July 2013
July 31, 2013
夏の花 『 あさがお 』 に想う
夏と言えば・・・
うーーん、思いつくものはイッパイいっぱいある。
ブドウ、ハモ、タコ、イカ、キュウリ・・・・・、
食べもんばっかりやが、やっぱり好きなもんを思い浮かべるものである。
勿論冷えたビールやハイボールも夏場がウマイけど、近頃は夏に限ってというものが少なくなってきた。
つまり、『旬』という言葉が無くなり、季節感を感じるということが珍しくなってきたってことでもある。
しかし、まあ夏の花の代表として朝顔を挙げることは出来るであろう。
近頃は朝顔も西洋朝顔というのが栽培されているが、やっぱり朝顔の花は形と言い、色合いと言い、花全体が醸し出す嫋やか
( たおやか ) な上品さと言い日本のものが一番である。
写真の朝顔は日本の大輪種。
昨年までは我が家の 2 階ベランダまで広がる大きいネットを張って、朝顔とゴーヤを日除けの目的も兼ねて栽培していたのだが、今年は私が入院していたので家内が植木鉢で朝顔を仕立てたのだ。
今夏に入って既に何輪か咲いたが、家内が育てているのは写真のような青系大輪の朝顔で私好みの花である。
当ページの写真は今年の記録として家内に撮ってもらったものだ。
( 毎年、朝顔の種は採種&保存し、翌年播種する爲 )
野菜の中には『時無し大根』だとか『時無し人参』などというものがあるように、種まき時期や実成りの時季をずらせる品種改良や、ビニルハウスや温室を利用しての栽培、或いは冷温・冷凍倉庫の活用や輸入という手段で出荷時期 ( 季節 ) を思い通りにすると、作物が自然に実る元々の季節が科学技術等の進歩によって大きく変えてこられた。
朝顔は夏に花を咲かせる植物であるが、理論上も技術上も真冬に写真と同じ花を咲かせることは出来る。
しかし、年末やお正月に合わせて栽培した朝顔の花を私は未だ見たことが無い。
生花として売れるほど花そのものが長持ちしないし、鉢植えで販売しても買い手の方での維持管理が難しいのだろう。 細い茎のつる性植物だから針金などの補強芯を刺し込むことが必要かも。
つまり手間暇かけて栽培するだけの商品価値が無いというか、数量的にも商業ベースに乗せることが出来ないということなのだろう。
私はそれで良いと思っているのだ。
真冬にタケノコが採れたりイチゴが摘めたり・・・・・
こんな季節外れの突拍子も無い出来事は親孝行な子どもの現 ( うつつ ) の世界に限り、せいぜい寓話や民話など虚構世界でのお話に留めておいてもらいたいものだが、人間の飽くなき探求心や向学 ・ 向上心はそうした思いを許さないのだろう。
子どもの頃、母親に教えられて朝顔の押し花づくりをよくやった。
新聞紙の上に朝顔の花を置き、花びらの端まで丁寧に丁寧に広げ、新聞紙を重ねて重石を置く。
この新聞紙を毎日毎日丁寧に取り替えるのだった。
朝顔の花に含まれている水分を新聞紙で吸着し、色素を残して乾燥させる作業を続けるのである。
小学生 1 年 2 年の頃の夏休みの課題、今流に言えば自由研究にあたるのだろうか、先生から出された宿題では無かったから。
母親とは 17 年、実際に共に暮らしていた時間はもっと短いものであったろうが、私の生活の知恵や学力としての知恵、勿論生きる上での全ての力、『 知 ・ 徳 ・ 体 』 で表される現在の私の基礎となる事の全てはこの母親の教えと指導によるものだったと思っている。
立派な父親もいたから全てという表現は言い過ぎの感が強いが、私の人間形成という点では多大な影響を受けたことだけは私自身がハッキリと覚え知っている。
明治人の両親であったが、母親は今に言う教育ママであったかも。
July 29, 2013
強い家内にも・・・
別に家内が鬼であるなどと言うつもりはないし、事実家内が日常的に冷酷で無慈悲な人物であるなどということは太陽が消えて無くなりでもしない限り有り得ないことである。
鬼というものを強くて恐ろしいものだと規定するなら、それは私が家内に対して時に思い抱く畏敬の念を込めた怖れの感情であって、冷酷非情で危害を加えられるというような恐ろしさを言うものではなく、単に比喩として鬼という言葉を使ったに過ぎない。
私にとっては怖くも強くもある家内であるが、誰にでも弱点というものはあるもので、我が家内にも『弁慶の泣き所』のような急所があるのだ。
今の家に建て替えてから、どこからどのように侵入してくるのか分からないのだが小さなコウモリが幾度か家の中を飛び回る状況を目にしているのだ。
コウモリが飛び回るのを私が目にしたのは過去に 2 度あり、いずれも補虫網で捕獲して逃がしてやったのだが、それは 2 年ほど前と、あと一度は 3 年位前のことだったろうか。
家内が初めてコウモリが飛び回るのに出会ったのは私が旅行中の時だったようで、長男の部屋で何か音がするのに気付いて発見したらしいが、もう 10 何年か前のこととなる。
夏の夕刻、暑いものだから私は網戸にしていることが多いのだが、家内はコウモリが入り込んで来るからと直ぐにガラス戸を閉めてしまうのだ。
以前に 2 度、家の中に入って和室の壁に張り付いていたコウモリを発見した時の家内は、何事が起こったのかと私も驚き飛び上がるほどの大きさの声で、
「お父さん、大変。いる、いる。」
と。
そう叫んで、あとは私にオマカセとばかりにコウモリのいる場所からウンと離れた所へ逃げてしまうのであるが、それほどにコウモリが嫌いであり、家内のウィークポイントであると言えるのだ。
勿論、かく言う私もコウモリが好きだというのではなく、どちらかと言えば嫌いと言える。
写真の通り子犬に似た可愛い顔をしており、翼を広げない状態だと体も小さいのだ。
私が小さかった頃、近所の兄ちゃんたちが夕闇の町中を飛び交うコウモリを捕まえるのだと、細いひも、確かタコ糸のようなものだったと記憶しているのだが、その両端に小石を結え円運動をさせるように空中に放り投げるのである。
つまり小石の慣性を利用した遠心力の働きで回転するときに発する音でコウモリを呼び寄せ、寄って来たコウモリを回転する細い糸で絡め捕ろうというものであったのだ。
こうして捕まえたコウモリを 2 羽 ( 匹 ) 見た記憶があるが、我が家に入り込んでくるコウモリよりも大きかったように思うし、あまり好めるような生き物には思えなかった。
写真は我が家に入り込んでいたコウモリにスケールを貼り付け合成させたものだが、翼を閉じたら 5 cm程度の大きさである。
アブラコウモリとかイエコウモリという小型の昆虫など小さい虫を食べる大人しい奴らしいが、やはりコウモリと言うのは好める生物ではない。
黒いマントで暗闇を飛び回り、暗い洞穴に生息していたり、奇妙な鳴き声や牙のような歯を持ち、吸血コウモリといったイメージなどが先行する知識として脳に蓄積されているので簡単に悪いイメージを払拭することは出来ない。
子どもの頃に『バット・マン』だったか『黄金バット』だったか、映画か漫画かを見たような記憶はあるが、今もハッキリ残るほどのものではないからコウモリに対する興味も然程ではなかったのだろう。
高校生の時だったが、寮の大学生がゴールデン・バットという煙草を吸っていて、「 辛くて美味しくない 」 と語っていたが、この言葉もコウモリの評価を落とす遠因のひとつになっているように思う。 確かひと箱 30 円だったと・・・ ちょっと変わったフィルター付きの
朝日、光、いこい、しんせい、刻み煙草の桔梗だったか。 ピースが 50 円だったかなあ。 時々買いに走らされたけど、高いピースを買いに行ったことは無かったような。
ぶっはははは、昔々のことまで思い出してしまった。
今回のコウモリであるが、27 日 ( 土曜日 ) の夕刻、1 階和室の壁にへばり付いていたのを家内が発見し、大声を上げたのは以前と同じ。
ただ、今回は私の足が不自由なため、私の指示通りに家内が網を用いて捕えたのだが、コウモリは眠っているのではなく、既に死んでいた。 終わりに付け加えておく。
嫌いであっても怖くっても、『 いざ 』、となれば何でも出来るものである。 ぶっはははは
July 28, 2013
不足 ・ 不満があれど・・・
しかし、そのことに対する不満を文句を言えようはずもない、相手が家内と言えど言えまい、言うまいとまで書いた。
私の歩行機能回復と健康を考慮しての家内の料理であるばかりか、とりわけ退院して以後私の生活の全てが家内の世話になっているのである。
しかし、しかしである。 卑しいという言葉はスカンし、卑しき行動をとることは更にスカンと思う私だが、もう少し欲しいと思う気持ちを捨て切っているわけではない。
卑しき思いのひとつを挙げてみよう。
上のフルーツ ( ブドウ ・ デラウェア ) は 7 月 26 日の朝食に出たもので、ブログ表題『近頃・・・( 3 ) 』で紹介したものである。
それが 27 日の朝食には下の写真の通り同じ ブドウ ( デラウェア ) が出たのだが、どちらも 1 房には違いない。
しかしながら見た目に明らかなように大きさが違うのである。
ぶっはははは
卑しい ? みみっちい ? こまかい ? セコイ ?
何とでも言えば良いし思えば良い。
実はご飯が 1 膳しか出ないので家内に何故なのかを問うたことがあった。
すると、150 g を計量してあるのだと。
ならば、150 g の根拠は ? と尋ねると、病院でのご飯の量なのだと。
つまり、 1 日に1500 キロカロリーの食事というわけだ。
「ううっ。 俺は退院したんやでえ。」 と、怒鳴りたいところだが、
「 以前の体重に戻ってほしくないから 」 と言われて私はシュンシュンシュンのシュン太郎。 まさに青菜に塩の如しデアル。
実際に大した運動をしてるわけでもないのだから仕方がないと、『やはり不足は言うまい』と思いつつもアキラメに似た気持ちのヤセガマンと言ったところで燻っているのが私の今の正直な気持ちであると言えそうだ。
それほど強いツヨイ家内 ( 私にとって ) なのだが、時に柔らかくも甘くもなってくれるのだ。
7 月 26 日の夕食を写真に撮ってみた。
この日の夜のご飯は私の大好物であるバッテラ ( 真ん中の重箱 )。 私がリハビリのために施設へ行っている間に買い物をしてきたようである。
左の重箱には冷奴と煮物が三品 ( たけのこ・いわし・なんきん )。
上の重箱には、チーズが添えた蕗の煮付け、そら豆の塩ゆで、オクラと納豆の和え物ミョウガ添え、花菊の酢漬け。
右下の皿には筒菜の炒め物に上等な牛肉が 1 枚。 ステーキとは言えないがスライスしたとも言えないような微妙な分厚さの肉片が焼かれたものであった。
しかし、久し振りの牛肉であったし、私好みの塩コショウ味だったこともあって満足、満足。
牛肉片で隠れているが、日本での筒菜 ( つつな ) というのは中国名では空芯菜、タイではパクブンと言うが、茎の芯の部分が筒のように空洞になっているところから名づけられた植物で、少しぬめり感があるが、炒めると美味しい菜っ葉である。 タイでは湿地の近くや田舎の道端などで背丈は低いが極々普通の植物として見ることが出来た。
そうそう、右上の緑濃いのは広島菜の漬物。
基本的には秋から冬に収穫されるものだが、菜っ葉が大好きな私は夏でも仕入れて食べる。
宣伝するつもりはないが、広島 ・ 山豊の『安芸菜』が私の好みでコレがウマイのである。
ついでに昨夜のご飯も紹介しておこう。
ご飯は写真の通り、150 g あるのかどうか分からないが軽ーーく
軽ーーく、 1 膳だけ。
左上はトマト半個と赤大根おろし。 右上には頂き物の金目鯛の
味噌漬け。
真ん中左のお皿はピーマンとエリンギと少量の豚肉を炒めたもの。
その右側は赤大根の葉っぱを湯がいたもの。
大根菜を少量の塩とともに湯がいたものは私の大好物であって、炊き立てのご飯と混ぜ合わせただけの『大根菜飯』は私にとって大変なご馳走である。
最近は大根の鮮度を守るという理由から葉っぱを切り落とした大根を売っている店が多いようだが、私に言わせれば何というモッタイナイことをするのかと情けなく思える現象のひとつなのだ。
手前の小鉢は納豆とオクラの和え物。 椀は味噌汁で大好物の
ナメコ入り。
右手には小梅の漬物、これはスーパーで買ったもの。
椀の右側は今年の新生姜の煮物 ( 醤油味 ) で家内の作品。 その右手、色は悪いが生姜の梅酢漬けで 3 年前に漬けた私の作品。 右上の端に少し見えるのも私の作品で鷹の爪入りの新生姜の酢漬け。 ついこの間漬け込んだものだが絶妙な味わいである。
私の作品とは言いながら、実質的な作業は全て家内がしてくれたのだが・・・・・
と、まあこれだけ料理が並べばチョット一杯。
家内の力作とお酒の相乗効果で、料理も酒も 2 倍にも 3 倍にも美味しくなろうもんが、うーーむ。
嬉しい来客と有難い申し出
家内の姉夫婦と姪が来てくれるというので午後はリビングと和室のエアコンを動かしていた。
久し振りのエアコンで私には少々冷え過ぎの感もあったのだが、先ず先ず気持ち良く過ごすことが出来た。
エアコン云々よりも何よりも姉夫婦が元気な顔を見せてくれたことが嬉しかった。
それと姪に会うのも 1 年ぶりになるだろうか、我が家の墓参りの際に姉夫婦のお宅を訪問したのは昨年だったから・・・
この姪からも励ましの言葉を沢山たくさん頂いた。
全てが良くない情けない状態だと、私。
すると、姪が言った。
「いいじゃないですか、おじさん。」
「うん ? 」
「今を最低、ゼロの出発点と思えば、どんなことでも全て前向きのプラスになるじゃないですか。 頑張れ !」
「うーーん・・・」
お墓参りと言えば、今日 ( 28 日 ) 車を用意するから行きませんかと Y 君から声がけを頂いていた。
入院期間が長引き、退院したと言っても足が自由に動くわけではない。 このような身体状況で車を運転するなど危ないと言う前にとてもとても出来ないことである。
そんな状況を踏まえて、以前 Y 君に墓参りしたいと語ったことがあったのかもしれない。
Y 君の長女が病気を抱えているため、彼女を移送するために福祉カーを購入したらしいのだ。
この福祉カーなら歩行に 2 本の杖を必要とする私でも乗り降りしやすいだろうし、 28 日の日曜日は予定を空けているので好みの時間を言ってもらえば構わないとまで申し出てくれたのだ。
こんな有難い言葉を頂いて何と言えば良いのか・・・将に感無量である。
今日は某音大の先生によるリコーダの個人レッスンがあるので家内が午後から出かけることになっている。
有難い Y 君の声がけであったが、今回は残念。
今朝 ( 28 日 ) も綺麗な日の出にはならなかった。
午前 5 時 58 分。
随分高くなった太陽が、やっとぼんやり薄曇りの中で顔を出したのだが、写真の通り輪郭はボヤケまくっている。
しかし、今日も暑くなるのかなあ・・・・・
July 27, 2013
昨日のこと ( 『近頃』の ・ おまけ )
ひとつは通所リハビリについてであるが、迎えに来てくれる自動車でリハビリ施設へ出向いて理学療法士による機能回復のための指導を週に 2 回受けていることを書いた。
丁度昨日は通所リハビリの日であり、チーフの K 介護福祉士が迎えに来てくれた。
我が家の門前に自動車を止め、降ろした車椅子を玄関内まで運び入れて私を乗せ、そして車椅子ごと自動車に乗せてリハビリ施設まで運んでくれるのである。
このリハビリ施設は介護老人保健施設だが地域包括支援センターとしても機能しており、訪問介護・在宅支援のほか、フィットネス器具を設置して介護予防事業も行っている。
私の場合、火曜日と金曜日に K 理学療法士によるリハビリ指導を受け、金曜日の 1 単位 ( 20 分 ) だけ K 介護福祉士の世話のもと、フィットネス器具を用いて筋力増強や体力増進の運動
( Physical fitness ) をさせてもらっている。
しかしながら足が、歩行が、不自由であるという状況は、どうしても運動不足になってしまうものだ。
フィットネス器具を使わせてもらっていると言っても週に 20 分のことである。 通所リハビリに訪問リハビリを合わせても 1 週間にせいぜい 4 時間が与えられた運動時間である。
1 週間あたりで考えれば、誰であっても多分 100 時間は起きているだろうから 100 時間のうちの 4 時間だけが運動時間となる。
そこで自主的トレーニングが重要となり、実際私も我が家で頑張ってはいるのである。
しかしながら機能の回復というのは効果が直ぐに見えるわけではない。 そのため励みとなるものが無いのと同じであり、これは私でも少し辛く感じる部分である。
私でも、なーんて言えるほどの頑張り屋でもないので偉そうには言えないのだが・・・・・