April 2008

April 09, 2008

Y君・Hさんの結婚を祝す(2)

結婚式場となった教会より某ホテルに移動し、結婚披露の宴席が開かれた。

新郎・新婦により、来臨の祝い客らに対して歓迎と感謝の挨拶が述べられて宴が始まった。

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冒頭の祝辞を依頼されていたので準備をしていたのだが、祝辞が完成したのが3日前のことであった。

リタイヤして以来、式辞を作成することが無かったし、何より結婚披露宴の席では用いる言葉に気を遣わなければならないし、新郎・新婦双方を知る立場からいずれかに偏る内容では具合が悪いと、祝辞の作成には結構条件的に規制されるものであり少々その作成においては難儀したのである。

かと言って語らねばならないことについては漏れ落とすようなことがあっては良くないし、冒頭の祝辞が長過ぎると来客の評が悪くなる。

そうした諸々のことを考慮して祝辞を作成し話すということ、これは非常に頭の痛い仕事なのである。

ともあれ3日前に出来上がった祝辞であるが、年齢とともに記憶力が減退したと言うか暗記出来なかったのである。

仕方なく奉書紙に清書し、宴席で読み上げることにして当日に至ったのである。

ところが新郎・新婦、ご両親並びに親族の皆さん方へ祝いの言葉を述べたところで目が霞み始めて奉書紙に書いた文字が見えなくなってしまったのである。

年齢とともに涙もろくなってきたと言うのか、涙腺がゆるんできたというのか、老眼鏡も役に立たない状況に立ち至り、奉書紙を持ったまま祝辞を述べざるを得なくなってしまった。

まあ、何とか話すことは出来たと思うが、ノミのように小さな私の心臓にとっては厳しい仕事であった。
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その後、乾杯の発声があり、ウエディング・ケーキの入刀など、宴が次第に従って進行されていった。
下の写真は、新婦のお色直しの出迎えに新郎の父親が出向いた時のものである。

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祝い客からの言葉、祝電の披露、友人達の歌声に托してのお祝いなど、会場は華やかなムードに満ち、宴席の一角に設けられたテーブルでは数々の『幻の焼酎』が来客たちの気持ちを和らげ一層和やかな賑々しい雰囲気を盛り上げるための一役を担っていた。
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新郎・新婦が各テーブルを巡ってのキャンドル・サービスのあと、新婦が勤務する病院の若手らによる‘結婚行進曲’をアレンジした激しいリズムに合わせてのダンスは祝い客の手拍子を得て宴席は最高潮に達した。
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新郎・新婦のご両親に対する感謝の手紙と花束の贈呈、続いて新郎の父親から来客に対する感謝の言葉をもって祝いの席はお開きとなったが、多くの方達によって華やかで賑わしい結婚披露の宴を催すことが出来た。

二人の結婚を私も共に祝うことが出来たことを喜び感謝している。


第三番目の父親として二人には幸せになってほしいと願うし、互いが互いのために尽くしきる愛、『無償の愛』とも言うが、見返りを求めない愛をもって幸せな家庭を築く努力を積み重ね続けて行ってもらうことを期待したい。

もう一度、Y君・Hさん

     結婚

         おめでとう


at 08:04|Permalink

April 08, 2008

Y君・Hさんの結婚を祝す(1)

       Y君・Hさん

            結婚

    おめでとう


4月5日、Y君とHさんの挙式・披露宴が多くの人たちの祝福を戴き、賑わいのうちにお開きとなった。

二人の喜びもさることながら、ご両親にとっても喜びは一入のものであったろう。

第三番目の両親として私ども夫婦も心底嬉しく、二人が幸せな道を歩んでくれることを心より願うものである。

同時に、多くの人々が二人の結婚を祝ってくれた気持ちに思いを致し、感謝する心を忘れず、自らも人々の幸せを願い実践・行動できる人間を目指して努力を続けてもらいたい。

以下、当日の祝典の模様を写真で紹介してみよう。

新婦の父親に手を引かれヴァージン・ロードを歩むHさん。
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既にY君が待っており、新婦の父親より引き継いだHさんの手を取ってY君と二人が祭壇に進む。

パイプオルガンが讃美歌312『いつくしみ深き』を奏で、女性コーラルとともに参会者一同の合唱で結婚式が始まった。

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『誓約』、『指輪交換』を終えて『結婚宣言』。

式は厳かなうちにも粛々と進み、讃美歌430『妹背をちぎる』の合唱で終えた。

教会堂を出た二人は沢山の参会者の撒くバラの花びらを受けて、夫婦としての歩みを始めた。
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夫婦というものは共同作業の連続である。

二人の喜びをウェディング・ベルの音にのせて
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心配していたお天気にも恵まれ幸いであった。

at 05:59|Permalink
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