April 22, 2017

初物のお菓子

家内も私もだが熱中するテレビ番組がないことは以前に書いた。
しかし二人が揃って見るものにクイズ番組がある。19-2
地理だの生物だの漢字だのと様々なクイズが出題されるのだが、画面を見ながら出演者と同じ様に家内と『正答&速さ』を競うのだ。
出題される問題が特別難しいというものではないので家内も私もそこそこの成績は挙げている。
プリニウスほどの博識であれば何と馬鹿らしい番組だと思うかもしれないが、平凡な私たちだから先ず先ず楽しめるのだ。
「ああ、そうだった。」と気付かされることもあるし、「ええ?知らんかった。」という問題も中にはある。
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クイズの問題ではないが、先日「えっ?知らんかった。」という物をK子さんに送って頂いた。
s-2017-04-20_221032私が病気で倒れた折には千羽鶴を折って頂いたりと常々気遣って頂いている方だが、私の誕生日を祝って美味しかったので是非にとお菓子を送って下さったのだ。
沖縄のお菓子なのだが、これは家内も私も知らなかった。
『ちんすこう』や『サーターアンダギー』ぐらいは知っていたが正に初物であった。
写真に文字を入れた通り、原材料は冬瓜で砂糖漬にしてあるものだ。
s-2017-04-20_221253パイナップルの実などを砂糖漬けにした後に乾燥させたものと同じようなものと想像すれば良いだろう。
味わいは当然甘く、しつこさのない上品な甘みを感じるように仕上げられている。
歯応えはゼリー菓子を食べる時の柔らかさ加減で、パイナップルの砂糖漬菓子のような酸味は無く、梨の実を食べる時に感じるザラザラした粒々感が少しだけある。
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琉球王国時代に中国からの冊封使を接待する際に供したお菓子らしいが、家内とともに初物として茶菓子に美味しく頂いた。
添えられた切り絵の一筆とあわせ、いつもの細やかなお気遣いに感謝申し上げる。


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まとまりない『つぶやき』

日本人は寛容・寛大と言われるが果たしてそう言えるのだろうか。
勿論、日本人を一括りにするような乱暴な見方がオカシイことは認めた上でのことだが。s-2017-03-29_130037
寛容に見えているようであっても、
その実態は関心が無いことの裏返し
ではないだろうか。
無関心、或いは関心を示しても上っ
面で興味本位・・・
私にはそのように見えるのだ。
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物事に対し思いを共感共有しても一時的通過的に関心を示すだけで、喜怒哀楽の他、恐怖・驚愕・嫌悪等の感情を露わにすることがあっても長く持ち続けるということが無いようなs-2017-04-07_172222気がするのだ。
東北地方を襲った津波によって多くの人命が犠牲となったこと。
既に 6 年という歳月を経ながらメルトダウンした原子力発電所の建物内部の状況が分からないまま原子力発電所の再稼働方針を出した政府や電力会社のこと。
政務活動費の不正による議員辞職が相次いだ富山の選挙結果、自民党の大臣など要職にある者の不逞行為に失言の数々。
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真の寛容・寛大は不正や悪に対して目をつぶることではないと私は思うのだが、世の中を眺めていると、人々は自己の利害に関わるかどうかを基準に行動しているように思えてならないのだ。
勿論いつまでも過去を引きずっていては前へ進むこともままならぬことも分かるのだが・・・・・
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日本人の心には、禊や祓いといった宗教信仰上の概念・所作が知らぬうちに備わっているのかもしれないと思っs-2017-04-07_170111たりすることもある。
結果、赦され清められという寛容で寛大な神仏の守護・加護を戴くことになるのだが、自分自身が神仏に成り代わって沙汰するという真に尊大極まりないことをやっているのではなかろうか、とも思うのだ。
ブツブツ、ブツブツ



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April 19, 2017

祝いの『塚』

幾つかの『塚』を明らかにした通り調子は決して悪くはない。が、一足飛びに改善回復するものではないのだ。
よーく分かっていることなので焦ったりすることはないが、願いや希望は常に心中に秘め、状況に応じて機能回復に努めている。s-2017-03-29_130815
あら探しと言った悪い意味ではなく、将に『鵜の目鷹の目』の如き真剣な眼差しで状況を見て即座に対応(挑戦)出来る構え、つまりあら(粗)ではないが、隙あらば面でも籠手でも一本取りに行ってやろうと身構えているということだ。
チャンスは何時どこで遭遇するか分からないのだ。 チャレンジ出来る状況に遭っても我が体調が合わない場合もあるし、その逆で不運な場面に出くわすことだってあるのだから。
ともあれ回復調子が上向きで気分良くしていた過日、息子たちがやって来てくれた。
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戴いたヱビスを久し振りに味わったが何だかまろやかな味わいと香りで、以前に飲んでいた頃の記憶と若干違うように感じたのだが・・・
客が来てくれるのは嬉しいことだ。
s-2017-04-18_171737賑やかであるということが先ず嬉しい。
次に、お酒にしろ料理にしろ或る程度家内の監視姿勢が寛大になるということだ。
いかに息子たちと言えど彼らの前でキツイ姿勢を見せるのは家内とて憚るのだ。s-2017-04-18_083825
なーんて言っても私もメチャはしない。少しばかり量は増えるが自分の体の状態はよく知っているのだから。

長いこと広島へも行っていないので、せめて酒くらいとの思いで買い入れておいた『酔心』と、いつもの『蔵人の詩』を料理に添えた。
急遽頼んだ仕出し膳に息子の嫁が作ってくれた和え物(写真)や家内が急ぎ盛った冷凍保存食品なs-2017-04-18_171926どなど。
息子の嫁の作品は山芋と胡瓜を乱切りしたものを梅肉・味醂・鰹節・白胡麻などで和えたもの。
ご飯のおかずにもお酒のアテにも良い一品だった。
多少下駄ばき評価とも思うが、まあ良かろう。
s-2017-04-11_112703障害を受けて5年と半年になろうとする。
家内だけでなく沢山の人たちの支援を頂き、正直有難く感謝しているし、同様辛さも感じている。
身体を思い通りに動かすことが出来ない辛さもあるが、様々な支援を頂くという辛さもある。申し訳ないなあという思いである。
ともあれ最も基本となる『塚』を今年も越えさせて頂き、このことを祝っても頂いた。
メールを頂いた方たちにも感謝申し上げる。
バースデーケーキは不二家のイチゴショートケーキ。これも随分久し振りだった。
息子が知っていたのかどうか分からないが、私と家内の思い出の品なのだ。
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家内が母親と二人で住んでいた頃、風邪で欠勤していた家内を見舞うのに買って行ったケーキなのだ。
普段は元気な家内だが、1 年に一度必ず風邪を患って高熱を出し、4~5日の安静を要する状態になるのだっs-2017-03-29_130453た。なーんにも食べることの出来ない体調でも不思議とこのショートケーキだけは食べることが出来たので、サッブイ木枯らし吹きすさぶ中、仕事帰りに買って持って行っていたのだ。
当時は 1 ホールが400円の小さい物だったが頂いた写真のバースデーケーキは大きい物だった。
昔のことを思い出させてもらったことにも感謝せねば。
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今日吉野山は下千本は葉桜、中千本、上千本ともに落花盛ん、奥千本は5分咲きとの桜開花情報を出していた。
『諸行無常』である。s-2017-03-29_130628
良寛和尚は『散る桜残る桜も散る桜』と詠じていた。
一休和尚は『門松は冥途の旅の一里塚、めでたくもありめでたくもなし』と詠んだ。
私が越える『塚』も同じ・・・
それでも、越えられる『塚』なら越えたいし、越えさせて欲しいものだ。


masatukamoto at 17:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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