May 15, 2007

東京行 続き (マグロ ?)

インドマグロにクロ・本マグロがウマイと私が思っていることを書いてきた。

しかし、当たり外れというものはあって、インドなら、クロなら絶対にウマイというものでもない。

インドマグロもクロマグロもマグロの1つの種類の総称なのだから、個体一つ一つが全て美味しいということではない。

しかし、東京のいろんなお店でマグロを食べてきたけれど、どの店でも当たり外れが無く、どの店でも良いモノを安い値段で提供していた。

このことについては感心し、素晴らしいとも思った。

しかし、経済・流通の原則に立ち返ってみれば、東京で良いマグロを安く食べることができるのは全く当たり前のことなのである。

マグロの産地は遠い。

近海モノなら北海道・戸井や青森県・大間が脚光を浴びているが、クロやインドは焼津、勝浦などへの水揚げも多い。

その他、塩釜、三浦、銚子などの漁港だけでなく、漁場としては山口県沖の日本海や沖縄など日本の周囲は全てマグロ漁場と言って良いであろう。

食物連鎖を考えれば、微小なプランクトンをイワシなどの小魚が食べ、そうした小魚をアジやサバが食べ、そんな魚たちをカツオやマグロが追いかける。

マグロはエサを求めて潮に乗り、広い海域を回遊し続けているのである。

しかし、前掲の漁港に水揚げされた立派なマグロがどこへ向けて出荷されるのか。

大間で揚がった200kg級や300kg級の立派なものは必ず東京の市場に回される。

和歌山の勝浦は大阪・神戸という大消費地に近いという立地ながら、立派なモノは東京向けに出荷するのである。

東京のマグロ業者は卸しも仲買も群を抜いて多いし、神奈川、千葉、埼玉の消費地も合わせれば恐らく日本一の消費地が東京首都圏であることに間違いはないだろう。

沖縄のマグロでも空を飛んで東京へ行くのである。

ボストン沖の大西洋、スペイン沖の地中海。

「欧米か。」・・・「ちゃうちゃう。」

「築地や。東京やがな。」

マグロ好きの関西人としては、ちっとも面白くない。

大阪でも良いモノを食べることは出来る。

それなりの店もある。

金さえ出せば・・・で、ある。

勿論、安くて良い品物を提供している店もある。

しかし、マグロに関する限り東京ほど当たり外れのない土地は日本には他に無いのではあるまいか。

航空便にトラック便と流通・輸送体制の発展、冷凍・冷蔵の保存や輸送の技術的進歩、マグロを扱う多くの店舗、それに巨大な消費地と条件が整い、更に料理屋、寿司屋に一般商店が数多くあれば、当然のこと品質の良いモノが集まり、価格は安い方向での競争が働く。

こと、マグロを食することに関しては東京はスバラシイ。

感服。感服。

そうそう、マグロのホホや頭に尻尾などは煮ても焼いても構わんけれど、カマに背身に腹身は『お造り』で食べんとなあ・・・。

我が近くのスーパーマーケットではバチにキハダにビンチョウしか並ばん。

クロにインドが並ぶ東京は、やっぱり羨ましいワイ。


Y君、ギ・オ・ンはなかなかみたいやさかい、インドの中トロくらいで手を打とか。

ぶっははははは

ちょっとFaa Thaiへ行ってくるわ。



at 08:32|Permalink

東京行 続き(マグロ ?)

大学を卒業するまでマグロの赤身、つまり、生のお造り(刺身)で食べなかったことの、また、食べられなかったことの理由を?で書いてきた。

話は変わるが、我が家では『刺身』という言葉を使わなかったと記憶している。

母親も父親も『お造り』と呼んでいた。

この言葉の語源や謂れ、或いは使用される地域性というものがあるのだろうか、何となく気になりだしたが、これも“雑学”、いずれ調べてみよう。

話を元に戻すが、私がマグロの肉(身)を食べるようになったキッカケは、就職した大阪の学校の某上席教官が自宅に招いてくれた時のことであった。

ご内儀のお手製料理での歓待を受け、その料理のひとつに『よこわ』のお造りが出されてきたのである。

当時の私は『よこわ』が何であるのか知らなかった。

茶道・華道は言うに及ばず料理・裁縫などあらゆるものに長けたご内儀ゆえ、不躾とは思いつつも『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』とばかり、料理はもとより器などについても教えを乞うた。

よこわ』が本マグロの子どもであって、体長90cm程度までのものを言うのだと、この時に初めて知ったのである。

『えっ?これがマグロか。』と驚くと同時に、お酒(日本酒)に合う絶妙の肴であると思ったように記憶している。

あまりに美味しいと思ったものだから、時期改めて訪ねた折に『よこわ』を所望したのであるが、「『よこわ』は時節、旬のものですから本日はご用意できません。」と言われたご内儀の言葉を今でも覚えている。

魚にも旬があったんやって・・・全くの不覚。

以後、マグロについて勉強を始めることとなり、静岡県焼津の漁港へも和歌山県勝浦漁港へも出かけて行った。

焼津ではインドマグロの頭と尻尾をもらって持ち帰ったこともあった。

今では商品となっている頭や尻尾も、当時は市場の人間が「欲しかったら持って帰れ。」と言う程度のものだったのである。

大西洋アフリカ沖、北大西洋ボストン沖、南太平洋に地中海、それに日本近海ものと食べ比べを続けてきた。

8年ばかり以前だが、試験的に養殖していた『近大マグロ』も食してみた。

その頃までは『大トロ』も『中トロ』も、勿論『赤身』も選ぶことなく食べまくってきた。

中でもインドの『カマ』と『中トロ』、クロの『赤身』は特段に好んで食べた。

今は脂ののった部分は食べないので『中トロ』か『赤身』を食べるが、インドクロがウマイと思う。

近大マグロ』は『トロ』を大量商品化したのは良いが、脂がのり過ぎて食べる気にはならない。

インドクロ独特の味わいに色合い、これは最高の酒の肴である。

もう少し・・・?に続く。



at 06:16|Permalink

東京行 続き (マグロについて ?)

『東京行・続き・6(食)』で書いたが、『鮨勘』赤坂店はなかなか良い店であった。

大阪にあれば、きっと贔屓にする店のひとつになるであろう。

私が驚き羨ましくも思ったのは、東京の料理屋、寿司屋など、私が訪れた店のマグロはどの店も上物でウマイと思ったことである。

私はマグロが好きである。

『好き』は『数奇』や『好き者』に通じ、『好事家』とも言えるし、「この好き者叩けり」(堤中納言物語)と『好色の者』をも指す。

ぶっはははは。

私が風雅・風流の道を歩んでいるのか、はたまた源氏や元禄・浮世草子に登場するような男の道を歩んでいるのか、そうした詮索は無用にして、ただ単に大海を終生泳ぎ続けねばならないという習性・行動様式をもったアノ『マグロ』を食することを好むというだけのことである。

日本でマグロ(鮪)と言えば、本まぐろ(クロマグロ)、みなみまぐろ(インドマグロ)、目ばちマグロ(メバチマグロ)、黄肌まぐろ(キハダマグロ)、鬢長(びんなが)まぐろ(ビンチョウマグロ)の5種を指す。

成長した段階での大きさの順に並べてみたが、和名には魚の特徴が表現されている。

クロマグロは体側線の上部が黒色であり、インドマグロは南半球の海洋で獲れることから南マグロと言い、メバチマグロは目がバッチリと鉢のようなので名前が付けられ、キハダは体の色が黄色っぽいし、ビンチョウはエラの横のヒレがトンボのように長いのでビンナガと呼ばれ、トンボと呼ばれることもある。

日本では種によって名前が異なるが、外国では大雑把にツナ(TUNA)と表現する場合が多い。(私の少ない経験ながら・・・)

ちょっとヒドイと思ったのは、カツオ(鰹)もカジキ(旗魚)もツナと表現されていたことである。

確かにカジキ(旗魚)の場合、日本ではカジキマグロとは言うが・・・

但し、カジキをマーリン(MARLIN)とかスピアー(SPEAR---槍)と呼ぶ者もいるにはいたが、カツオを英語ではバニートウ(BONITO)と言うが、私は聞いたことが無い。

書いたついでに、私は大学を卒業するまでマグロという魚を余り好まなかった。

それこそカジキマグロのステーキを焼いて食べるのが好きであったのである。

一番の理由は、小骨を取る手間が要らないし、ボリュームがあり、塩味だけでも醤油味でも、どんな味にも馴染む肉(身)であったということである。

更に大きい理由は、流通が今ほど盛んではなく、大阪市内の市場と言えど遠海モノは余り売られてはいなかったということもある。


つまり、冷凍冷蔵保存や輸送方法などの体制が現代のような状況には無かったため、一般庶民が気儘に食べることが難しかったということである。

今ひとつの理由、それは魚の血合いの部分を食べることが嫌いであった私は、マグロの赤い身を血合いの色に見立てていたことである。

自他ともに硬派と認めていた私ゆえ、筋が通らないことに関して血を流す喧嘩をしたこともある。

しかし、『弱きを助け強きをくじく』精神を基にすれば、弱き者を虐める強き者を私が腕力で抑えれば、私自身が強き者を虐めていることになると考えた私は一定の抑制効果はあることを知りつつ自ら血を流させられる立場を選んで取ってきた。

決してエエ格好をして言うのではない。

実際に私よりも大柄な野球部のレギュラー選手をド突きまわして血を吐かせたことがあるが、私はこの時の血を見て以来、血を流す行為を嫌うようになった。

つまり、血を見ることが嫌いになり、血の色につながるマグロの肉(身)も嫌いになり食べることが無くなってしまったのである。

?に続く。

at 03:32|Permalink
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