September 17, 2015

自然の力にオモフ

土曜日曜と来客があり、一息ついた9月7日月曜の午後にブログを書いたのが前回だった。
そして9日から11日、集中豪雨は常総市(茨城県)や大崎市(宮城県)などで堤防を決壊させ、多くの人々に甚大な被害を与えた。2015-09-09_144745
私が子どもの頃、台風襲来による床下浸水を二度経験している。
床上浸水の経験は無いが、なかなか水が引かずに通常生活が出来ず、悪臭がひどかったことや、ようやく水が引いた後に石灰を撒いたりと、子ども心に大変なことだという記憶があるので被災された人たちには心からのお見舞いを申したい。

治水というのは人類が文明生活を始め、その生活を維持発展させる上で切り離すことの出来ない関係にあり、古来水を治める者が権力を握ってきた。
2015-09-09_145242荒れる川を治め、乾燥地に灌漑を施し、人の交通や物資の流通まで。 これらは世界四大文明地に例を求めるまでもなく我が日本にもある。
我が故郷・大阪では仁徳天皇の治水事業である『難波の堀江』『茨田堤』、江戸時代には道頓堀の掘削や大和川の付け替え、近代に入れば新淀川の流路開削等を挙げることが出来る。
奈良・平安時代には行基や空海らの活動も挙げられるが、権力とは無縁の僧侶である彼らには権力に代わる絶大なる尊敬が与えられ人望を得たことだろう。s-2015-09-09_145925

自然を相手とする治水が如何に難しく知力・財力・労力の要るものか歴史を紐解けば容易に理解出来ることだ。
今回鬼怒川を決壊に至らしめた豪雨域はタテに連なり間断なく雨を降らせたらしい。
気象上、今回のような気圧配置が起き得ることは想像出来るが、近頃は何だかやたらと稀なことが多発しているような・・・・・
線状降水帯と言うらしいが私の知らない言葉だった。

異常気象と言う専門家もいるが、何を基準に異常と呼ぶのか私にはワカラン。
地球が誕生して46億年と言われるが、エチオピアで発見された化石 ・ Ms. ルーシー ( Lucy、アウストラロピテクス・アファレンシス ) は年代測定の結果 322万年~318万年とされるから、彼女をヒトとみなしても地球の気象変化については僅か数百万年前のことしか分からないのである。
s-2015-09-09_144006
自然を地球を制してやろうなんてメチャクチャなこと。
畏怖の念を忘れてはならんと思うことしきりである。

※ 菓子は京・青閑院の福ぐり(孫・Aの土産)、茶碗は唐津・鶴田氏の兄だったか弟だったか、母御から頂戴したもので・・・・・


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September 07, 2015

13年目

天候不順で眩い日の出を見る機会が今年は少ないように思っていたが、明日はもう二十四節気の白露にあたるのだ。
白露と字が示す通り、夜間に気温が冷え、朝方には草の葉に水蒸気が白い露となって見える頃だよということだ。
気付かぬうちにも時節だけは確かに移り来て過ぎ去っているのだ。
s-2015-9-4_AA
時に気まぐれのように日の出の写真を撮ってきたが、夏至の頃(写真A)より3ヶ月を経た9月4日(写真B)の写真を並べてみた。
これから太陽が顔を出す位置はどんどん南へ、上の写真では右手方向へ移っていき、それに伴って秋が深まって行くのだ。 そしてやがて冬の一時期、私の定席からは日の出を見ることが出来なくなるのだ。A

過ぎ行く年と言えば、あの日から丸13年目を迎えた。
無宗教だった愚息の意思を尊重して『偲ぶ会』と名付けた法要まがいのことを年ごとに行ってきたが、10年を節目とする大きい集いは先年に行った。 
仏教だと年忌にあたり、13回忌なら昨年がその年に当たっていたのだった。
10年目の『偲ぶ会』を催して以後私の方から呼びかけはしていないが、毎年何人かがお参りに来てくれる。

此度は私好みの特別純米酒『蔵人の詩』(中本酒造店)と菓子『京観世』(鶴屋吉信)をお供え物とした。
辛党用と甘党用といったところだが、お参り頂いた人たちに。

13年目の今年もその日を終えた。



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September 04, 2015

代 行

代行で真っ先に思い浮かぶのは運転代行である。
病を得てからというもの外で飲むことも車を運転することも無くなったので運転代行を頼むことも無い。
以前はSちゃんの運転で帰宅することが多かったが、彼女の顔を見ることも無くなってしまった。s-DSCF6464

病を得てからというもの『~無い』ということが増えたような気がする。
『~』の部分に何らかの動詞を入れるとアレもコレもソレもと次々つながり広がっていく。

喫茶店ともご無沙汰で、ちょくちょく行っていた丸福珈琲店も『行って無い』。
つまりクセになるようなアノ苦い丸福のコーヒーも3年近く『飲んで無い』ということだ。
丸福珈琲本店は大阪・千日前にあるので、ミナミへ出かけたり法善寺界隈で飲んだりした折には寄っていたものだ。
堺筋淡路町交差に丸福珈琲の支店が出来て4、5年になるだろうか。贔屓にしているタイs-2015-09-03_204400料理店が直ぐ近くなので、そこを訪れる度、ニガーイ珈琲を飲みに立ち寄っていた。
が、今や店に『行って無い』、『飲んで無い』、タイ料理も『口にして無い』と、無い無いずくしである。

そんな中、先日Rちゃんが長女・
Tちゃんの七五三参りの写真を持って来てくれたのだが、併せて写真に示す丸福珈琲を持って来てくれた。
s-T-3-A先月家内の体調が一時的に回復した8日、Rちゃん家族4人が訪ねてくれたのだが、その折に「長いこと丸福のコーヒーを飲んで無いなあ。」と話したのだった。
だから店まで飲みに行けない私が自宅に居ながら丸福珈琲を味わえるよう気遣ってくれたのだ。(と、思う)
勿論、一番の用事はTちゃんの写真を見せてくれることだったろう。 しかし、七五三詣では昨年
11月15日のことである。それ以後何度か我が家を訪ねてくれているので写真を見せてくれる機会は何度もあったのだ。
ぶっははははは。
Rちゃんはそういう人なのだが、
第三番目の父親たる私を・・・・・
まだまだ無理ムリ。s-2015083017430000

Rちゃんはミナミ『本二鶴』の『巾着寿司』をも持って来てくれた。
『本二鶴』は持ち帰りのみ。営業は月曜~土曜で午後3時開店(日曜は休み)のはず。 日持ちするものではないから、時間を合わせ、わざわざ買い求めて来てくれたのだ。
『巾着寿司』は私の好物であり、Rちゃんを『本二鶴』の店へ連れて行ったこともあった。
そんなことで買い求めにも行けない私のことを思って・・・・・
ぶっはははは。そんなことも私がワカランと思っているのだろうか。
s-2015083017360001
巾着に込められた心持ちも併せ、家内と共に嬉しく有難く美味しく頂いた。

伊藤氏にも『会って無い』なあ。
『本二鶴』は持ち帰りのみだけれど、私が店の近くで飲んでいた時には配達してもらったこともあった。
彼も結婚し、もう父親にもなったろうか。元気に頑張っているようで何よりに思う。



masatukamoto at 09:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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