January 04, 2007

フランクフルト ?

ライン・クルーズのバウチャーは今回の旅行に関する手配を依頼した旅行社から受け取ってはいたのですが、現地での集合場所に関する記載が無く、現地の旅行社へ何度電話しても誰も出てくれずに困ったものでした。

夜になって、やっとつながったのですが、
「貴方のホテルはどちらですか?」
「メリディアンですが・・・」
「じゃ、窓から下を見て下さい」
それで、窓を開いて見ますと、インド人らしい風貌の男が私のホテルを見上げながら手を振っているのが見えました。


何と、集合場所はホテルの直ぐ前だったのです。

これには助かりました。

下の写真はライン川クルーズの際のものです。
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at 11:31|Permalink

January 03, 2007

フランクフルト ?

今回の旅行でフランクフルトを選んだのには3つの理由がありました。

1番目の理由は、家内をライン川クルーズのボートに乗せてやりたかったことです。

現代の学生たちは『美しき水車小屋の娘』や『冬の旅』といったシューベルトの歌曲、或いは『ローレライ』というドイツ歌曲を知らない人たちが多いようです。

菩提樹』は『冬の旅』に含まれる曲ですし、『ローレライ』はハインリッヒ・ハイネの詩に曲付けされたもので、日本語訳でもよく歌われてきています。

人生に恋に悩みの多かった私達の青春時代には、これらドイツ・リートの歌詞やメロディーに共感してよく歌ったものでした。

ローレライ』は不実な男の態度に絶望して川に身を投げた乙女の伝説ですが、航行する船乗り達が、その乙女の素敵な歌声にひかれて操船を誤り、船もろとも沈んでしまうと伝えられています。

そこはライン川が、張り出した岩山を曲がり込む川幅が狭く流れが速い所で、航行する船の難所とされている場所です。
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写真左手後方の岩山が『ローレライ』伝説の場所です。

家内の体調が気がかりで申し込んでいた現地ツアーをキャンセルしようと思っていたのですが、夕刻になって熱が下がり、熱いスープを飲みたいと言いましたので、レストランから『きのこスープ』を運んで飲ませました。

そのためか薬が効いたのか、翌朝、家内の体調が回復しましたので夕刻までのライン川クルーズのツアーに参加することが出来ました。


at 08:28|Permalink

December 22, 2006

フランクフルト ?

フランクフルトの中心部は歩いて巡ることができるくらいに小さい町です。

家内とは散歩を楽しむつもりでいたのですが、家内が風邪で寝込んでしまったものですから、買ってきた薬を飲ませてから私一人でブラブラ出かけました。 

メリディアン・パーク・ホテルを出て左、つまり南方向にほんの少し歩くとマイン川の畔にインターコンチネンタル・ホテルが建っています。
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写真はインターコンチネンタル・ホテルの前あたり、マイン川でボートに興じていた人たちです。

このマイン川、向かって右の方へ行けば、やがてライン川に合流しますし、左手へ行けばドナウ川へもつながっています。

ライン川はスイス・アルプスに源流を発し、ドイツとフランスの国境に沿って流れ、やがてオランダのロッテルダムで北海に出ます。

ライン川同様スイス・アルプスに源流を発するドナウ川(ダニュウブ川)とは、ドイツ南部のケルハイムあたりでマイン川の上流にあるマイン・ドナウ運河が合流し、ウィーン、ブラチスラバ、ブダペストなどを経て黒海へ流れ込んでいます。

つまり、フランクフルトはヨーロッパ内陸部における水上交通において北海と黒海を結ぶ要衝にあると言えるのです。
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下の写真はドライケーニヒス教会とマイン川沿いに並ぶ祭りのテント、それに船上レストランです。
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下はマイン川に架かるアイゼルナー・シュテークから歴史博物館、大聖堂、観覧車を眺めたものです。
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at 14:02|Permalink
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