December 12, 2006

チェコ・プラハ?

私達がチェコ滞在中、忘れることの出来ない思い出のひとつを書いておかねばなりません。

私達が滞在していたホテルについては『チェコ・プラハ?』に少し書きました。

チェック・インの際に、立派なヒゲの紳士に私達の大きく重いラッゲージを2つも一度に運んでもらったことを書きました。

その時、レセプションの女性が一人と、奥のバーカウンターでバミューダパンツアロハシャツ風の格好で掃除をしている中年男、それに件のヒゲの紳士の3人しかいなかったのです。

そのヒゲの紳士、私達に対しては丁重なのですが、レセプションの女性に対して尊大で、彼と言葉を交わしていて感じたのですが、どうもこのホテルのオーナーらしいと・・・。

ヨーロッパに限らず、星の数や規模に関わり無く個人経営のホテルの場合、オーナー自らがレセプションに立ったりすることなど極一般的なことなのです。

私達がブラブラとプラハの街を散策してホテルに帰り着いた時、あまりに暑く喉が乾いていたものですから、レセプション奥のバーのソファに腰を下ろしてビールでも注文しようと思ったのです。

ところが、バーにはバミューダパンツアロハシャツ姿で掃除をしていた男しかいなく、注文して良いのかどうか私は迷ったのです。

ま、ダメなら誰か呼んでもらうつもりで声をかけたのです。

でも、その男はよく冷えたビールを運んできてくれました。

それもグリーンのボトルに赤いメダル刻印が貼り付けられた『ブドバイザー』だったのです。

以前にも書いていますが、ピルスナービールの本家本元。

アメリカの『バドワイザー』が商標を売って欲しいと訴訟騒ぎまで起こしているチェコのビールです。

他に客もいなかったのでバミューダパンツの男とビール談義となったのですが、初めバーカウンターを挟んでの話だったのが、途中から、その男が別なブランドのビール瓶を持って私達が座っているソファにやってきて話し始めたのです。

しかも、その男もビールを飲み始めたので少々驚いてしまいました。

ドイツでは水代わりともビールについて聞いていましたので、チェコでも同じなのかと思ったのです。

私は彼が仕事中だと思って気遣ったのですが、全く意に介さないようだし、私も楽しい気分になっていましたので、そのビールは私が奢るといったのですが、いやいやなどと言って彼は私の奢りを断ったのです。

私は日本には『サッポロビール』という美味しいビールがあると宣伝(サッポロの社員ではアリマセン・・・念のため)、更にはタバコ談義、そしてチェコのこと日本ことなど、家内も加わっての3人での話、随分楽しいひと時を過ごしました。

その日の夜、私達は疲れていたのためホテル地下のレストランで食事を摂ることにして出掛けて行きました。

今夜は少し豪華にと、私達はスープから順にアラカルトでオーダー。

私は牛肉のステーキをメインにし、ビールにワインまで注文しました。


その食事中、例のバミューダパンツの男が数人の男と連れ立って入ってきましたので会釈だけ交わしました。

しばらくしてバミューダパンツの男が二人の男を連れて来て、彼らはロンドン・タイムスの記者だけれど写真を撮らせてくれないかと言ってきたのです。

別に断る理由も無いので撮らせました。

やがて食事を終えた私達はでウェイターを呼び、勘定するように言いました。

するとウェイターが「ボスの奢りだから要らない」と言うのです。

えっ? あのヒゲの紳士かと思ったのですが、ウェイターがバミューダパンツの男を示すので全く驚いてしまいました。

若干ウェイターと押し問答になりましたが、結局バミューダパンツの男の申し出を受けて、この夜は豪華なタダの晩御飯を頂いてしまったのです。

それにしても人の悪い奴です。

一緒にビールを飲んでる時に、ひと言ボスだと言ってくれれば、職務中にビールをなんて気遣わずに済んだし、ビールを奢るなどと失礼なことも言わずに済んだものを。

しかし、人を外見だけで判断してはいけないという良い例でありました。




at 12:35|Permalink

チェコ・プラハ?

次の写真はプラハ城で撮りました。
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闘う巨人たちの彫像が立つプラハ城の正門です。

この門をくぐれば第一の中庭です。

正門の両側には不動の姿勢で衛兵が立っています。

これは夏服姿の衛兵。
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第一の中庭から第二の中庭に入るマチアス門からの眺めです。

黒っぽく見える2つのゴシック風尖塔が聖ヴィート大聖堂です。

この第二の中庭では毎正時に衛兵の交代式が行われます。

私達は、たまたま正午の交代式に立ち会ったのですが、画面左手方向の王宮美術館2階の窓より軍楽隊の演奏が行われ、衛兵の一団が交代式を行っていました。

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下の写真は聖ヴィート大聖堂の北側から見上げた写真です。

もとは10世紀初めに建てられた教会ですが、14世紀の頃に現在のような聖堂に改築されたそうです。
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聖ヴィート大聖堂の内部も公開されており、立派なステンドグラスには目を見張るものがありました。

この聖堂の地下には、カレル4世、ヴァーツラフ4世など、歴代の王の墓があるそうです。(これは公開していなかったと思います)

1枚目や3枚目の写真にあるような建物がフラッチャニの小高い丘をぐるりと取り囲むように建っているのですが、聖ヴィート大聖堂から更に奥へ進むと王宮の建物、聖イジー教会や、現在では国立美術館や国立歴史博物館、おもちゃ博物館として利用されている建物の通りを歩くことになります。

旧の登城門に至るまでを黄金小路と呼んでいますが、現在は土産物を売る店として利用されている部分に16世紀の頃には錬金術師たちが幾人も住まいして種々の実験に明け暮れていたというのです。

当時の王はルドルフ2世、確か『魔術王』とも呼ばれ、自らも工夫・発明を手掛けていたのではなかったかと・・・・・

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上の写真は城内から旧の石畳の登城道とヴルタヴァ川を望んだものです。

プラハ城は9世紀中頃に構築が始められましたが、現在のような状態に造り上げられたのは14世紀に入って、カレル4世の頃だと伝えられています。


at 10:56|Permalink

チェコ・プラハ?

下の写真は丘に広がるペトシーン公園へ散歩に出掛けた時のものです。

プラハ城を眺めたものです。

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下の2枚はプラハ市街を眺めたものです。
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at 10:35|Permalink
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