February 2015

February 22, 2015

山あり谷あり

20日(金)、我が家へ来てくれた若い H PT が、「山あり谷ありですから・・・」と慰めてくれた。

前日の木曜日の朝、ベッドから足を下ろして姿勢を整え、歩きかけて二歩目だった。
s-2015-02-22_135111左足に体重を移動した瞬間、膝に強烈な痛みと膝が抜ける感覚を覚えたのだ。
この時、右足への重心移動と両手の杖で体を支えるという動作が全く同時に行い得たので転倒することもなく二次的事故を起こさずに済んだ。

しかし、かなり歩行機能の回復が進んでいたのに、痛みのため左足(膝)を伸ばして立つことが出来なくなってしまった。
移動せざるを得ない場合は右足と両手の杖の 3点で支えるという何とも情けない状態となり、19日は S PT がリハビリに来てくれたが歩行訓練は出来なかった。s-2015-02-22_134930

左膝に力を加えると痛む症状は翌20日には更に強いものとなり、膝は熱を持ち、わずかながら膝頭の辺りが脹れていた。
そのため私の気分も最低の低状態で、勿論 H PT との歩行訓練も無し。
症状を聞き様子を見た H PT は、若干だが膝に水が溜まっているようだと推察し、痛みなどが治まらなかったら病院で診察を受けるよう勧めてくれた。

受診だけでも面倒だし、治療となれば膝の水を抜くことに・・・・・
これは痛いのだと50年も昔に聞いた記憶がよみがえる。
s-2015-02-22_135814いよいよアカンと、気分はブルーどころか灰色から真っ黒に。

「 山あり谷ありですよ。」

若いのに褒め上手な H PT だ。

21日(土)は通所リハビリを欠席し、極力安静を保つよう努めた。
その効果が出たのか本日22日(日)は膝の熱が下がり、立っても痛みを感じなくなり、見かけ上の脹れも引いているようである。
左膝を保護しようという意識が強すぎるのか実際に動きにくいのかは分からないが、歩こうとするもスムースに左足が前に出ない。 s-2015-02-22_135643
しかし、谷底にいるのではないようだ。
リハビリによる回復のベクトルは上向きと以前に書いたことがある。
何事も上げ潮状態なら良いのだが、上りきれば後は落ちるのみ。
将に Ups & Downs である。
何事も『ぼちぼち』がええのかも。

今日は私のお留守番の日だ。
膝の湿布を貼り替えてサポーターを付け、昼食&おやつに湯沸しポットの用意などなど、動きにくい私でも留守番が出来るよう準備万端整えて家内は出かけて行った。

稲穂同様我がおつむも。
土手では土筆が伸びてきたと聞く。(写真は借り物)



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February 16, 2015

V-Day

V-Day という言い方があるのかどうか知らない。
第二次世界大戦におけるノルマンディー上陸作戦日がD-Day と呼ばれたり、何か特定の日をX-Day と言ったりしているので(St.)Valentine's Day をV-Day と書いてみたのだが・・・・・s-2015-02-15_175600

昨年のV-Day には我が家あたりで
10cmを超える積雪があった。 
今年は前日(13日)午後に吹雪き、一時は一面真っ白になったものの夕刻には融けてしまっていた。
V-Day というのは今や日本で特定の意味ある日として定着している。
元々はキリスト教における聖人の日のようだが、日本ではキリスト者であろうがなかろうがクリスマスもヴァレンタインも、最近ではハローウィンまでも取り込んでいるようだ。
何でも取り入れ、輸入なのか吸収なのか融和なのか結合なのか、何やらようワカランとしか言いようがない。 

そのV-Day だが、しっかりしている家内でも乗せられるほどチョコレート商戦が行事として定着しており私も恩恵に浴することとなった。
若かった頃はV-Day を前に倉庫を一棟借りなければならなかったのだが・・・・・
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ぶっははははは。
冗句、戯言と断ることもなかろう。
今年のV-Day は家内にもらったチョコのみだが私の好みのものだ。
s-2015-02-15_175151このチョコを購入するのはV-Day に限らないのだが、V-Day に頂くものは何やら特別なモノのように感じるのは私自身チョコレート商戦に乗せられていることの証左かも。

写真の匂い香しく清楚な水仙の花は、F氏の庭先に咲いたものを
夫人が持ってきてくれたのだ。
写真に留めることで謝意を表したい。

この日(15日・日曜)、家内は女友達らと昼食会があると出かけていた。s-2015-02-15_174448
私が出かけるのはリハビリ施設や病院へ行く時と歩行訓練のため自宅付近を歩く時だけ。 食事や買い物に出かけるなんてことはないので、家内が出かける時には何かお土産をと頼んでおくのだ。

家内がレッスンのために大阪市内へ出かけた場合、デパ地下で本マグロのお造りを買ってきてくれることが多い。
先ずマグロの刺身は私の大好物で、しかもデパ地下の刺身はハズレが殆ど無いということだ。 それと今ひとつは帰宅する時刻が夕食前になるので食事準備の手間が省けるという理由もある。(と、コレハ私の想像だが)
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が、昨日はカニ料理だったらしくてお土産はカニ寿司(にぎり)であった。
特別にカニが好きというわけではないが、お土産というだけでとっても嬉しいのだ。 まるで子どもみたいと笑わs-2015-01-21_212110れるかもしれない。 しかし、自分で買いにも食べにも行けない私にとっては子どもと同じだとも言えるし、お寿司大好き人間の私なのだ。 嬉しくて大喜びするのは当然なのだ。

そして美味し料理には美味い酒。
ブルーボトルは日本酒の『福寿』。
この酒は冷酒で飲むを最良とす。
まろやかでフルーティー、上品な味わいである。
下戸に近い家内でも 「美味しいね。」と言うほどだ。
私には少々頼りない感じがするのだが。

昨年、スウェーデンのストックホルムで開催されたノーベル賞の晩餐会で供された酒である。s-2015012010150000
ノーベル賞に晩餐会など何の関わりも無いが、まあせめて世界に認められた優秀な方たちと同じ酒を口にしているという同列感?を味わったということに。

ノーベル賞の晩餐会に供された酒という点では、ポルトガルのセトゥーバルに住まう画家・武本比登志氏のアトリエを訪れた折に飲ませてもらったアランブレ・モスカテル・デ・セトゥーバルというワインもあった。
武本比登志 氏のポルトガルのアトリエを訪ねる【1】

今日、月曜はリハビリが休みで自主訓練の日である。
そうそう今朝はどうしたことか、家内が 「 あん食がないので・・・」と言ったのだ。
我が家の冷凍専用庫には1.5斤のアン入り食パンが未だ幾つも眠っているはず。 通常は1.5斤ずつ前日までに解凍しs-2015-02-16_101427て切り分けておくのだ。 
しかし昨日は昼食会があったため出来ていなかったのだ。
そこで止むを得ず昨日友人から頂いたというデニッシュが食膳に載った。
バターや砂糖が多すぎるからと、やっとアン入り食パンまではと許認した家内がカロリーの高いデニッシュを出すなど今日の天気は大荒れかと思いきや、ぶっはははは、上天気である。

何年ぶりかのデニッシュだが、練り込まれたバターや砂糖によるパン自体の脂っこさや甘さに加え、パン表面に塗られた白い砂糖や木の実はお菓子そのものであった。
朝食としてはイマイチの代物だったがアフタヌーンティーには良いかも。
出してはくれないだろうけど・・・


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February 15, 2015

客いろいろ

ひと言で『客』と言ってもいろいろで、必ずしも人間を指すとは限らない。
客が人間の場合、来る者拒まずが我が家の基本姿勢である。s-Debussy-Images 1 and 2
しかし拒みたい客がいないわけではない。 新聞など商品の売り込みや宗教入信の誘いなどで来る人たちだが、彼らを果たして『客』と言えるかどうか・・・・・
ゲスト(guest)にも招く(invite)客から招かざる(unbidden)客まで幅があるものだ。

※ 写真は近頃聴いているドビッシーのCDジャケットと、頂き物のお酒いろいろ。

人間以外の客もいる。
s-2015021416040000猫、カラス、ヒヨドリ、メジロ等も客である。
しかし、これらの客にも図々しく図太いヤツから何ともカワユイ奴までいろいろ。

先ず、抜き足差し足忍び足で侵入してきてプランターを便器とする猫。
コヤツ、私を発見するや警戒の目で暫く私の様子を窺いはするが、私が動かないでいると堂々とプランターまで移動して座り込む。
パンと手を叩くとキッと顔を向けて私を睨むが、ただそれだけ。
私が更に手を打ちウワッと声を上げると、漸く 「 ウルサイなあ 」 と言わんばかりに腰を上げ、ノソリノソリと退散していくのだ。s-Debussy-La MER

こんな猫に負けてないのが、ズブトイズブトイ、ハシブトガラスだ。
コヤツが我が家に侵入することは稀だが、生ゴミ収集日には必ず門前に下りてくる。
コヤツは人が2メートルくらいに近付くまで振り向きもしない。
2 mの距離となり、やっと 「 なんか用か? 」 と首を傾げ見上げてくるのだ。
しかし、それだけのこと。 動じる様子など全くない。
更に一歩近付くと、近付いた距離分だけドスンと跳び退く。
s-2015021018010000こちらがイラつくほどの図太さである。
この後、1、2度同じことを繰り返し、やっと、やっとのこと、「 エエ加減にせえや。」 って黒羽を重そうに羽ばたかせて電線に飛び上がる。
そして、人がいなくなるのを見下ろしながら、飛び降りる機会を待ち構えているのだ。 

その点ヒヨドリはフンをしまくり困った奴だが、人が近付く気配だけで飛んで行ってしまうので未だ可愛げがある。
家内が縁側のガラス戸越しに吊るし柿をついばむヒヨドリを見た途端、
「 しっつれいしました。」
とばかりヒヨドリはバタバタ飛んで逃げるのだと家内が話していた。
エサをつついていたところを慌てふためき飛び去るヒヨドリの狼狽ぶりが目に浮かぶ。 きっと怖がりで臆病な奴なのだろう。s-2015012918260000

頻繁に来訪するメジロは体が小さくてカワユイ奴だ。
吊るし柿を啄むだけでなく鉢植えのポリアンサやジュリアンの花や葉を食べ荒らすメジロだが、彼らのカワユイしぐさに家内の気持ちも和むらしい。
エサを啄むメジロは私たちに見つめられていてもヒヨドリのように大慌てで逃げて行くこともなく、
「 ご馳走になっています。チッチッチッ 」
と、確かに可愛く感じるのだ。

彼らが啄んだ干し柿は全て彼らに与えてしまった。
お前たちのために柿を吊るしていたのではないと言ってやりたいところだが、厳冬期で彼らにとってエサの少ない時期だ。
しかし被害に遭わなかった干し柿も沢山あるわけでもない。 仕方ないので家内に果物を買ってきてもらうことにした。

客もいろいろってことだ。


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February 11, 2015

商 戦・・・

チョコ・チョコ・チョコ・チョコ・・・・・
巷ではバレンタイン商戦の追い込みらしい。s-2015-02-11_112618
と同時に雛祭り商戦が進行中、併せて卒業・謝恩・入学準備商戦も始まっている。
節分商戦が終わったのは、つい先日のことだった。
そう言えば昨年の夏には歳暮商戦&年賀状予約が始まっていたことも思い出す。
〇〇商戦☓☓商戦と次々続き、その回転の早さは只々感心驚愕するばかりだ。

この『しょうせん』は、ローマ字でSYŌ-SEN、
SYOU-SEN、或いはSHOU-SENといった表記でも通じる。

日本語のローマ字表記については小学 4年の頃、父親から初めて教えてもらったのメジロ-Dだった。 
その後、6年生だったか、ローマ字表記には訓令式とヘボン式があることを教わったが、先生の指導はヘボン式で行われた。
以来ローマ字とは長ーい長ーい付き合いをしてきた。

ローマ字を教えてくれた父親は現在のJRを省線と呼んでいた。 省線とは戦前の鉄道省の鉄道のことであり、戦後、日本国有鉄道(国鉄)となり、現在は分割民営化によってJR西日本やJR東海などの企業となっている。
s-2015-02-11_112346私が国鉄や国電と呼ぶようになったのは小学校の5年か6年の頃からで、それまでは私も省線と呼んでいた。
この省線もローマ字表記では商戦と同じである。

今は合併して社名が変わっているが、私が中学生の頃は大阪商船という船会社があった。
クラスメートの父親が大阪商船のエライさんで船の進水式に招いてくれたのだが、学校行事の関係で私も友人も式典に行くことが出来なかった。 
そのために後日、会社所有の貨客船に招待され、船橋の操舵室から機関メジロ-B室、その他船内各所の見学をさせてもらったことも思い出すが、この商船もローマ字表記では同じである。

商戦も省線も商船も同音異義語でローマ字表記では同じなのだ。
線SENも船SENも良いが、戦SENは・・・・・うーーむ
商戦のSENなら良いが、戦SENというのは『大(戦)』は勿論のこと『小(戦)』でさえもイランのだ。メジロ-A

孫武は兵法書『孫子』の謀攻篇において『是故百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也』と記している。
『これ故に百戦百勝が善の善なる者に非ざるなり。戦わず而して人の兵を屈するは、善の善なる者なり』。
有名な『戦わずして勝つ』という言葉の原文(原典)である。

理不尽なことがまかり通るという悲しい報せに心が痛む。
憎しみの連鎖とならぬよう願うものの許せぬ気持ちを消し去ることの出来ないジレンマに悩む。
メジロ-C
エサをついばみに来るメジロたちの仕草を眺めるのどかな
ひと時。
平和ゆえに感じられる幸せと感謝。


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February 04, 2015

節分の夜

節分の朝のことを書いて後、施設から迎えの車でリハビリを受けに行ってきた。
担当の K 理学療法士が訓練後に、かなり良くなってきていると各筋肉の動きを説明しつつ講評してくれた。
恵方札とてもよく分かる説明であったし、何より自分自身が安定歩行へ更に前進していると感じていたことを裏付ける内容だったので、送り届けてもらう車の中でも自宅へ帰ってからも気分は上々ウキウキしていた。

節分の日の朝、イワシ(生姜煮)も、
数え年以上の豆(小豆だが)も既に食べたと書いた。

夕食時、今年の恵方に向かって巻寿司の丸かぶりをするかどうか、それと豆まきをするかどうかについて分からないと書いておいた。
巻寿司-1
結局、豆まきはしなかったが、寿司屋の大将 I 氏が巻寿司を届けて下さったので家内と揃って西南西の方角を向いて、ガブリ。

恵方にしろ丸かぶりにしろ、お寿司大好きな私にはドーデモええことで、兎にも角にもお寿司を食べることが出来たということが幸せなことであった。
リハビリによる回復具合と言い、大好物のお寿司を頂けたことと言い、豆まきなどせずとも、もう十分に福を頂いている。鮭粕汁-1

ついでだから夕食についてもう少し。
吸い物は粕汁。
大根、人参、豆腐にシメジが入り、冷凍してあった塩鮭のアラ。
酒粕は頂き物で何処の酒造会社のものかは分からないが、具材たっぷりで美味しく出来ていた。

冷凍と言えばイワシも冷凍庫で眠っていた物の塩焼きだったが結構美味かった。
イワシ塩焼き-1
この夜、今ひとつ冷凍してあった物が。
関西のテレビCMで、「ある時~、ない時~」のセリフで有名な難波・蓬莱『551の焼売』だ。
これも好物であり、なかなか美味いのだ。
551の焼売-1蒸籠が無くとも今は電子レンジがあるから蓬莱の店で食べるのも自宅で食べるのも変わらない。

元気な頃なら焼売
 2個では済まなかったのだが・・・・・

充分に運動出来ないこともあってカロリー制限中である。
巻寿司も、ひとかぶりプラスちょっと。
残念ながら明くる日に持越しとなったが、巻寿司は蒸し寿司ででも美味しいから、まあええか。
しかし、寿司屋の大将 I 氏は私の大好物であるバッテラも持ってきてくれている。
バッテラは蒸し寿司というわけにはいかないので、家内に・・・・・
ぶっはははは
揉み手擦り手をすることもなく、ヤッター。


masatukamoto at 14:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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