August 2015

August 11, 2015

発想の連鎖

嘘をつくたび鼻が伸びていくピノキオのお話を知らない人はいないだろう。
イタリアでお土産に買ったピノキオの人形の鼻は長くはなかったから、きっと悪いことをする前のピノキオなのだろう。
先だってズンズン伸びる安倍首相の鼻を捧げ持っているのが公明党のように見えると書いた。s-sim[1]
お山の大将僕一人。
『行け・行け。突撃!』
自民党の連中に担がせた小っちゃな山の御輿のテッペンでふんぞり返っている首相。
「法理上の話ではなくて政策上あり得ないと言っている。」「総理大臣として、あり得ないと言っている。」

ふーーん、総理大臣が無いと言えば無い・・・・・らしい。

安保関連法案は日本を戦争が出来る国に変えようとするためのもの。
総理大臣が無いと言えば無い・・・・・か???

磯崎・首相補佐官は、安保関連法案〔の合憲性〕について
法的安定性は関係無いと語っs-2015-08-11_114722たのだとか。
法律など解釈を含めてコロコロ変えて良いのだと言わんばかりにホザク者を直轄の部下にし、その部下を辞めさせもせず大事に囲っている安倍首相は所詮同じ穴の大ムジナと言うべきか。

牛の舌。 牛タン。牛タンの塩焼きもタン・シチュウも好きだけど長いこと食べていない。
嘘をつくとピノキオの場合は鼻が伸びた。
私は子どもの頃に嘘をつくと閻魔さまに舌を抜かれると教わった。
タン(tongue)を供している牛たちは嘘つきなのだろうか。ぶっはははは

人間の中には巧みに嘘をつく輩がおり、そうした連中を二枚舌と呼ぶ。
s-二枚舌-1英語でもダブル・タン(double tongue)と言ったり、フォークド・タン(forked
tongue)と言ったりするそうだ。
未だそうした表現を実際に聞いたことが無いので『そうだ』と伝聞表現にした。
ちなみにフォークドと言うのは叉状(また状)になっていることを言い、食卓のナイフ&フォーク(fork)のフォークとは親子関係の単語だ。

フォークド・タンと言えば蛇の舌先は二つに割れた叉状であった。
タイ各地のヒンドゥー寺院遺跡を訪れた折、いずれの遺跡でもナーガ、つまs-2015-08-11_132317りアナンタという石造の蛇の守り神があった。
赤い舌をイタズラ描きしてみたが、ナーガは神様だから嘘はつかないだろう。

しかし安倍首相をはじめ彼の内閣の各大臣の国会答弁、それに自民党各連中の言葉を聞いていて、嘘とは言わないまでも誤魔化しているのではと私はビンビン感じるのだ。
1177年、平清盛が藤原成親を捕えるという鹿ケ谷の陰謀事件が起きた。
後白河院の命によって延暦寺攻めのため鎧兜に身を固めた軍勢を従えた清盛を諌めるため、嫡男・平重盛が烏帽子・直垂という平服姿で父の前にまかり出た時の様子が思い浮かぶ。
私が描くのは、鎧を身に着けた清盛が鎧姿を隠すため大急ぎで墨染めの衣を羽織ったために胸元からチラチラ緋縅の鎧が覗き見えている情景だ。

戦争を出来る国にしようという思惑が単衣の墨染めではチラチラ見えてバレてしまうものだから、二重にも三重にも墨染めを重ね着ているのが今の安倍自民党のように思えるのだが・・・・・


masatukamoto at 20:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

いや・嫌・イヤ

家内が夏風邪による体調の異常を感じたのが7月24日であった。
それが何とか回復したかと思えるような気分に戻ったのが8月8日(土)の朝だから実に2週間以上正体の見えなs-DSCF6197いウィルスと喧嘩していたのである。
老化というのは病気に対する抵抗力の低下や体力の衰えなどによって回復力をも鈍らせるようだ。そして、こうした状況が更に気力をも萎えさせることにつながっているのだろう。

ああー、嫌だイヤだ。

私の回復への歩みは一時停止の上、後退。 再出発のスタートラインが随分後ろへ下s-DSCF6240がってしまったが、まだスタート出来ていない。
ラインには立ってみるのだが、右足から左足に重心を移していくと強烈な痛みが、或いはその痛みに至る0.0001秒くらい前の感覚が脳天を衝くのだ。
この痛みに耐えて立っていることは出来ない為に倒れてしまうのが一番楽なのだが、今は上手に倒れることも出来ないし、倒れたら立ち上がることも出来ない今は両手の杖と右足で支え切らねばならないのだ。

激痛から瞬間的に逃げることは出来るが、同時に激痛に遭遇しないため事前に回避しようとする恐怖心が強く、回復のための歩行訓練のスタートを切れないでいるというのs-DSCF6229が今日
11日時点の私の現況である。
家内は本日までの2週間で
体重が2kg減ってしまった。
未だ疲労感を抱えているようで休養を第一として回復に努めている。

年を取るのも病気になるのもイヤ・嫌・いや。




masatukamoto at 15:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 08, 2015

今日は立秋

今日は暦の上で、つまり二十四節気の『立秋』にあたる。
今年の『立冬』が11月8日だから、本日より秋が始まって
11月8日までが暦上での秋だということになる。
しかし秋とは名ばかりで暑い日が続く。
合成完
立秋《135度》の日の出の位置(於・私の指定席)
薄っすらと雲がかかるものの今日も陽射しがきつくなりそうだ。
暦上では残暑見舞いということになるが、体感的にはまだまだ暑中見舞いが正当のような。
何はともあれ皆さん方、十分お体ご自愛のほどを。


masatukamoto at 07:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 06, 2015

鎮 魂

今日は8月6日、『広島原爆忌』。
3日後の8月9日は『長崎原爆忌』。
そして8月15日が70年目の『終戦記念日』。
非道無謀な戦争で犠牲となった全ての人々に哀悼の意を捧げる。
s-2015-08-06_162649
広島平和記念式典での広島市長の平和宣言を聴いた。
中高生の作文なら『優』の評価をあげたいが、市長宣言としてはイマイチ物足りなさを感じたので、まあ辛うじて『可』と。
安倍首相の挨拶も聞いたが、核兵器廃絶決議案を国連に提出するのだとか。
憲法解釈を捻じ曲げてでも戦争の出来る国にする安保法制定に血道を上げる首相の姿勢とは相反するものを私は感じていたのだが・・・・・


masatukamoto at 18:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 05, 2015

宝 物

大切にするあまり飾るばかりで使わない茶碗。
うーーん、その気持ち、分からぬではない。
惚れて好きで愛おしくて仕入れた茶碗なら、常に手元において眺め触れていたいであろう。
s-2015-08-05_214256
【右の茶碗も、いかにも信楽といったもの】

だが、所詮茶碗は茶碗。
茶を点て、そのひと時の味わい最大限に広げ楽しませてくれる道具でしかない。
欠けることだって割れることだってあるのだ。

我が家内、何度割ってくれたことか。
その都度、またか・・・・・
幾たび残念な思いをしたことか。

第△△代◯☓・作。人間国宝、〇〇県重要文化財・☐☐などという肩書だけで何万円、何十万円の茶碗。
s-2015-08-05_214635【左はその類いの黒楽】

陶芸家も道楽では生活が出来ない。
美術・骨董商も作品を商品とする以上、その価値の目安を金額で示さねばならない。
そんな理屈も分かっているし、私が気に入ったものを手に入れるために評価上の金額で手に入れてきたものもある。
ただ、そんな仕組みを私は好かんと書いたことがある。
作品の良さは肩書や作家名で自動的に決められるものではない。
確かに肩書を与えられた作家の作品はそれなりに優れた風合いを表しているものが多いことは認められるが、全てでは無いということだ。
ひ(し)つこいようだが、作品の良さを評定する根元は個々人の感性によるということだ。

私にとっては国宝に比肩、いや、それ以上に価値ある茶碗を紹介しよう。
s-2015-08-03_090520
世界に、たったひとつだけの楽茶碗である。
土ひねりに関して全くド素人である愚息唯一の作品であり、愚息の手によってはもう二度と造り出されることはなs-2015-08-05_214018いのだ。
それ故、私にとっても家内にとっても大切で最愛の茶碗なのだ。
だから割れないように、と言って飾っているばかりではない。
時々は茶を点て、手触りを楽しみつつ、一服の時を過ごしている。

この茶碗、国宝どころか世界遺産、否それ以上のものなのだ。

私と家内にとってのことだが。




masatukamoto at 22:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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