March 18, 2007

韓国へ

航空会社のマイレージの一部が有効期限切れとなるので、モッタイナイものだから1月中旬に韓国へ向けて旅に出た。

マイレージを使用した正規のオープンチケットだから、一応帰国便だけは予約して出国したのだが、韓国で気が変われば滞在期間を延ばしても良いという気楽な旅であった。

格安航空券は安いけれど、有効期間が決まっているものが大多数であり、現地で自由に行動の変更が出来ない。

旅行会社が企画する、いわゆるパック旅行はポイントを押さえて効率良く巡ってはくれるが、これも個人の自由な行動は認められない。

格安航空券というものは、こうしたパック旅行で売り捌くことの出来なかった航空券をバラ売りしているのである。

だから、短期で予定を決めて行動する者にとっては便利なチケットであると言える。

しかし、私のような気儘な旅人にはそぐわない。

15時55分、ソウル向けエアバスは166人の満席状態で関空を離陸した。

機体右3席、左3席の配列だが、どうも窮屈で仕方が無い。

前の客が座席を倒してくるのが好ましくないので、1番の席にしたのだが、座席の横幅が狭いのが気に喰わない。

何ともウルサイ客ではあるが、かと言って高い金を払ってビジネスクラスやファーストクラスを利用するほど懐のゆとりも無い。

もっとも、関空・ソウル間のエアバスはエコノミー専用であるから、たとえ懐が豊かであっても座席が無いのだが。

飛行機が高度を上げて水平安定飛行に入るまで、ずっと下界の様子や遠くまで広がる雲の海を眺めていた。1

私の隣の座席には40歳代の半ばであろうか、綺麗なご夫人がハングル文字の並ぶ新聞を見ながら座っていた。

水平飛行に入ると夕日がまともに射し込み、その女性が眩しそうにしている気配を感じた私は窓のブラインドを下ろした。

そこへ客室乗務員の女性が飲み物を提供するためにカートを押してやってきた。

私は、どこの航空機であってもビールを注文する。

それは、その航空機が属する国のビールを積み込んでいるためである。

今回の飛行機は日本の航空会社のものだからビールも当然日本製。

日本製なら星のマークと決めている私ではあるが、この飛行機には積み込まれてはいず、何とかの一番搾りというものであった。

別に星のマーク以外はマズイというのではない。

日本のビールはいずれのメーカーのもオイシイのである。

しかし、美味しい中でも少し味わいが異なるのだが、私は、その僅かな味わいの異なりに拘っているのである。

それはともかく、私に続いて隣席の女性も同じようにビールを求めた。

ところが私はビールを置くために座席のテーブルを出そうとして左側をまさぐったのだが無い。

そこで右側をと思うが窮屈な姿勢、座席が狭いことは既に書いたが、厳冬期のソウルへ飛ぶために綿入りのキルティング・コートを着ていたため余計に体が膨らんでいた私は体を回すことが出来ないでいた。

すると、隣席の素敵な女性が、

「あ、私が、してあげましょう。」

とテーブルをセットしてくれたのである。

韓国の女性と思っていた隣席の女性が日本語で話しかけてくれたのにも驚いたが、私が戸惑い困っている様子を見て、サッと手伝ってくれたことに有難く嬉しい気持ちで、窮屈な座席がかえって喜ばしくも感じ始めたのである。

17時45分定刻にインチョン国際空港に飛行機が着陸するまで、隣席の女性とは親しくお話することが出来、機内での退屈さを感じずに済んだ。

ソウル滞在中、分からないで困ったことがあれば電話してきなさいと親切な申し出も受けた。

誠に嬉しい旅のスタートであった。


at 15:02|Permalink

March 17, 2007

Icomさん

久し振りでした。

書き込みに気がつかず申し訳ないことでした。

4月にバンコク長滞在、その後カンボジア経由ホーチミンとのこと。

気をつけて楽しんできて下さい。

私は5月と6月、家内と黒海周辺国に滞在する予定ですので、4月はオトナシクしておきます。

国内でご一緒する機会があればヨロシク。

量は多くありませんが、少しずつやっておりますのでお相手下さい。


at 09:37|Permalink

March 13, 2007

門司港レトロ 続き

前頁の若い男性駅員氏の写真掲載については、ご当人に当該写真をお送りし、目隠しの上掲載させていただくことの了解を頂いているので念のため。

スラリとしたハンサムな方なので、目隠しすることは却って失礼ではないかとも思ったのだが、どこでどのように使われるか分からない仮想世界のことゆえ仕方ないかと・・・

門司港駅の駅舎を出ると前頁の写真のように、駅前広場(レトロ広場)の路面に埋め込まれた噴水口より水が噴き上げられ、風も無くお天気も良かったので気持ちの良いものであった。

駅舎の左手には道路とコンクリートの埠頭を挟んで関門海峡が広がっている。

この道路は199号線であり、レトロ広場を囲むように直角に曲がった後、直ぐ国道3号線につながっている。

国道3号線は海岸線とほぼ平行に走っており、門司港レトロ地区と呼ばれている地域は、この国道3号線と関門海峡に挟まれた一角のことである。

199号線の道路はレトロ広場を曲がるのだが、真っ直ぐに進む道路もある。

この真っ直ぐに進む道を少し歩くと、右手に大正6年(1917年)に建てられた『旧・大阪商船の建物』がある。
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上の写真の『旧・大阪商船の建物』は現在『海事資料館』として公開されている。

ここを更に進むと近代的なビルの門司港ホテルに出て、門司港の一角に架けられた橋のたもとに出る。
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上の写真は橋のたもとから撮影したもので、赤いレンガの建物が明治45年(1912年)建築の『旧・門司税関』である。

現在、2階はギャラリー展望室、1階は展示室として公開されている。

隣のグレーの高いビルは門司港ハイマート。

勿論、レトロではなく近代的ビルディングである。

このビルの裏側に赤レンガ塀を壁として残した駐車場があるが、その前には出光興産の創業者・出光佐三氏の『出光コレクション』を展示している『出光美術館』がある。

美術館の外観や色彩はレトロとは異なる違和感を感じたが、出光興産が大正期に建てた資材備蓄庫を改装したものらしい。

日本画、書、陶磁器の常設展を行っているようだが、年末年始の休館期間であったために観覧できなかった。

出光美術館』から『旧・門司税関』方向に戻ってきた所に『北九州市立国際友好記念図書館』というドイツ風の建物があるが、これは明治36年(1903年)に帝政ロシアが大連市に建てたものをコピーしたものだとか。

下の写真は『旧・門司三井倶楽部』の建物で、大正10年(1921年)に建築され、国の重要文化財の指定を受けている。

3階建ての木造で門司生まれの林芙美子の資料室がある。
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国道3号線を越えて『栄町』も歩いて巡ったが、レトロ地区と言っても、近代的な街並みの中にレトロな建造物が肩身を狭くしてポツリポツリと点在しているといった状況。

ここも日本各地の観光地と同様、土産物店が並ぶ様子は同じこと。

ヨーロッパの町々が旧市街地を保存し、或いは景観を厳しく規制するという発想をするのに対し、日本にはそうした発想が無いためか、日本の歴史的・復古的景観というものは作られたニセモノ、或いは点の保存だけで面としての保存が無い非常に寒いものになっている。

北九州市の努力は一定評価するが、どうも私好みでは無い。

門司港駅に隣接する『九州鉄道記念館』が下の写真である。
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門司港駅そばの埠頭からは関門橋を望むことが出来る。

直ぐ目前に本州・下関側を眺めることができ、ここと下関港とは頻繁に連絡船が通っている。
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私の感想であるが、門司港レトロ地区というのは何だかテーマパークのような・・・イマイチであった。

関門海峡を眺めているだけで私は満足したのだが・・・・・



at 14:58|Permalink
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