることによって辛味は多少抑えられたが、それでも効いた効いた。
ともかく美味しく頂いたことを報告してお礼に代えたい。
ちなみに福井と言えば恐竜だが、私は未だ博物館へ行ったことがないのだ。足の状態が戻れば家内と是非。


masatukamoto at 21:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

暦への思い

ゴールデンウィークが明けて既に五日が過ぎ、今日は5月12日。旧暦では4月17日にあたる。
立春(今年は2月4日)から数えて八十八日目が5月2日だった。それで前回茶摘みの時節になったと書いたの19-2だった。
そのGWの3日が憲法記念日、4日・みどりの日、5日・子どもの日と続き、子どもの日が二十四節気の立夏にあたっていた。
太陽の1年間の動き(見かけ上)を24に分け、それぞれに季節を特徴付ける夏至・冬至・春分・秋分など二十四節気の言葉は広く知られている。
季節を表す暦は二十四節気と、それを更に五日ごとに分けて表す七十二候があるが、もともとは中国の暦に由来するものだ。
この七十二候は先人たちが経験した身近な様子を見事に知識化したものであり、大変優れたものだと私は敬服の念を抱いているのだ。
s-2017-04-11_105210歴法によって若干のズレが生じることはあるものの現代に生きる私たちにとっても十分活用に値するものである。
ちなみに立夏(5月5日)の頃は『蛙始鳴』。今日12日の頃を『蚯蚓出』と言う。
カエルが鳴き始めてミミズが顔を出してくる時期ということなのだろう。
s-2017-04-25_135607
暦のついでに今日の月齢は15.59。 藤原道長は満足気に『望月の欠けたることも無しとおもえば』と栄華・権勢s-2017-04-25_135155を誇る我が世を満月に例えて詠じたが、今夜は曇り空で眺めること叶わじ・・・

紹介が遅れたが、毎年この時期になると奈良南部・五条の実家で掘って来たと届けて頂いた筍と新玉ネギ。
筍は家内が茹でたのだが、朝掘りの掘り立て新鮮タケノコだったので塩少々と鷹の爪のみでグツグツ。
今年はヌカが無かったということもあったが、美味かったので遅ればせながらお礼を兼ねて記しておきたい。


masatukamoto at 20:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

May 03, 2017

『寄り添う』ということ

昨日は八十八夜。
春立ちぬと思ったのはついこの間のことだが、もう茶摘みの時節になった。
実に早いものだと思うが、チューリップやモクレン、それにアザレアやスズランの花も既に開いた。
今日は兄に戴いた風蘭が純白の花を咲かせた。
s-2017-05-03_150729
紫蘭も二、三日うちに花開く様相だ。
その時旬がくれば何を言うでもないのに忘れることなく綺麗に花を咲かせ心和ませてくれる。
こんな花を見ていると穏やかな気分にさせてくれるだけでなく、頑張ろうという気概さえも与えてくれているように思える。
s-2017-03-04_210300
いつだったか私は見ていないのだが『スタンド・バイ・ミー、ドラえもん』という題の映画が公開された。
『スタンド・バイ・ミー』だから『Stand by me.』なのだろう。
どのような意味合いで使われたのか知らないが、私なら『傍にいて』とか『手助け頼むでえ』といった感じに受け取るのだが・・・
被災者(県民)に『寄り添って』などと政治家がよく使う言葉だが、『~してね』と『~してあげる』という受動と能動の立場の違いはあれど、言葉に込められた思いは同じだと私は思う。

s-2017-03-04_210542
ところが『求める』側の『被災者(県民)』に対し、『与える』権限を持つ大臣や政治家は何か勘違いを起こすのか、傲慢な輩が出て来るのだ。s-2017-05-03_151211
「最後は金目でしょ」など発言の最たる例だが、東北復興に関わっての低脳で失礼極まりない政治屋のいかに多いことか。
U字工事の漫才ではないのだ。
「ごめんね~、ごめんね~」と口先ばかり。謝れば済むというものではないだろう。
総理大臣自体、任命責任は自分にあると言いながら、一体どのように責任を取ったのか。
有言実行は当然だが、実の伴わない連中がいかに多いか。
19-3
『寄り添う』という言葉が大安売りされているようで気分が悪い。s-2017-04-07_171957
頼まれて『寄り添う』のではなく、痒い所に手が届くよう不言実行スルのが政治家の姿であって欲しいと私は願っているのだが、端から無理だと思うようにせねばならないようで『ザンネン』。


masatukamoto at 17:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
記事検索
月別アーカイブ