April 04, 2017

第二の塚(3/19)

何日も前から19日の天気を心配していたが、当日朝の静止気象衛星(ひまわり)画像と窓から見える空の様子に安堵。
遠路列席頂く人たちのことは勿論だが、片手に傘を持って歩くことも濡れた道を歩くことも困難な私自身のことが気がs-2017-03-29_123504かりだったのだ。
一人では移動出来ないため家内の協力を得なければならないのが現状。 その上、片道100m(多分)を超える移動の場合はタクシーの助けをも求めねばならないのだ。 そこへ雨でも降るならば更なる負担を周囲の人たちに願わなければならない。
この日朝の私の安堵感が如何ほどのものであったか分かって頂けようかと。
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結婚式場横のウェディング・ベル(支柱)と大阪城。
桜の開花には未だ少し早かったものの、ガーデン・チャペルも寒いと言うほどでもなく神父仲介により挙式が行われた。
以下二人の挙式&披露宴の概要を写真で紹介することに。
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① 誓約、指輪交換、署名など式次第を終えて二人が退場。
《カソリック(神父)かプロテスタント(牧師)かは不明》




s-2017-03-31_141554② 大阪城を眼前にウェディング・ベルを鳴らす二人。



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③ 列席者と共に幸せを願って風船を飛ばす二人。
 《風船は瀬戸内海・四国あたりまで飛んで行くそうな》
s-DSCF7018④ 互いに手を携え披露宴会場に登場した二人。








s-DSCF7026⑤ 鏡開き。
二人が力を合わせての初仕事。
苦難の道も二人が協力協同して
拓き進んで行くということのようだ。
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⑥ 大阪城を望む宴席。 《雛壇に仲良く新郎新婦》
s-DSCF7056⑦ 祝いの席に参じた黄金の獅子。
《宴席を舞いながら列席者の頭をガブリ》


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⑧ 祝いの餅つき。
《芽出たや・目出たや》 

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⑨ 色直し後のキャンドル・サーヴィス





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⑩ カワユイ甥っ子姪っ子らによる『テントウムシのサンバ』の歌と踊り。

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⑪ 大きい子らは『恋ダンス』でお祝い。





s-2017-1-1-1二人の門出にあたり松竹梅の竹を例えに祝意を述べた。

竹は大変強い植物で強風が吹き荒れても折れることなく常に青々と葉を茂らせている。その秘密は土の中で地下茎・根として互いに繫がり助け合っているからで、それらをしっかり包み、滋養を与えてくれているのが土なのだ。

つまり元気な新郎新婦も親・兄弟・親戚など社会全てと繋がっていることを踏まえ、節より立派な芽を出していって欲しいのだと。









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March 29, 2017

一里塚

前回、歩行の調子について小っちゃな目標だが立てることが出来るようになってきていると書いた。
私の目標が一里ごとにあるわけではないが、長く続くリハビリ街道の一つの通過点であり次の通過点への出発点でもあるという意味で一里塚と呼ぶことにした。s-2017-03-29_155144
3/19が二つ目の一里塚だが、一つ目の一里塚は3/6~3/11と定めていたのだった。
しかし最初の一里塚は体調イマイチのところへ悲報を受け取ったこともあってオモイを断念。
6年ぶりに画廊へ、そして武本氏の顔も見せてもらおうと思っていたのだが残念。
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19日は何とかなったが、この時のことは別途書くことに。
第3の塚は4/1。
多分、桜の花が見ごろになっているだろう。
長い時間を立っていることは未だ無理なので車椅子が必需だが、今のところ何とか行事をこなs-2017-03-29_155750せそうだ。
第4の塚は5月6月になる。
知り合いが女子大の公開講座を担当するというので何とか聴講にと思っているのだ。
果たしてどうなるか。
例えダメであっても『継続は力』であり、ダメ点も一里塚である。






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March 26, 2017

18日(土曜日)のこと

前日(17日)足の回復具合は先ず先ずのように思えたが医療に関して素人の私が感じたことなので、リハビリに訪れたY・PTに骨や筋肉の動きについて専門の立場からの評価を求めてみた。
と言うのも、ひとつの区切りとして当面19日を目途に歩行の安定性をより確かなものにしようと訓練を続けてきたので、一里塚にあたるその日の歩ける具合を想像してみたかったのである。
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これまでも折々に回復状況を記してきた通り、回復は一足飛びに進むものではないし常に上向きに進展するわs-2017-03-15_154750けではない。正に紆余曲折、山あり谷ありの道を三歩進んで二歩下がる状況でやって来たのだった。
一定の目途すらつけることが出来なかった以前に比べ、このところ
10日とか20日といった期間を定めて『コレくらい・なら』という、ほんに小っちゃな目標だが立てることが出来るようになってきているのだ。
つまり闇雲にというのではなく、或る程度明瞭な目標とそこに至る道筋をはっきりとイメージすることが出来るという幸せ街道をヨチヨチ歩き始めたということだ。
歩行の調子を図で示すなら正弦波形が最適である。以前は黒色の波線が示すように良い時と悪い時の差が大きく時間的にも短い周期であった。
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実際の周期は一定ではないが、現状も山あり谷ありの状態でピンク色の線が示すように歩行調子の良し悪しは高低差少なく時間軸でも長く安定感が増していると感じている。
望みは赤い平坦な線が示す如き安定歩行が出来ることだ。
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18日(土曜)。
翌日のことを考え、両足の浮腫みに対し着圧靴下をはき、両膝・腰の不安定に対しサポーターを装着。
更に湿布薬を左右腰に各1枚、左右ふくらはぎ各1枚、両膝に2枚、両腿に2枚と合計8枚貼るのだが、一袋は7枚入りだからいつも1枚足りないのだ。
医師の処方数を制限しているため常に不足状態が続いているのだ。
四角四面で机上の空論、痒い所に手が届かないのが厚生行政。まったくツマラン。
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三時のおやつに頂いた『たねや』のお菓子。
紫色の花はクリスマス・ローズ。
昨秋Fさんに頂いた株を家内が鉢植えにしていたのだが、クリスマスに咲かず3月半ばになって花が咲いたのだ。
何とケッタイナ花だと思ったのだが、もともとの種はヨーロッパで冬の時期に咲いていたことから名付けられたようだが、交配種が多く日本では1月から3月が開花時期なのだと。
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ふーん。
この日、家内も美容院へ行くなど何やかやと忙しい日であった。
寿司屋の大将Ⅰ氏が出前に使った桶や皿を引き取りに来てくれたのもこの日だった。
16日に春のご馳走を頂いたところなのに、またまた好物を差し入れてもらった。
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バッテラの黒鉄(くろがね)だ。
お刺身はマグロと・・・・・
サワラ、ビンチョウ、カジキ、ワニ・・・??
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色合いや食感、切り身の大きさやナマモノ、季節等々、いろいろ想像したが結局ワカラン。
Ⅰ氏に教えてもらわねばならんことの一つ目。
差し入れ、二品目は海鼠(ナマコ)。
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ナマコも旬としてはぼちぼち終わりに近づいたかな?
私個人としては今の時代、好物に旬などなくて良いと思っているのだが。
ナマコと言えば今は貴重な海鼠腸(このわた)。
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ナマコのハラワタだがナマコ1匹に僅か1本。
塩辛として保存出来るが、私はナマコから取り出したものに軽く塩を振って頂くことが多い。
もう半世紀も昔のこと、石川県輪島だったか富山だったかで竹筒に入ったコノワタの塩辛や蒸しアワビを酒肴に友s-2017031819250001人たちと飲んだ記憶があるが、当時は安かった。
Ⅰ氏に教えてもらわねばならんことの二つ目。
魚の身をたたいたものとネギだかニラだかとを混ぜて蒸したような・・・・・
ワカラン。
ワカランものの美味しく頂いた。
いつもいつも有難う。








masatukamoto at 23:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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