August 26, 2018

犬つながりで・・・

唱歌に『はなさかじじい』がある。
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裏の畑でポチがなく
正直爺さん掘ったれば
大判小判がザクザクザクザク

いじわる爺さんポチ借りて
裏の畑を掘ったれば
瓦や貝殻ガラガラガラガラ
ライン深緑
私の記憶にある犬の名前はマル、クロ、シロ。
名前を知っていると言う程度なら南極探検隊に加わったタロやジロ、忠犬ハチ、外国ではリンチンチンやラッシー、それにフランダースの犬のパトラッシュもいる。
総じて犬は賢い動物のはずだが、ポチは例外かも・・・
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いやいや『かも』ではない『鴨』かもしれぬ。
ウン?
目ん玉飛び出すほどに高いネギを背負ってお参りに出向いとるくらいだから。
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masatukamoto at 15:00|PermalinkComments(0)

August 21, 2018

高校野球 Ⅱ

今年は異常な暑さだと思う日がずーっと続いてきたが、このところ少し凌ぎやすい、と言っても例年の夏に戻っただけのことなのだが・・・。明後日23日は処暑にあたる。暦の上ではボチボチ夏の暑さも終わりになろうかという頃だが。
ライン紫色
それはそうと夏の高校野球も決勝戦を迎えることとなった。
s-2018-07-19_162526連日の猛暑・酷暑の中、熱戦を繰り広げてきた選手諸君の健闘には心からの拍手を贈りたい。同時に観戦応援のため球場へ足を運んだ人たちにはご苦労様と声を掛け労いたい。甲子園球場は銀傘下の一部の席を除き、一塁側三塁側と外野の全ての席に直射日光があたる上、今年の暑さは尋常ではなかったのだから座っているだけでも大変だったろうことは十分に想像出来ることなのだ。s-2018-07-22_133254
ライン空色濃い目
本日の決勝戦は春夏連覇を狙う大阪桐蔭高校(大阪)と初優勝が期待される金足農業高校(秋田)の対戦である。
さて、どちらの応援をするかと問われたなら・・・
ライン深緑
先ず一番に挙げるのは私とご縁の深かった学校だが、それらの学校は既に予選で敗れたり甲子園に出場した学校も敗退したので該当校は無い。二番目に応援するのは関西地区の出場校と公言しているので大阪桐蔭が該当するがご縁が深いとは言えない。私の基本的スタンスは
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『弱きを助け強きを挫く』であるが、両校とも決勝戦まで勝ち進んできたチームゆえに強弱の判定はつけ難い。

大阪桐蔭も金足農業も双方全力でぶつかり合って欲しいというのが今の私の思いだが、頭の中では1974年選抜高校野球大会での『さわやかイレブン』(徳島県立池田高校)のことが重なり合って見えている。

はてさて・・・
s-2018-08-21_103932今日も暑くなりそうな予感。









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masatukamoto at 08:00|PermalinkComments(0)

August 20, 2018

いのち

8月15日。
毎年のことだが『ひとの命』について考えさせられた。

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73年目の終戦の日、全国戦没者追悼式が日本武道館(東京)で執り行われた。
今回は最高齢となる102歳の老婦人が車椅子で参列される場面がテレビで報じられていた。その際『戦争なんて嫌だ。』と彼女が泣きながら声を上げていた姿が目に強く焼き付けられた。
彼女の夫は沖縄戦で亡くなり、その時31歳だったのだと。
『ひとの命』は分からない。しかし戦争がなかったなら・・・と考えてしまう。
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1931年、大陸への侵略を開始(満州事変)した日本は傀儡政権をもって満州を建国。中国(当時の中華民国)との関係は泥沼化の一途をたどり、1937年には日中戦争開始。
そして1941年12月8日に大本営陸海軍部は『帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。』と発表。
s-2018-07-11_174838米英と戦争を始めるという国を挙げての重大事について、日本国民はラジオの臨時ニュースで一方的に知らされただけである。
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戦争と言うだけで敵となった人を殺さねばならず、自分が殺される立場に立たされねばならないのだ。
陸海軍を統帥する天皇が開戦の断を下した結果、日本だけでも300万人を超える『ひとの命』を失うことになり、アメリカやアジア各国の犠牲者も加えると1800万人を超えるとされている。s-2018-07-19_162324
犠牲になったのは命を失った人たちだけではない。命は助かったものの体に障害が残った人たちも戦争の犠牲者だ。命や体だけでなく住む家や様々な施設も破壊し尽くすのが戦争だ。
こうして取り返しのつかぬ損害を国民に与えるだけ与えた末、1945年8月15日正午、ラジオを通じて国民に終戦が伝えられたのである(玉音放送)。

 まったく『ひとの命』が如何に軽く扱われていたことか。

ライン深緑
戦争時『ひとの命』に重さなど無かったが、平和な現代日本でも『ひとの命』の重さを感じられないような事件が多いことに私は悲しく思う。

s-2018-07-22_101801親が子を、子が親を、見ず知らずの人を平気で殺める事件が連日の如く報道されることには真に心痛む。

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そうした中、山口県周防大島の実家に母親と帰省中の2歳児が行方不明になったが、大分県よりボランティアで捜索に入った尾畠氏(78歳)が発見したとの報道をテレビで知った。

『ひとの命』が軽んじられる事件が多い中、大分県から手弁当で捜索に加わり2歳児の命を救った尾畠氏の行為はダイヤモンド以上に輝いているように私には思えた。

ライン紫




masatukamoto at 19:00|PermalinkComments(0)
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