April 27, 2018

慣用句・・・

いろんな場面や状況に応じて使われる慣用句は多い。
s-2018-04-21_153002そうした慣用句も他の言葉と同様赤ん坊の頃より聞き覚え、その言葉が使われる状況と、その状況に合った正しい使い方であるかどうかを確かめ使うことによって私たちは自らの語彙量を増やしてきたのだ。
しかし慣用句の成り立ちまでは確かめずに不明のまま一人合点している言葉も無くはない。(ハズ)。
桃色-1
私が思い出すのは『とどのつまり』という慣用句だ。
中学生の頃には使いこなしていた言葉だが、『とど』はオットセイのデッカイ奴との理解で、何ゆえにs-2018-03-11_191941『つまり』なのか分からないままで済ませてきた。
この部分に突然スポットライトが当たったのは高3の秋頃だったように思う。
日暮れ時、新淀川に架かる十三大橋の欄干から長い釣り糸を垂らしている老人を見つけ、何を釣っているのか尋ねたのだ。
その老人は「イナダや。ボラの手前やな」と応えてくれた。
老人は更にボラは出世魚で大きくなるにつれて名前が変わり、オボコ⇒イナダ⇒ボラ⇒トドとなると教えてくれた。
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併せて挙句の果てと言う時、『とどのつまり』とも言うけど、この『とど』はボラの最後の名前のことなのだと。
緑色-2
出世魚と言えばブリ(鰤)だけだと思っていた私にとって、『とど』はボラのこと、ボラも出世魚であること、この二つを一度に知ることが出来、棚ボタと言うか僥倖に巡り合えた気分であった。
後に調べたら《ハク⇒オボコ⇒スバシリ⇒イナ⇒ボラ⇒トド》だった。

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新淀川は明治期に大阪港から毛馬の閘門(大阪・都島区)まで開削された川で、満潮時には枚方近くまで海水と淡水が混じり合い、十三辺りではフナ、コイ、クサフグ、ハゼ、ボラなど淡水魚や海水魚が釣れるのだ。
ライン空色濃い目
このボラ、成長段階ではイナであったが仁方港(広島県)で釣り上げたことがある。が、イナもボラも食べたことはない。と言うのは食べる機会が無かっただけではなく、背中が平らで、正面から顔を見た時に逆三角形の形は何とも気味悪い思いをしたからだ。
もっともボラの卵巣を加工したカラスミは大好物である。
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April 23, 2018

揚げ物(3)

タコに限らず天ぷらは好きだ。
物によって天つゆで食べたり塩を付けて食べたり。
s-2018-04-23_090606そんな私の好みを知っている友人たちが結婚祝いに電気天ぷら鍋をプレゼントしてくれた。
油温度は一定に出来るし油は飛びにくいし、二人で揚げたての天ぷらを味わうには申し分のない道具でよく使わせてもらったものだ。
子どもが誕生してからは危ないので使わなくなり、我が家で天ぷらを揚げるということもなくなってしまった。
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子どもたちが大きくなったこともあり、天ぷらを揚げてと家内にリクエストしたところ天ぷら油で酔っぱらうからダメだと、そしてこれは母親が抱えていたのと同じ感覚なのだと結婚して以来初めて聞かさs-2018-03-31_164030れたのだった。
家族の食事のおかずとして天ぷらを揚げるとなると量は多いし揚げている時間も長い。揚げ終えた時には天ぷら油の臭いで参ってしまい食べるどころではないだろう。
この感覚は私にも想像出来るので以後家内に頼んだことはなかった。
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そんな家内も天ぷらが嫌いなのではない。
だから天ぷらを食べたいと思ったら Ⅰ氏の店へ行って無理を聞いてもらってきたのだ。
そんな家内が40数年ぶりに天ぷらを揚げてくれたのだ。
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40数年ぶりの挑戦。
それはタラの芽を頂いたことが最大の理由。それに私が歩きづらい状況にあったので Ⅰ氏の店へ行くことが出来なかったということだ。
美味しかったかって?
勿論、言わずもがなのこと。
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揚げ物(2)

思い出すままに揚げ物の記憶を辿っている。

揚げ物、特に天ぷらについては心底美味いと感心したものがある。
s-2018-02-27_1241531969年当時、近鉄電車(奈良線・大阪線)のターミナル駅は上本町で駅は地上にあった。
上本町六丁目交差点の南東角に近鉄上本町駅舎とデパートのビルがあり、上町筋を挟んで西側、現在はハイハイタウン・ビルが建っている辺りは平地で、その辺りは屋台を含む飲み屋街が形成されていた。
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当時上席に連れられ上本町界隈もよくハシゴしたが、その中の一軒『弁天』という屋台で酒の肴に出してもらった『タコの天ぷら』が今も思い出す絶品なのだ。
タコの足を1本、足先を切り落として長さは20センチくらい、いつも結構太めの足だったが、それをs-2018-03-02_142933水でといた天ぷら粉に浸けて揚げてくれたのだ。
揚げたてのタコ天をまな板の上でサクッ・サクッとブツ切りにして天つゆを入れた鉢と共に出してくれた。
天ぷらは嫌いじゃないところへ大好物のタコである。しかも天つゆのダシが効いて美味いことウマイこと。
上席に連れてもらって以後、私一人でもよく通ったものだった。
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美味しいものを見つけると、その後も何度かその店を訪れるのが私のクセのようなものだ。
勿論、料理を美味しいと感じても二度と行かなかった店も沢山あった。
s-2018-04-21_111359企業が採用後の人材活用の方向性により様々に篩(ふるい)をかけることで望む人材を確保することに努めるのと同様、私も美味しい料理をより楽しく頂くために何度か訪れ、美味しさにプラスされる因子を感じられるかどうか気を配ってきた。その結果、プラス因子の多い所イコール私が好んで通う店となってきたのだった。
これは日本に限ったわけではない。
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揚げ物という点ではウィンナーシュニッツェルが一例だ。
ウィンナーシュニッツェル、つまり仔牛肉のカツ(レツ)だが家内とウィーンに滞在した折、連日市立公園(Stadtpark)内のレストランを訪れて昼食か夕食の際に食べていた。
カツ(レツ)は好物だが、カリカリに上がったパン粉で口の中を何度か切って以来30数年食べることを止めていた。カリカリに上がったカツ(レツ)の表面は私にとってカミソリの刃が何枚も貼られているのと同じだったのだ。
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しかしウィーン市立公園内のレストランで食べたウィンナーシュニッツェルは美味しかったのは勿論のこと、表面のパン粉が小さな粒状で口の中を切ることもなかったことが再度訪れることとなった大きい理由だ。次いでウェイターと仲良くなったことや店の雰囲気、それに滞在していたホテルからぶらぶら歩いてでも行ける距離であったことなどが通うことになった理由だ。
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カリカリに上がったカツ(レツ)は血を見るのが怖くて30数年食べなかったが、玉子とじのカツ丼は食べていた。
カツ丼のカツ(レツ)は丼に盛ったご飯に載せる前に出し汁で煮て玉子をとじるから、その段階でカツの表面は柔らかく変容する。だから安心して食べることが出来たのだ。
《 以下揚げ物(3)に続く 》
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