September 01, 2017

記憶の広がり《 つづき 》の続き

昭和37年(1962年)に初めて食べたものの記憶を綴っていたのだった。
誰しも同じだと思うが初めての経験というのは印象深く記憶に残るものだ。s-2017-08-11_160933
食べ物の場合、その食べ物を食べるきっかけとなったこと、一緒に食べた或いは教え連れてくれた人のこと、食べた時期や場所、その場の雰囲気、食べた物やその食感、味わい香り色合い等々次々と繫がり思い出されるものだ。
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印象深いことのひとつとして夜食にチキンラーメンを食べていたことを少し前に書いた。
その文を綴っている時も当時の友人の表情や声までもが次々に思い浮かび、文章の作成がなかなか進まなかったs-2017-08-12_063354ほどだった。
ホルモン焼の店へ連れてくれた人のことも思い出していたが、思い出すことが多くて知人としか書かなかった。
その知人は某柔道場でしばしば手合わせした間柄だが、私より10歳ほど年長ながら常に対等親切に接してくれた山口出身の人だった。
多くの人たちの世話になってきていることを改めて思い出しているところだ。
           《つづく》・・・・・多分
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masatukamoto at 06:47|PermalinkComments(0)

August 31, 2017

94年前・・・?

昔のことを思い出して書いてきたが、さすがに94年も前の事となれば無理である。
94年前の明日、つまり大正12年(1923)9月1日に発生したのが関東大地震だ。s-2017-08-31_084443
この大地震を教訓に、地震、津波、台風など災害に対処することの大切さを学び、思いを新たにするために設けられたのが防災の日(9月1日)である。
おりしも明日9月1日は立春より数えて210日目。二百十日である。
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私が子どもの頃、二百十日や二百二十日という言葉は台風の代名詞のように受け止めていたものだ。
s-2017-08-31_084823今日(8/31)の天気図を見ると関東地方南方の太平洋上にデッカイ台風15号が書き込まれていた。
因果関係が確かになっているわけではないが、我が家の月下美人は台風が近付くと不思議と花開くのだ。
写真の月下美人は、昨年に家内が大きくなった親木から分けたもので、初めて花をつけたのだ。
親木の枝先を切り取って挿したもので鉢物としては未だ小さい。それで私も見ることが出来るようにと家内が室内に運び入れてくれたのだ。
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しかし花の命は短いと言うように、ひと夜だけ精一杯に花咲かせるのが月下美人である。
s-2017-08-31_085322午後7時頃、つぼみが緩み始めて上の2葉の写真の通り午後10時頃に満開となり、何時間か満開の状態を維持するが、翌朝には長い花茎を垂れて花も力なく下向きに萎れてしまうのだ。
今回花が咲いたのは一株だけだったが、親木や他のものも暫く時期を開けて咲くことだろう。
大輪ではあるが名前の通り純白清楚で香しく、美人の名に相応しい花だと私は思っているのだ。
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今日は家内が朝から長兄宅へ出かけてくれているので一人留守番である。
留守番と言えば楽しみが・・・・・
これまでも書いているが今日のお昼は写真の通りインスタント焼きそばである。
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初めて食べるもので、うーん、先日食べた『焼きそばU.F.O』の方が私の好みと言えるかな。
ドリップ式のコーヒーは京都の小川珈琲。おやつは南部煎餅。
午前中にY・PTの訪問リハを受けたが、一人留守番もしっかり出来るようになってきた。
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masatukamoto at 14:35|PermalinkComments(0)

August 30, 2017

記憶の広がり 《つづき》

50数年も昔(昭和37年・1962年)、夜食にチキンラーメンを食べていた記憶について書いたが、食べ物からの連想で、この年に初めて食べた物の記憶が甦ってきた。
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病を得てから丸々5年間は食べていない焼き肉を初めて食べたのも昭和37年。
もっとも当時は焼き肉とは言わず、ホルモン焼きと呼んでいた。s-2017-08-09_140919
今の焼肉屋ではロースだバラだミスジだなどと上等な肉を提供しているが、私が初めて食べたホルモン焼きの店ではミノ、レバ―、ハツなど臓物ばかりを扱っていた。(と、思う。)
在日のアジュモニが切り盛りする店は、夜はお酒も提供し毎夜賑わっていた。
初めて知人に連れてもらった時、店内は客たちの賑やかな声にホルモンを焼く煙と食欲をそそる香りが充満していた。
赤色-1
この時の衝撃的な美味さが病みつきになったことは間違いなく、この後、小遣いをしまつして(貯めて)昼食を食べに行くようになったのだ。
ホルモン焼定食、70円。 s-2017-08-11_162351
その内容が、どんぶり鉢に入ったご飯、白菜キムチ、ミノとレバ―の盛り合わせ。
味噌ダレで和えたホルモンをカンテキの炭火で焼いて食べるのだが、味わいだけでなく香ばしさまでが絶妙の美味さを感じさせてくれたのだ。
アジュモニの作る味噌ダレはホンマ美味しいものであったが今もって味の再現は出来ていない。
s-2017-08-30_114733店へは客の少ない時間帯に行っていたこともあって、アジュモニは何やかやとよくサービスしてくれた。40年ほど前に尋ねたことがあるが店は無くアジュモニの行方も分からなかった。
思い出すままにホルモンを焼いてる絵を。




masatukamoto at 17:51|PermalinkComments(0)
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