May 2016
May 29, 2016
『しゅん』〔Ⅱ〕
今の時期の『旬』の物として実山椒も挙げられる。
我が家の山椒の木は新緑の若葉を広げているが、生産農家からは実山椒の出荷が行われ、写真の実山椒は今月22日に買い入れた物だ。
山椒の実の収穫から出荷は将に
一時期に限られた短期集中の仕事なのだ。
『旬』というのは旬間(じゅんかん)とも使用されるように10日間という意味合いもあるが、実際に
山椒の実が市場に並ぶのは10日間かと言えばそんなことはない。
日本の国土は南北に長く土地の高低差もあるし、多くは露地栽培だから10日間と限りはしないが今の時期が最盛期、つまり山椒の実の『旬』は今だと言える。
この仕入れた山椒の実だけを残すように茎を取る作業をするのだが、これが肩の凝る作業なのだ。
今回の作業で家内は手指の付け根を腫らして3日ばかり演奏練習を休んでいた。
私の興味から家内に手伝ってもらっていることのひとつだが、二人で作業しつつ会話を楽しむというノンビリゆったりした時間になっている。
しかしながら日暮らしこの作業を続けることも出来ず、毎日少しずつの時間を作業に充ててきたのだ。
実の量としては大鉢一杯程度。
これを湯がいてアク抜きの後に冷凍保存。
その後、既に仕入れているチリメンジャコと共に煮てチリメン山椒を作るのだ。
今年になってレモンの皮むきと果汁搾り、いろんな燻製を作ってきたのも家内との共同作業である。
レモン・ピールの蜂蜜マーマレードは毎朝食に出るし、晩酌の酒肴に出る様々な燻製も美味しく食べている。
来月に入れば新生姜を漬けるかな。
これも『旬』の作業だ。
『旬』と言えば寿司屋の大将 Ⅰ氏が訪ねてくれ、『旬』のものを頂戴した。
来客中だったので話すことが出来ずに失礼したがここでお礼の気持ちを込めて紹介しておきたい。
鱧の焼き霜に剣先イカ。
『旬』にプラスして私の大好物。ぶっはははは
更に更に柿の葉寿司も。
手作り感いっぱいイッパイで大将 Ⅰ氏の温か味もじんわりと。
柔らかな新緑の柿の葉っぱである。
以前も書いたが Ⅰ氏の柿の葉寿司は葉っぱごと私は頂くのだ。
7月になれば葉も硬くなるが、今の時期は此れも『旬』と言えよう。
今日は家内が大阪市内へ練習に出かけたので久し振りにビゼーのオペラ、カルメンを聴いている。
カルメンは同世代人の
ジェシー・ノーマン
(Jessye Norman)が演じ、小澤征爾の指揮でフランス国立管弦楽団が演奏している。
さて、日曜日の今日(29日)お出かけしていた家内が夕刻持ち帰ってくれたオミヤゲはイカの刺身。それに耳と脚をボイルしたものが付いたものだった。
『旬』を感じさせてもらえることに感謝。
『しゅん』〔Ⅰ〕
『しゅん』が『旬』の読みを表すものであることは家内との会話を解する上で齟齬は無い。
『しゅん』と音読みする漢字は幾つかあるが、『しゅん』と読んで意味をも含め表す文字は『旬』しか無い。
使用回数が多い文字でなら『春』があるが、この文字を1字で言う場合は『はる』であり『しゅん』とは言わない。
『筍』も音読みは『しゅん』だが、通常は『たけのこ』と読む。
中国なら北京四声とか広東八声(九声だったかな?)と言われるように、ひとつの漢字も声の出し方(声調)の違いによって意味合いが異なる。
しかし私たちの言語では声調(抑揚)を変えようと『しゅん』は『旬』で先ず誤解が生じることは無いだろう。
我が姪っ子の息子に『しゅん』という名の者がいるが、彼を呼ぶ場合は特別かな。もっとも両親以外は君づけで呼んでいるから特別も特別ということになる。
私の場合、『旬』という言葉は食べ物がよく採れ(実り獲れ)て美味しい時節を言い表す場合に用いることが最も多い。
食べ物以外でも時・旬
(とき・しゅん)と盛りの時期だという意味で使うこともある。
上のデンドロビウムは母の日のプレゼントとしてY君に頂いたものだが、もう4年だか5年だか、毎年この時期になれば赤紫色の花を咲かせてくれる。
花盛りと言うように開花や見頃の時期も『時・旬』と言って良いだろう。
万葉集(巻三)に、
大宰少貳・小野老 朝臣の有名な歌が詠まれている。
『あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり』
25日(水)に手術を受けて後ほぼ5ヶ月を経ての検診を受けてきた。
X線画像を用いての主治医の診断は術後経過は順調と大変嬉しいものであった。
事実昨秋からの足腰を真っ直ぐに立てることも歩くことも出来ない激痛は脊椎手術を受けたことによって消え、今は両手に杖を必要とする不安定な状態だが歩行訓練を再開出来るまでになった。
と言っても何の問題も無いわけではない。
歩行については膝と腰の安定の度合いが日によって変化するし、両足の浮腫みが尋常ではないこと、それと時に起きる左膝の痛みが問題である。
まあしかしボチボチ焦らず慌てず。病を得て以来4年間で学んだ金科玉条の如きものである。
上の2葉は樹々の新緑とサツキ花盛りの景色。(於・近大医学部奈良病院)
回復が一足飛びになんてことは無く、以前にも書いたが
『一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩下がる』の歌の通り、例え回復スピードが微々たるものであっても回復方向に乱れが無ければ良いのだ。
大学病院への往き帰りは介護タクシーで、院内移動は車椅子でと未だ未だ元通りには遠い道のりを歩まねばならないが頑張らねば・・・
May 21, 2016
美味しもの
美味いと感じる感覚は全く個人的なことであり、行列が出来る店の品物だから必ず美味いとは言えない。
当然のこととは言え近頃は付和雷同の言葉を充てても良いような人々の言動をテレビで見ることが多いように思うのだが、どんなものだろうか。
まあ他の人たちのことはさておき、近頃私が美味いと感じたものを幾つか。
先ず先日 Y君にお土産として頂いた上の『ぶどう饅頭』は甘さ控えめの菓子。
父親との思い出の品と語る家内ばかりか私も懐かしさを感じられる味わいで日々のおやつとしてお茶と共に頂いた。
今月に入ってからデザートはイチゴと我が家の冷凍庫で保存している干し柿、それに写真のアメリカンチェリーが交互に出ている。
果物は嫌いじゃないので何でも美味しく頂いている。 しかし好きと言っても大好きと表現する場合もあれば、ただ好きと表現する場合もあるように好きさ加減も程度がある。
そうした意味合いでは、品種や熟度等のこともあって一概には言えないが、もう少し先に出てくる日本産のサクランボを楽しみにしている。
次に挙げるのは Yさんに頂いた韓国の惣菜、海苔の和え物とイカの耳だけを使ったキムチだ。
どちらも韓国の食堂でパンチャンとして出されて食べたことのあるものだ。
海苔もイカ(多分スルメイカ)も含め海のもの大好きな私のことだから当然のこと美味しく頂いた。
ただ、ニンニク臭が強すぎる食品は今も弱い。が、食べなくはない。
学生時代に餃子は1人前60円か70円だった。たまに珉珉へ行った折には必ず2人前食べていたことを思い出す。
食べている時は美味しい美味しいなのだが、明くる朝、自分でもイヤになるほど臭ったものだ。
通学時の電車は朝のラッシュアワー帯。 国鉄にしろ京阪にしろ到着した電車に乗れないこともあるほどの混みようだったから何とか乗車出来ても乗車した時の姿勢のまま動くことが出来なかった。
そんな満員電車で餃子を食べた人と向かい合った時は将に最悪で、午前中ずっと頭痛が続いていたことも思い出した。
次に掲げているのは宮古島を訪ねた息子の土産。
先にも書いた通り海のもの大好きな私のことゆえ『もずく』も『海ぶどう』も嬉しい土産だ。
沖縄本島を訪れたことはあるが宮古島に行ったことはない。
土産物の袋に池間島と記されているのは宮古島から池間大橋を渡って行くらしいが、この池間大橋、テレビで観たことがある青色の
海上を長く延びている道路橋のことなんだと。
足が回復すれば行ってみたいものだ。
『海ぶどう』は写真の通りグリーンの小っちゃな海藻だが最近は『もずく』同様に養殖されているらしい。
『もずく』や『メカブ』は食感としてヌルヌル感が強いが『海ぶどう』の場合は茎にヌルヌル感はあるものの弱いと言える。
むしろ粒々の集合体なのでプチンプチンと粒を潰して食べる感覚の方が強いように思う。
ともあれ『もずく』や『メカブ』『海ぶどう』など、時に醤油を少し垂らすこともあるが私はレモン汁だけか少量の塩をふりかけるかだけで頂くことが多い。
『海ぶどう』は形状から魚卵を思い起こさせ、その大きさや食感から海のキャビアと呼ばれたりするようだが、色合いやキャビアの脂濃さといった点で全く別物であることが分かる。
それらと同じような粒々だが、よりプチプチ感の強いものに畑のキャビアと呼ばれるトンブリがある。
これはホウキ草の実だが学生時代に秋田で味わって以来、あの食感が大好きである。
その秋田ではハタハタの卵をブリコと言い、この粒々感も大好きだが、もう長いこと口にしていない。
50年ほど以前、トロ箱いっぱいのハタハタが100円だったが今では考えられないことだ。
上は何度か紹介しているSさんのご主人が栽培されたもので、一昨日奥さんが届けて下さった。
以前に朝掘り新玉ネギゆえ、頂いたものを生で齧ったことを書いた。
今回も2日続けて生の玉ネギのスライスに削り鰹節をふりかけ、少量の醤油のみで頂いている。
これは美味いのだ。《勿論我的個人的感想》
おみやげで、ウマイものには美味し酒、となる。
普段好んで飲んでいるのは『蔵人の詩』。
写真の『大和思ひ』、価格としては『蔵人の詩』の2倍近いものだが美味さを考慮すれば納得である。
冷蔵庫で冷やしておいたものをチビリ。
最初のひと滴が舌に乗った時点で「うーーん」、「ウマい!」。
17日(火)にお出かけした家内がデパ地下で買ってきてくれたオミヤゲが下のお造り。
美味し酒に美味し肴。
肴が先でも酒が先でも私にとっては、どちらも嬉しい。
今日は友人の発表会と講演があるとかで家内は昼前に出かけて行った。
講演は『軽皇子と軽大娘皇女』のテーマで井上さやか女史(県立万葉文化館)が万葉集や記紀の記述をもとに話されるようだ。
足の具合が良ければ私もと、いつも思うのだが仕方がない。
まあ家内のオミヤゲを楽しみにしていよう。
May 20, 2016
励ましの一里塚
昨年の集いは私が激痛の谷間に落ち込む少し前に開催されたので宇治・萬福寺での昼の宴だけだったが出席することが出来た。
この集いを企画してくれている Nが、「今年は神戸でやりたいけど、どないかな?」と何ヶ月か前に電話で問うてくれた。
私の方は常に何時でも何処でも行きたいのだが、現況は安定歩行が出来ないため移動するには介助者と車椅子が必要になり、当然神戸開催となれば電車利用が無理なので介護タクシーなどの手配も必要となる。
障害があれば一人だけの少しの移動であっても二人か三人かの予定を合わせなくては移動することが難しいと、健常な時には想像すら出来なかった問題を抱えているのだ。
だから出席するとも神戸はダメだとも確かな返答をすることが出来なかった。
そのNが一昨日、写真付きのメールを送ってきた。
車椅子は用意出来るし、そのまま乗船することも出来る。
時期は10月頃を考えているから未だまだ日にちは有る・・・と。
日にちは有る。
つまり、その頃には私が随分回復しているかもとのNの期待を感じることが出来るし、期待通りにリハビリの成果が出ていなくても車椅子の用意は出来るからねと、ここにもNの濃やかな心遣いが感じられる。
この船で逢おう。
この船を回復への一里塚と見立てて・・・・・。
激励と期待を感じる。嬉しいことではないか。
随分以前のことだがルミナスに乗船したことがある。しかし今回の計画は神戸コンチェルトに乗船するらしい。
そんなNに普段飲んでいる日本酒を紹介すると随分以前に約束したのだが、その約束を果たしたのが先月末だった。
通常電話などで直ぐに返事をくれるNだが、この時に限って返事が無く、きっと仕事で忙しくしているのだろうと思っていたのだ。《Nは未だ現役で京都などでお仕事をしている。》
そのNがGWの中ほどに電話をかけて寄越したのだが、入院していたのだと。
京都での仕事帰り、吐き気を伴い気分悪く緊急に病院で検査等を受けたところ、脳のCT画像に白い曇りが認められたことから脳梗塞の疑い有りとのことで入院していたのだとか。
その後、先ず大丈夫であろうとの診断で退院出来たとのこと。 これはNにとっても私にとっても良かったことだ。
しかし悪い時期に贈り物をしたものだと私の方は反省、だが美味い酒なので是非息子殿に。
May 13, 2016
おでかけ
今夜は比較的近い所での会食とかで夕刻に出かけて行った。
近いと言ってもバスと電車を乗り継いで行くのだが、9時過ぎには帰宅するだろう。
お出かけと言えば昨夜 Y君が訪ねてくれた。
連休の折、家族4人が車で四国へ行ってきたのだと。
Y君のご両親の実家が伊予なので、四国と聞いて愛媛へ行ってきたのだと思ったのだが、今回は徳島と香川を巡ってきたと言うのだ。
多くの人たちが移動する連休であり車の渋滞がひどかったのではと想像しつつ旅の話を聴かせてもらった。
ドライブのルートは明石大橋を渡って淡路島から徳島・鳴門に入り、讃岐を巡って帰ってくるものだったとのこと。
車の渋滞は予想していたけれど往きはスイスイだったとか。しかし帰り道は予想通り酷い渋滞だったのだと。
春の大潮の今の時期、鳴門の渦潮が巨大になるので観潮、陶製絵画の大塚美術館、阿波の浄瑠璃、土柱、讃岐へ入れば金毘羅詣で、それに讃岐うどんを食べて・・・・・など、旅行に出られない私としてはアレやコレやと想像しながら土産話をせがんだのだった。
しかし、あとの用事が控えているとかで残念。
そうそう、讃岐うどんの店は大変な混みようで、注文の品を口にするのに随分の時間がかかったのだとか。
親は我慢出来ても子どもたちは・・・・・
旅行の疲れが出たのか、頑健な体の Y君が寝込んでいたのだと。
鬼の霍乱と言うべきか。
写真は Y君からのお土産。
巡ってきた場所が分かる。
『ぶどう饅頭』は家内を喜ばせようとの思いであろう。気配りに感謝。