November 03, 2006

ポーランド・クラクフ 親切な婦人

駅舎も無く、野原に少し盛り土をしたプラットホームに入ってきたのは気動車。

私達は空いていた4人掛けの席に座ったが、ポーランド兵士たちが立ったまま話し合っていただけで、ほぼ満席状態。

私達が掛けた席には先ほどの婦人が同席。

先ほど、バスの乗車について教えてもらったことの礼を言い、クラクフ中央駅までの20分程度の乗車中、この婦人と楽しく語らうことができた。

アメリカ系のポーランド人だという婦人との交流は、落ち込んでいた私達の気持ちを和らげる特効薬となった。

中央駅というだけあって、かなり大きい駅のように思えたが、日本のターミナル駅のように明るくてキレイなものではなく、プラットホームから下りた地下連絡通路も4~50年前の大阪駅のようなものであった。

行き交う人は多いのだが、何か野暮ったくて暗い感が強い駅であった。

家内と二人なら多分迷っていたと思うが、先の婦人が、ホテルへ行くのはタクシーを利用するのが良いと、ややこしい駅構内をスイスイと通り抜けてタクシー乗り場まで案内してくれた。

私は彼女にお礼を言ったのだが、その別れ際の会話の中で、彼女の住まいは鉄道で更に40分も離れた場所にあり、そこへ帰る途中、私達の道案内をしてくれたことが分かった。

初めての土地で迷ってばかりいた私達のために時間を割いてくれたのである。

最近の日本では少なくなってきたように感じるポーランド人の『親切』。

どれだけ嬉しく思ったか、言葉では充分表現しきれない。

私達が受けた親切は、これだけでは無かった。




at 10:05|Permalink

October 16, 2006

ポーランド ・ クラコフ

前回、クラコフ空港でのラッゲージ受取りに関するトラブルについて書いた。

オーストリア航空のズサンさや職員の接客態度の悪さ、勿論、全てが悪いわけでは無いであろう。

実際、赤いオーストリア航空の制服を着たアフリカ系黒人の地上アテンダントの女性の対応は、日本の航空会社各社の職員にも学んでもらいたいほどのあたたかさ溢れる対応であった。

しかし、『信用』とか『信頼』、これは企業が事業を行う上で最低限保持しなければならない基礎的基本的なことであると同時に、人として生きていく上で身に付けなければならない最も大切なことでもある。

これらは実績として、業務上の結果という形で目に見える場合もあるが、感情的なものとして表には表れず、人々の『思い』という観念として定着してしまうことも多い。

一事が万事』という俚諺がある。

また『ホトケの顔も三度』という俚諺もある。

オーストリア航空は、しっかりと自戒してもらいたいものと思う。

クラコフ空港におけるバッゲージ・クレームで時間を取られてしまった私達は暗澹とした気分のまま手荷物だけで小さな空港を出た。

空港前にはレンタカーがズラリと並べられてあり、タクシーが数台、青色のリムジン・バスが1台停車し、離着陸便が少ないのか行き交う人の数は僅かであった。

私達はホテルまでタクシーに乗るつもりでいたが、大きいラッゲージも無いのでリムジン・バスを利用することにし、バスの運転手に料金について訊ねたのだが、この運転手、全く英語を解さないため、バスに乗って良いのかどうかも分からず、沈み込んでいた気持ちが一層落ち込んでいった。

途方に暮れていたところ、このバスに乗り込んでいた老婦人が運転席横まで来てくれ、どうしたの?と英語で尋ねてくれた。

ホッとした私が、クラコフの町まで行きたいことを伝えると、このバスに乗れば良い、バス代を払う必要はないと教えてくれた。

え?と不思議に思いつつも、私達は、このバスに乗り込んだ。

乗客は、私達も含めて7人のみ。

やがてバスが発車し、林間の道をほんの少し走ったところでバスが停車。

運転手も私達以外の客も降りていった。

しかし、そこは町らしい雰囲気など全く無い野原の真ん中のような所。

不思議に思って座っていた私達に、先ほどの老婦人が、「ここで降りて鉄道に乗り換えるのよ。」と教えに来てくれた。

よく分からないままに私達が降り立った所は、野原に少し盛り土をしたようなプラットホームであった。

バスの乗客の他、一般の人が2人、それに6人のポーランド兵士がプラットホームに立って列車が来るのを待った。

リムジン・バスというのは、空港と都会(町)の中心部を結ぶものだと思っていた私の頭は混乱し、荷物が行方不明で暗澹とした気持ちになっているのに、更に英語も通じない国にやってきたということに完全に打ちのめされた気分になってしまっていた。

一体、この先、どうなるの?



at 04:57|Permalink

October 15, 2006

信用出来ないオーストリア航空 2

何とか予定の便に乗れたものの・・・

並びの座席であったはずの席が離ればなれになってしまったことは前回に書いた。

最後に乗り込んだ私達が飛行機の出発を遅らせたかのように先客達からは白い目で見られ、
オーストリア航空というのんは、
ひと言『アカン』。


下は、その飛行機である。
ポーランドのクラコフ空港に到着した時の写真
80a0b231.jpg
ポーランドの入国審査は厳重であった。

拳銃携帯の入管職員なのか警官なのか、

とにかくウロチョロし過ぎ。

それは仕方がないとして、私達は、さして広くはない荷物受け渡し場所のターンテーブルの前で私達のラッゲージ2つが出て来るのを待っていた。

幾組かの荷物がターンテーブルを流れ、そしてユダヤ人の団体の荷物も流れ、引き取られていった。

次は私達の荷物かなと思いつつ、空っぽになったターンテーブルを見つめていたら、男の職員が2人出てきた。

まさか・・・と思いつつ、

これで全部か?

と大声を掛けると、

これで全部だ。

何!


ウィーンの飛行場で我々のラッゲージがカートで運ばれていたのに・・・

またもオーストリア航空めが

もう、最低!

オーストリアの悪い思い出を忘れようと思っていたのに。

飛行機での荷物が無くなるというトラブルは、これまでにもちょくちょく耳にしていた。

ウィーンでは、チェコ航空を利用していた人が荷物が見付からなくて、3日目に届いたという話を聞いたばかりであった。

しかし、比較的小さい航空会社で起きており、まさか私達に起きるとは、しかもオーストリア航空でとは・・・

全く
開いた口がふさがらない
』とは、
この
オーストリア航空のことである


あきれ返ってばかりはおれないので、荷物受け渡し場所の隅にあるバッゲージクレームの小さなカウンターを設けた事務室へ行くことにした。

着替え、化粧品など、早速困ることになるのである。

既にウィーンでムカムカしていた感情が甦り、端から怒鳴りつけてやった。

が、何と若くて、か細い女の子が対応し、電話しろと言えば直ぐに電話をかけ、コンピューターで打ち出せといえば直ぐに打ち込み、一生懸命に私の指示する仕事に取り組む姿を見ていると、私の怒りの矛先も徐々に鈍ってしまった。

ウィーン空港のオーストリア航空の職員とはエライ違いや。

オバハンと女の子の違いや無いねんでえ。

接客の姿勢や、態度や、誠意やがな。

オーストリア航空はん。

高慢ちきなウィーンのオバハン、オッサンと違うんやでえ。

私は、この女性の真摯な態度に敬意を表して、荷物を発見できたら、クラコフ滞在中なら、このホテルへ、プラハに移動していたならばこのホテルへ荷物を届けて下さいとお願いし、荷物の発見に努力してくれたことへの感謝の言葉を言って空港の建物を出た。



at 16:12|Permalink
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