June 2013

June 19, 2013

ありがとう Y君Hさん ( 父の日 )

5月の第二日曜日が『母の日』であることは良く知られており、今年の『母の日』は 5月12日であった。
May12,2013 付けのブログ『小さな見舞客』で Y 君が小さな紳士 ・ 長男の K君を連れて私の病室を訪れてくれたことを書いた。

日にちが前後するが日本における『父の日』は 6月の第三日曜である。
pict-20130616-11退院を目前にして荷物をあらかた片付けた病室へ Y 君が来てくれたのは
『父の日』の 6月16日であった。

『父の日』だからとプレゼントを持って来てくれたのである。
色合いは私が好むグレー。 胸元にお洒落な縁取りがしてあるが、決して派手ではない。
私の好みをよく知っている Y 君ではあるが、選んだのは・・・
思った通り買ってくれたのは Hさんであった。
ただ、サイズが『LL』。 入院前に私が着ていた既製品のサイズは『XL』であった。
現在のサイズは『L』か『LL』であろう。
そのうち着させて頂くが、元のサイズに戻らないようにとの意図が込められているのかも。 

『母の日』に来てくれた小さな紳士 ・ K君は姉の Kちゃん、それにお母さんの Hさんと三人でお留守番らしい。 Y君 & Hさん夫妻は新築した住居へ先日引っ越したばかりで、荷物の片付けなど休日は何かと忙しいはずである。

※ 写真は唐津産イチゴ ( さがほのか ) 。
pict-20130616(さがほのか)-1私の大好物をよく知っている Y君が持って来てくれたものだが、ぼちぼち露地ものも終わりだ。
佐賀県唐津へは
 Y君とも行ったことがある。 唐津城址、唐津焼、虹ノ松原、それに何と言っても剣先イカの活け造り・・・

思い出すなあ。

Y君 & Hさん夫妻には何かと気遣って頂き常々感謝している。

※ ほんと、私の好物は・・・むむむ  写真のブドウ ( 巨峰 ) も大好物。 巨峰は時期的には未だ走り。 だからpict-20130616(巨峰)-1なのか粒が揃ってはいなかったが、私にとっては見栄えなど関係ないのである。
それにしても新大信貴 ( JA ならけん ) と書いてあるから平群のブドウである。
平群と言えば椹原 ( ふしはら ) のデラウェアと思っていたのだが巨峰も作ってたのだ。  灯台下暗しである。
pict-P1060586-1
今回の入院生活の第一日目となった昨年12月21日の朝、私が救急車で搬送してもらう前段で用事をひとつ請け負ってもらったのが Y君だったし、彼はその後幾度も病室を訪れてくれている。
私の病院生活での退屈しのぎにと、パソコンを購入する家内に付き添って家電販売店『 Joshin 』へ行ってくれたのも彼だったし、Wi-Fi
(wireless-Fidelity) のLTEの契約等を含めセッティングしてくれたのも
 Y君であった。
仕事で忙しく時間が取れない我が愚息 N 以上に息子らしい存在であり、頼りがいのある人物で実際頼りにさせてもらってきたのである。

※ 写真は昨年の『母の日』に頂いた洋ラン。
pict-P1060588-1
デンドロビウムで良かったのかなあ。 園芸種ならば名前は分からないが今年も花を咲かせてくれている。
ありがとう。
これからも何かと無理を言うかと思うけれど宜しく頼むとお願いしておきたい。
重ねて深謝。


masatukamoto at 20:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

ご報告とお礼

既に当ブログでも書いてきたが、完治したとは言えない状態ではあるものの退院し、自宅でのリハビリ療養を続けることとなった旨のご報告と、合わせてこれまで何かとご心配頂いた皆さん方に心より厚くお礼を申し上げたい。

昨年12月21日に近畿大学医学部奈良病院へ救急車で搬送して頂き、MRI による撮影で『脊髄硬膜外膿瘍』とpict-20130615 Krumlov Strand clutch Lofstrand-1の診断を受け、即刻手術を受けて入院生活が始まった。
命を助けて頂き激痛からも解放して頂いた。
これはもう感謝以外にない。

 
ただ下半身麻痺という障害が残ってしまったことは何とも残念なことで後悔の念が無いわけではない。

阪奈中央病院の医師から第2オピニオンとして紹介された奈良県立病院で、『右足の痺れのため歩行が困難になっている』という新しい症状を医師に告げた。 ( 20日の受診時 )
これは前日 ( 19日 ) に阪奈中央病院を受診した時には感じられなかった症状である。
しかし新しい症状を県立病院医師に告げたにも拘らず阪奈中央病院と全く同じ診察、検査 ( CT など ) を行った末、県立病院の医師が下した診断は阪奈中央病院医師の診断と全く何の変わりも無かったのだ。 投薬について痛み止めの座薬処方のみで抗生物質が無くなったという違いだけであった。

医者と患者という関係において、その根幹に信頼というものがなければ医療行為は成立しない。 pict-20130615アメリカン・チェリー⑤新しい症状について医師に告げたにも拘らず診断結果が変わらなかったことについては疑問を呈すべきであったと思うが、医者は医療の専門家、私は門外漢である。
しかし、しかしで仮定の話ではあるが、奈良県立病院の当該医師が足の痺れと歩行困難という新しい症状に着目し、MRI による検査を行ってくれていたら、この時点で脊髄神経を圧迫している状況を見つけていたかもしれない。

世の中に絶対と言うものは無い。 だから仮定の話としたが、明くる21日の朝には近畿大学医学部奈良病院での MRI による検査で病因が明らかにされているのである。
脊髄神経に対する損傷や圧迫について、その状態や経過時間によって麻痺の部位や範囲、程度に差が生じるものだと言う。
私の下半身麻痺という障害が『脊髄硬膜外膿瘍』によって起きたものであることが明らかなのだから、この病因pict-20130615アメリカン・チェリー③が20日に受診した奈良県立病院で発見されていたとするならば当然下半身麻痺の症状は軽微なものであったろうと推測できる。
勿論先にも書いた通り世の中に絶対と言うものは無いのだから推測という枠組みでの話になるが、県立病院で発見されていたとするならば入院期間が 6 ヶ月に及ぶようなことにならなかったであろうし、退院時点で 2 本の杖を用いて猶歩行不安定、衣服着脱について要介助、つまり自立できていない状態で要介護 2 という認定を頂いての退院ということにもならなかったであろうと私は考えているのだ。

しかし、ともあれ半年ぶりに我が家へ帰ることが出来たという喜びもあるが、何だか知人の家を訪れているような妙に落ち着かない気分でいるのも事実である。
それに我が家は病院のように広くもないし、あらかじめ障害を持つ者に配慮して建てられたわけではない。 細pict-20130615アメリカン・チェリー②やかな設備が施されたり介護用品が備えられているわけではないタダの一般住居である。

我が家の構造に慣れ親しみ ?
リハビリ訓練 ( 訪問&通所 ) を続けることで安心 ・ 安堵感が備わってくるかと思うが、何とも妙な具合になってしまった。

本当に不思議な妙な・・・・・
《 1+1=2 》 というのは科学の世界。 
この科学の世界でも時に 《 1+1=謎の結果 》 という式が成り立つ時がある。
一般常識、規則、通念などでは予測することも説明することも出来ない将に『訳のワカランこと』が起きるのが、この大宇宙である。〔 大宇宙とは細かな概念を無視するならコスモス ( Cosmos ) とかユニバース ( Universe ) のことだ。〕 

一人の人生など、この大宇宙という無限の空間と時間の広がりの中では塵 ( ちり ) ひとつにも比肩出来ないほどちっちゃなちっちゃなもので計算通りに物事が進み展開するものではない。
今回の6ヶ月に及ぶ入院生活も『訳のワカランこと』である。
全く何とも不思議で妙なことである。

しかしこの『訳のワカランこと』も私に与えて頂いた道だと受け止め、不足を言うことなく極力陽気に歩ませて頂こうと今は思っている。

以上、退院のご報告と入院中何かとお気遣い頂いたことに対してお礼を申し上げておきたい。


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June 15, 2013

ちょっと淋しい土曜日

今日は土曜日で15日。
家内は芦屋か神戸だったか、演奏会本番なので今日は病院へ来てくれない。
ちょっと淋しいけど仕方がない。

私が入院生活を続けているため、家内は自分の生活時間の全てを私の入院生活時間に合わせてきてくれた。 そのためメンバーとの音合わせや自分の練習時間もままならなかったことだと思う。 とりわけ今週など私の退院を目前にして連日その為の準備で自分の時間など取れなかったのではと私は想像していたのだ。

私に関することでも入院中の私に出来ない用事というのがある。
私が自宅療養を開始するにあたって、自宅の施設・設備を障害を持つ私が生活出来るように改修・改善しなけれpict-20130611山梨サクランボ-1ばならない。
先ず私が持つ障害のひとつ、階段の上り下りが出来ないことから生活の場を1階に限定しなければならないという条件がある。
この条件をクリヤーさせるだけでも大変なことなのだが、今回実際に障害を持って初めて分かったことの何と多いことか。 これまで障害者に対する理解はそこそこ持っていると自分なりに思っていたのだが、今更ながら恥ずかしい思いに耐えているというのが実のところである。

ベッドひとつを取り上げても、我が家のベッドは面が広くて良いのだが、ベッドから立ち上がり座るという基本動作を行うについても病院のベッドのように鋼鉄製ではないし、丈夫な金属製の柵があるわけでもないので、ベッドから替えていかねばならない。
もっとも福祉介護用品のリース会社があるので、そうした諸々の物品については当該会社に依頼することになった。 しかしその打ち合わせと契約、それに実物搬入などについては業者と顔を合わさねばならないが、これは家内が相手するほかない。

その他、退院に関わってのカンファレンス・・・なぜ横文字を使わねばならないのかチョット? 否、大変疑問に思っていたのだが、これへの出席。
入院患者である私と家族 ( 家内 )、病院の担当者 ( 理学療法士・看護師長と担当看護師、地域連携医療の医療社会福祉士 )、それに退院後の療養立案を担当するケア・マネージャー、介護物品について説明できる担当 ( 業者 ) による協議会と言うか打ち合わせ会のようなものであり、日本語で良いと思った。

そもそも外来語というものは日本語でそのものや状況を表現し得ない場合に原語での表現をするものだが、上に書いたカンファレンスなどは話し合い、連絡会、打ち合わせ、協議会、報告会などで実態は十分表せるものだと私は感じた。 
カブレなどを治療する医療機関でカブレがあるとはなあ・・・・・ぶっははははは
冗談はさておき、もっと日本語を大事にしてほしいものだ。

横道へ逸れたが、ケア・マネージャーと訪問リハビリの担当者の来訪、ケア・マネと通所リハビリの担当者の来訪、これらは私の退院後の生活についてのことだが、通常生活を送っていても来客はある。 予定している人もあれば予定外の来訪者もある。
そうした日々の様々な用事をこなしつつコンサートの準備を進めてきた家内である。
毎日来てくれる家内が来てくれないことは淋しいことだけど、淋しいなんて言えるかい。
ぶっははははは
有難い、ご苦労さんって気持ちは勿論持ってるけど・・・・・
ははははは、それ以外に 『 おとこの沽券 』、
しょうもないけど、私にも多少の体面と言うかメンツ ( 面子 ) というもんがあるんでねえ。



masatukamoto at 09:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 11, 2013

楽しいカード   M さんに感謝  

フィンランドの友人が誕生日を迎えるので、カードを送ってあげるため家内に買ってきてくれるように頼んでおいた。
以前には画用紙より少し厚手の紙に富士山や五重塔、着物姿の女性や桜の絵をプリントしただけのものが売られていた。
それが最近では種類も多く、いろいろ趣向を凝らしたカードが売られているようで、当ブログ『病室で迎えることになってしまった・・・』( April 18,2013 記) で紹介した『光る』『音を出す』『梯子が伸びる』と工夫を加えた消防車のカードもそれらの内のひとつである。

友人に送ったのはカードを開くと折り込まれた厚紙が階段状に開いて HAPPY BIRTHDAY の文字が現れ出るというもので、キンキラキンの派手なカードではなく私の好めるものであった。
  《 さすがに我が家内と、安堵と称賛の気持ちで労をかけたことに感謝・感謝 》
pict-20130610カード
派手なカードではないと言えば、見舞いを兼ねて退院が近付いたことの祝いや気遣いの言葉を添えたカードが届いた。 ( 上の写真 )
送り主は東京・品川に住む М さん。
私たち夫婦から見れば甥っ子の嫁になるが、甥とか姪とか呼ぶ場合はどうしても年齢的に若く、それも子どものイメージを持ってしまうのだ。 
間柄としては甥であり姪であっても、もう既に立派な立派な社会人の二人だから、私たちは E さん M さんと呼ぶ。
もっとも E さんについて、家内は E さんが子どもであった頃に呼んでいた E 君と今も呼ぶことがある。
pict-20130611カード-2
カードと言っても上の写真のように厚みは薄いが箱状で立体感のある組立て式になっているものである。

色合い・・・しっとり。 
pict-20130611カード-4河畔の料理屋だろうか、自宅の2階かな。
豚の蚊遣り器に扇風機。 軒に吊るされた風鈴に金魚鉢。 夜空に上がる大輪の花火。 冷奴に冷たいビール。 テレビは阪神・巨人戦だろうか。
やっぱり昭和のイメージかな?

何となく川風が浴衣姿の胸元を撫でる心地良さを感じる絵柄のカードではないか。
私が全快で退院するのなら直ぐにでも E さん M さん夫妻と、この絵の雰囲気で一献といきたいところだ。
 E さん M さん夫妻には、いつも気にかけて頂き、当ブログ上でお礼申し上げておきたい。
pict-20130611カード-5
カードについて、もう少し。
カードの右端に4種類のボタンがある。
PUSH と書いてあるから押してみると、
何と。
一番上のボタンを押すと『プシュー、トクトクトクトク、シュワー』

二番目のボタンを押すと『リーーンリーーン』『チリーーンチリーーン』

三番目のボタンを押すと『ヒュウ~~ドーン』『ヒュルヒュルヒュル、ドーン』

四番目のボタンを押すと『ブーーンウーーンウィーーン』
『 バ シ ッ 』

分かると思うが、一番目はビールを注ぐ時の音。 二番目は虫の音と風鈴の音。 三番目は花火が打ち上げられる時の音。 四番目は蚊が飛んでいる音と、その蚊を叩く音。

絵柄だけでも気に入っていたのだが、音が出たのには ニ コ リ。
四番目の 『 バ シ ッ 』 には笑ってしまいましたでえ。






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June 10, 2013

美味しいもの ( 病院にて )

入院生活を振り返りみれば、もう半年間も病院で過ごしてきたことになる。

昨年の今ごろ私は何をしていたのか気になって当ブログの6月の頃を見てみると、1月末に博多から韓国を巡って対馬に帰国した旅の紀行を書いていた。
それに季節感についても触れ、好物の果物についても書いたりしていた。

この時期気温が高くなり露地もののイチゴが終わり、サクランボが出回る頃となる。
今年は既に家内がアメリカン・チェリーを病室に持ってきてくれたが、水曜日 ( 6月5日 ) には山梨産のサクランボを持って来てくれた。
pict-20130607さくらんぼ-3
サクランボと言えば昨秋巡った山形県村山地方や置賜地方が有名な産地であるが、時期的にはもう少し先になるだろうか。
山梨県もいろんな果物の有名産地である。 
山梨県産サクランボは今回初めて口にしたが、果肉の色合い ・ 甘さ ・ 酸味 ・ 水気 ・ 食感 ( 歯応え )、それに大きさと、いずれも私の『美味しい基準』を超えるものであり満足であった。
佐藤錦が美味しいことは知っているが、私は、いわゆる有名品種やブランドといったものに拘らないのだ。
南陽やナポレオンなども好き。
つまり、品種と言うよりもサクランボそのものが好きなのだ。

サクランボは7月中旬頃までは確実に楽しめる。
pict-20130607さくらんぼ-2
今月中旬以降はブドウ ( デラウェア ) を楽しめるし、7月に入れば岡山のニューピオーネが出回るが、これが美味いのだ。
巨峰も好きだし・・・やはり品種やブランドは関係ないなあ。
好きなものは好きだし、美味しいものは美味しいと、何と素直なオジンではないか。

美味しいもののついでに本日の病院での昼食を紹介しよう。
pict-20130610昼食
写真の通り『豆ごはん』である。
年中手に入る『えんどう豆』ではあるが、新もの、露地ものと呼ばれる豆は4月から6月頃までが旬である。
pict-20130610昼食・豆ごはんさやを剥いて緑色の豆を取り出し、『豆ごはん』『えんどう豆の薄味煮』『薄味煮の豆の玉子とじ』・・・

母親がするのを真似て豆のさやを剥いたなあ。
さやを剥いた後の生臭かった指の臭いが蘇る。

懐かしい母親を思い出させる料理のひとつである。

入院生活をしている患者に対し、管理栄養士の季節感についての配慮であり、美味しく頂いた。
誠に有難いことである。

主菜は鮭の蒸し物で大根の千切り状の添え物が付いていた。
pict-20130610昼食、蒸し鮭と大根千切り鮭は大好きな魚なのだが、私が大好きなのは焼いた塩ジャケ。
このことは新潟県村上を訪れた時のブログに書いている。

病院給食の鮭を蒸すという調理法も悪くはないが、香ばしさという点では焼き魚に及ばない。 
それに焼くという調理法を用いた場合は鮭の皮も美味しく頂くのだが、蒸した場合の皮を食すのは昔っから苦手なのである。

大根の千切り状のものは薄いが出汁味でガリガリとした歯応えがあpict-20130610昼食・煮物って私には嬉しい料理であった。

副菜は写真の通りの煮物で、ナンキン、小さな厚アゲ・・・豆はご飯と共用だったのかな?
煮物は大概味付けがしっかりしていて美味しく頂いている。

病院食だから味付けは全体的に薄いが、私は出汁がきいていれば満足するので、あまりとやかく言うことはない。
強いて言えば蒸し鮭や豆ごはんに少量の塩を加えてもらえばと思う程度で、加えよとは言わない。

『豆ごはん』の豆の色合いをもっと鮮やかに出す方法はあるが、病院での給食は大量の炊飯と保温を行うのだから少々難しい注文となる。 だから言わない。
先に書いた通り、美味しく頂いたのである。

ただ、大量に素材を調理しなければならないために意図しない不都合が出てしまうこともある。
土曜日 ( 8日 ) に出された筋肉 ( すじにく ) と煮込まれた大根は鬆 ( す ) が入っていて食べられたものではなかった。
今日の『そうめん汁』・・・素麺にしては太かったが、長く汁に浸かっていたから太く柔らかくなったのか理由は分からない。 この麺が
1本ずつバラバラにならないで部分的に固まっていたため食感としては団子汁になっていた。
これは意図しない不都合だったと思うが、病院給食は美味しく頂いているので、そのことを紹介し、合わせて感謝の意を表しておきたい。 
 
ともあれ退院して家に帰れば今以上に食事面での楽しみが確実に増すこととなる。 ( だろう。 )
しかし、ようやく綺麗・きれい・キレイになった血液分析表や血圧など、キズや汚れが付かないようにせねばと思っている。 
自重・自重である。 自嘲するようなことにならないようにである。 ぶっはははは


masatukamoto at 17:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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