August 30, 2017

季節の移ろい

今朝久し振りに携帯電話のカメラを使って東の空を撮ってみた。
※ 実景はもっと明るいが、太陽の位置をハッキリさせるため画面を暗く調整している。
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前回は7月20日の日の出時の写真を掲載したから今回は
40日ぶりになる。 しかし雲多く日の出時刻を過ぎての写真になってしまったが、日の出時刻が遅くなっていることや日の出位置が随分南へ移動していることは7月21日付ブログ掲載の写真と比べ見れば推認できよう。
明後日は二百十日、9月7日は白露。 いよいよ季節も秋に移る時節になってきたということだ。
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masatukamoto at 09:34|PermalinkComments(0)

August 29, 2017

記憶の広がり 〔エサ《3》から〕

私が即席麺を食した記憶は昭和37年(1962)、50数年も昔に遡る。
その頃はインスタント・ヌードルとは言わなかった。
確か即席ラーメン、或いはインスタント・ラーメンと呼んでいたように記憶しているが、私の場合、インスタント・ラーメンと言えばチキンラーメンを指していた。
黄緑-1
学寮の夕食時間帯というのは5時半から6時半と早く、日々の自習時間はどうしても夜遅くになってしまい、午後10時2017-08-29_075008頃になるとお腹がググーと鳴ったものだ。
そんな状況を予想していたのだろう、私の母親は時々チキンラーメンをも送ってきてくれたのだった。
毎日ではなかったが週に二度か三度、同室の友人と一袋のチキンラーメンを半分ずつにして夜食として食べていた。s-2017-08-29_101250
成長盛りの私たちにとって満腹感を満たすほどの量では無かったが、一時的にでも腹の虫を抑える食べ物としては贅沢この上ないものであった。
電気湯沸しポットは友人との共有で、蓋付きの丼鉢と箸はそれぞれが用意した。
チキンラーメンを半分に割った量は丼鉢に入れた時に丁度良く、ポットの熱湯を注ぎ蓋をする。
そうして『三分』。
蓋を開けると何とも言えぬ香りが鼻をくすぐり、腹の虫が今一度ググー。
s-2017-08-29_125516湯を吸って膨らんだ麺とスープが程よく丼を満たしているのだ。
とりわけ秋の中間、冬の期末テストの時期に食べた夜食のチキンラーメンが美味かった記憶は今なお鮮明に残っている。
茶色-1
夜食のチキンラーメンのことを思い出していると、鍋で煮るラーメンのことも思い出してしまった。s-2017-08-09_141011
母が亡くなった昭和39年(1964)の冬から半年ばかり私は祖父の家で寝起きすることとなった。
祖父の世話など家事全般を従兄妹のTちゃんがしてくれていたが、Tちゃんも叔母も二人が講義に出かける時は私が祖父の世話にあたった。 K兄ちゃんが仕事で遅くなる時、Yちゃんが定時に仕事を終えて帰ってきてくれた。
Yちゃん、Tちゃんなどと呼んでいるが私よりも随分の年長者である。
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そのYちゃんが時々作ってくれた夕食が鍋で煮るマルタイ・ラーメンというものだった。2017-08-29_100621
これは湯を沸かし、その鍋でラーメンを煮て、麺が柔らかくなったら粉末スープの素を入れるというもので、チキンラーメンとは作り方が違っていた。
インスタント・ラーメンが何だか懐かしく思い出される。
赤色-1
前回もインスタント・ヌードルについて書いたが、カップ麺と呼ばれるものを初めて食べたのは昭和59年頃のことだった。
関門トンネル門司側の和布刈神社あたりに設置されていた自動販売機で買ったカップヌードルs-2017-08-23_123224(シーフード)だった。家族でドライブ旅行した時、早朝に着いて朝食代わりに食べたことも思い出した。

※ 写真のカップ麺は家内が長兄宅へ向かった折に用意してくれたもの。



masatukamoto at 15:07|PermalinkComments(0)

August 27, 2017

近頃のエサ 《3》

表題を書きながら、やはり【エサ】という表現はいかんなあと思いつつも 「まっ、ええか。」 という思いもあって結局はそのまま。
そのエサについて《1》を書いたのがお盆の15日。その時点で近頃の範囲を7・8月と描いていたのだが、その8月も残すところ4日になってしまった。
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7と8の2ヶ月、日数にすれば62日。1日3食としてエサを頂いた回数は186。ほぼ毎日おやつも頂くので、それも加えると248回。
頂いたエサには同じものがあるにせよ248回分の1が一品なら248品なのだが、1回分に何種類かのエサが盛られているのだから、それらを全て記すことなど出来ない。
まあ時々に写真として記録したものに限定して書いてみることにしよう。
紺色-1
昨日と本日、家内はレッスンのため朝から大阪市内へ出かけている。
s-2017-08-26_155910以前にも書いたが昼時に家内が留守をする場合は私の昼食を用意して出かけるのだ。
午後3時を過ぎて帰宅予定の場合、おやつも用意しておいてくれる。
昨日も本日も午後3時までに帰宅する予定なので、おやつは無い。
昨日用意してくれた昼食は写真の『焼きそば』であった。

s-2017-08-27_121119本日は写真の『ラーメン』。
昨日の『焼きそばU.F.O』は随分以前に食べたことはあるが、今日用意してくれていた『ラーメン』は初めて口にするものであった。
このような「お湯をかけて3分待つのだぞ」というインスタント・ヌードルの昼食とは何とも侘しいものだと思われるかもしれない。
が、私にすれば大変に嬉しいことなのだ。
家内にはどんどん出かけ、自分の時間を大いに楽しんでくれることを望んでいるのだ。
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私にすれば大変に嬉しいことと書いたが、一番は普段あまり食べさせてもらえないインスタント・ヌードルを食べるこs-2017-08-09_140345とが出来ることだ。 次に夏でも熱い(温かい)料理が好きな私にとって、「お湯をかけて3分待っ」て熱い(温かい)料理を食べることが出来ること。 3番目にお湯が少なくなった湯沸しポットへ家内が用意してくれたヤカンの水を継ぎ足し出来るまでに私自身の足が回復してきていることもある。
s-2017-08-09_140644勿論どんどん家内に出かけて欲しいと願う基底には、私の介助のため5年も(12月で)自分の時間を潰してくれたという経緯がある。 家内は潰したなどとは言わないが、私にとっては負い目になっていることは事実だ。
家内が留守の折、私の時間の過ごし方は本を読むか音楽を聴くか、勿論音楽を聴きながら読s-2017-08-09_140455書や物書き、パソコンをいじることもあるし、ビデオを観ることもある。
一人での外出は出来ないが、留守番は出来るようになってるので家内にはどんどん出かけてもらいたいものだ。


masatukamoto at 16:04|PermalinkComments(0)
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