April 2017

April 23, 2017

麗らか・・・

部屋の中は、ひんやりしてはいるが寒くはない。
私の席からは雛壇状に並ぶ家々が柔らかな陽差しを浴びているのが見て取れる。
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しばらく前から咲いているチューリップの花も盛りの時期を越えたような。
今朝は東天が澄んでいたので久し振りに日の出の写真を撮ってみた。
3月20日の春分の日よりほぼ 1 ヶ月になるので比較出来るよう2枚の写真の縮尺を近付けてみた。
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《注》 逆光での撮影ではあるが日の出位置を強調するためコントラスト調整を行った為に画面手前が暗くなっている。
今日は昼過ぎに家内が所用で出かけたが、今週は私が留守番する日が多くなりそうだ。
今日のような日和には私も出かけたくなるが未だ無理だろうな。
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『麗らか(うららか)』は春の季語だが、ぼうっとする気分とは対句のような関係。 更に眠気とかウトウトといった言葉が派生する。19-2
しり取りのように言葉の末尾をつなげるのは限界があるが、発想の連鎖というのは広がりが自由であり楽しいものだ。
『 春の海  ひねもすのたり  のたりかな 』 
蕪村の句だが今日の私の気分とピッタリ。
与謝蕪村が与謝の海で作句したのだと彼の地の養護学校に勤務していた友人に教えてもらって随分になる。
与謝の海、つまり、♪ 丹後の宮津で~と歌われる宮津節の内海のことだが、日本三景の天橋立のある所と言った方が分かり良いかも。

心地良い日差しを浴びている亀たち。
s-2017-04-21_163036先日、家内の携帯に姉が送ってくれたものだが、『麗らか』の連想が広がる。



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April 22, 2017

初物のお菓子

家内も私もだが熱中するテレビ番組がないことは以前に書いた。
しかし二人が揃って見るものにクイズ番組がある。19-2
地理だの生物だの漢字だのと様々なクイズが出題されるのだが、画面を見ながら出演者と同じ様に家内と『正答&速さ』を競うのだ。
出題される問題が特別難しいというものではないので家内も私もそこそこの成績は挙げている。
プリニウスほどの博識であれば何と馬鹿らしい番組だと思うかもしれないが、平凡な私たちだから先ず先ず楽しめるのだ。
「ああ、そうだった。」と気付かされることもあるし、「ええ?知らんかった。」という問題も中にはある。
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クイズの問題ではないが、先日「えっ?知らんかった。」という物をK子さんに送って頂いた。
s-2017-04-20_221032私が病気で倒れた折には千羽鶴を折って頂いたりと常々気遣って頂いている方だが、私の誕生日を祝って美味しかったので是非にとお菓子を送って下さったのだ。
沖縄のお菓子なのだが、これは家内も私も知らなかった。
『ちんすこう』や『サーターアンダギー』ぐらいは知っていたが正に初物であった。
写真に文字を入れた通り、原材料は冬瓜で砂糖漬にしてあるものだ。
s-2017-04-20_221253パイナップルの実などを砂糖漬けにした後に乾燥させたものと同じようなものと想像すれば良いだろう。
味わいは当然甘く、しつこさのない上品な甘みを感じるように仕上げられている。
歯応えはゼリー菓子を食べる時の柔らかさ加減で、パイナップルの砂糖漬菓子のような酸味は無く、梨の実を食べる時に感じるザラザラした粒々感が少しだけある。
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琉球王国時代に中国からの冊封使を接待する際に供したお菓子らしいが、家内とともに初物として茶菓子に美味しく頂いた。
添えられた切り絵の一筆とあわせ、いつもの細やかなお気遣いに感謝申し上げる。


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まとまりない『つぶやき』

日本人は寛容・寛大と言われるが果たしてそう言えるのだろうか。
勿論、日本人を一括りにするような乱暴な見方がオカシイことは認めた上でのことだが。s-2017-03-29_130037
寛容に見えているようであっても、
その実態は関心が無いことの裏返し
ではないだろうか。
無関心、或いは関心を示しても上っ
面で興味本位・・・
私にはそのように見えるのだ。
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物事に対し思いを共感共有しても一時的通過的に関心を示すだけで、喜怒哀楽の他、恐怖・驚愕・嫌悪等の感情を露わにすることがあっても長く持ち続けるということが無いようなs-2017-04-07_172222気がするのだ。
東北地方を襲った津波によって多くの人命が犠牲となったこと。
既に 6 年という歳月を経ながらメルトダウンした原子力発電所の建物内部の状況が分からないまま原子力発電所の再稼働方針を出した政府や電力会社のこと。
政務活動費の不正による議員辞職が相次いだ富山の選挙結果、自民党の大臣など要職にある者の不逞行為に失言の数々。
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真の寛容・寛大は不正や悪に対して目をつぶることではないと私は思うのだが、世の中を眺めていると、人々は自己の利害に関わるかどうかを基準に行動しているように思えてならないのだ。
勿論いつまでも過去を引きずっていては前へ進むこともままならぬことも分かるのだが・・・・・
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日本人の心には、禊や祓いといった宗教信仰上の概念・所作が知らぬうちに備わっているのかもしれないと思っs-2017-04-07_170111たりすることもある。
結果、赦され清められという寛容で寛大な神仏の守護・加護を戴くことになるのだが、自分自身が神仏に成り代わって沙汰するという真に尊大極まりないことをやっているのではなかろうか、とも思うのだ。
ブツブツ、ブツブツ



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April 19, 2017

祝いの『塚』

幾つかの『塚』を明らかにした通り調子は決して悪くはない。が、一足飛びに改善回復するものではないのだ。
よーく分かっていることなので焦ったりすることはないが、願いや希望は常に心中に秘め、状況に応じて機能回復に努めている。s-2017-03-29_130815
あら探しと言った悪い意味ではなく、将に『鵜の目鷹の目』の如き真剣な眼差しで状況を見て即座に対応(挑戦)出来る構え、つまりあら(粗)ではないが、隙あらば面でも籠手でも一本取りに行ってやろうと身構えているということだ。
チャンスは何時どこで遭遇するか分からないのだ。 チャレンジ出来る状況に遭っても我が体調が合わない場合もあるし、その逆で不運な場面に出くわすことだってあるのだから。
ともあれ回復調子が上向きで気分良くしていた過日、息子たちがやって来てくれた。
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戴いたヱビスを久し振りに味わったが何だかまろやかな味わいと香りで、以前に飲んでいた頃の記憶と若干違うように感じたのだが・・・
客が来てくれるのは嬉しいことだ。
s-2017-04-18_171737賑やかであるということが先ず嬉しい。
次に、お酒にしろ料理にしろ或る程度家内の監視姿勢が寛大になるということだ。
いかに息子たちと言えど彼らの前でキツイ姿勢を見せるのは家内とて憚るのだ。s-2017-04-18_083825
なーんて言っても私もメチャはしない。少しばかり量は増えるが自分の体の状態はよく知っているのだから。

長いこと広島へも行っていないので、せめて酒くらいとの思いで買い入れておいた『酔心』と、いつもの『蔵人の詩』を料理に添えた。
急遽頼んだ仕出し膳に息子の嫁が作ってくれた和え物(写真)や家内が急ぎ盛った冷凍保存食品なs-2017-04-18_171926どなど。
息子の嫁の作品は山芋と胡瓜を乱切りしたものを梅肉・味醂・鰹節・白胡麻などで和えたもの。
ご飯のおかずにもお酒のアテにも良い一品だった。
多少下駄ばき評価とも思うが、まあ良かろう。
s-2017-04-11_112703障害を受けて5年と半年になろうとする。
家内だけでなく沢山の人たちの支援を頂き、正直有難く感謝しているし、同様辛さも感じている。
身体を思い通りに動かすことが出来ない辛さもあるが、様々な支援を頂くという辛さもある。申し訳ないなあという思いである。
ともあれ最も基本となる『塚』を今年も越えさせて頂き、このことを祝っても頂いた。
メールを頂いた方たちにも感謝申し上げる。
バースデーケーキは不二家のイチゴショートケーキ。これも随分久し振りだった。
息子が知っていたのかどうか分からないが、私と家内の思い出の品なのだ。
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家内が母親と二人で住んでいた頃、風邪で欠勤していた家内を見舞うのに買って行ったケーキなのだ。
普段は元気な家内だが、1 年に一度必ず風邪を患って高熱を出し、4~5日の安静を要する状態になるのだっs-2017-03-29_130453た。なーんにも食べることの出来ない体調でも不思議とこのショートケーキだけは食べることが出来たので、サッブイ木枯らし吹きすさぶ中、仕事帰りに買って持って行っていたのだ。
当時は 1 ホールが400円の小さい物だったが頂いた写真のバースデーケーキは大きい物だった。
昔のことを思い出させてもらったことにも感謝せねば。
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今日吉野山は下千本は葉桜、中千本、上千本ともに落花盛ん、奥千本は5分咲きとの桜開花情報を出していた。
『諸行無常』である。s-2017-03-29_130628
良寛和尚は『散る桜残る桜も散る桜』と詠じていた。
一休和尚は『門松は冥途の旅の一里塚、めでたくもありめでたくもなし』と詠んだ。
私が越える『塚』も同じ・・・
それでも、越えられる『塚』なら越えたいし、越えさせて欲しいものだ。


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April 14, 2017

フィンランド建国100年と『塚』

第三の塚は今月1日に越えることが出来た。
そして第四の塚は5月か6月に・・・とも書いた。s-2017-03-29_125454
目標を立てることは大切だが、何を目標とするか、目標までの道程や目標に到るまでの手立てなどはどうか、そうしたことを総合的に検証して実現可能な目標を設定することが重要だ。
目標には最終で究極的なものもあろうが、通常ステップ・バイ・ステップで私が掲げる一里塚s-2017-03-29_125200の『塚』のようなものが多いのではないかと思う。
そうした到達可能な目標ゆえ、到達した後に次の目標に対する意欲も湧くのである。
跳躍力 1 mの者に対し、いきなり
 5 mの跳躍目標を与えても挫折・絶望感を得るだけである。
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安定歩行回復の意欲はずっと持ち続けてはいるのだが、昨年正月に2度目の手術を受けて以後、『塚』と名付けた私の目標を語れるようになったのは未だつい最近のことである。
もっとも達成可能かどうか自信が無かった為に書きもしなかったが秘めたる『塚』のようなものは考えていた。
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以前に書いた3月初めの武本氏の個展鑑賞もだが、フィンランド建国100年に係る催しについてもラッペーンランタ(フィンランド)より訃報が届いたこともあって話題にしなかったのだ。
その哀しい報せと前後してフィンランド建国100年を記念するCDも私の手元に届いていたのだ。
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ここで簡単に書くことは出来ないが、スウェーデンとロシアに挟まれた位置にあるフィンランドは両国の属国的支配を受ける長い歴史があった。
建国時期をいつにするかというのはムツカシイ。
考古学や古文書学などの歴史科学を無視して神話に起源を求める人たちもいるがそれはそれ。
しかしフィンランドの建国100年は歴史的に明らかである。
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1917年12月6日、ロシア帝国からの独立をフィンランド議会において宣言したのである。
U 女史との文通はフィンランド及び周辺国に関する私の学びを誘起させることになったことを思い出す。
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小学5年生の頃、日本海海戦に於いて東郷平八郎元帥乗艦の旗艦・三笠から「皇国の荒廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ。」との指令が参戦の日本海軍各艦に打電されたこと。その後の海戦でバルチック艦隊を打ち破ったことなど父親に教えてもらい私は日露戦争について大まかには知っていた。
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しかしバルチック艦隊がバルト海を主に展開している艦隊であることを知らなかったし、バルチックとバルトが同じであるなど思いも寄らぬことであった。まして当時はバルト海がどこにあるかなど全く分かってもいなかったのだ。
このことを気付かせてくれるきっかけとなったのが U 女史との文通だったのだ。
彼女との文通で思い出すことは沢山あるが寂しい。
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私のフィンランドに対する思い入れが強いことはこれまで記してきたことで分かると思う。
そのフィンランドの建国100年にちなむ各種の催しをフィンランド大使館が企画しており、その催しに参加することを秘めたる『塚』にと考えていたのだ。
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催しの期日と私の興味を考え合わせて以下の催しを思い描いていたのだが・・・・・
4月29日or30日 《フェスティバルホール》
フィンランド国立バレエ団 ・ 『楽しいムーミン一家』
演奏は録音されたものらしいが・・・ムーミンが良いなあ。
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5月20日 《服部緑地 ・ 豊中市》
『公園で楽しく、健康になる』
ノルディック・ウォーキングほか。フィンランド・タンゴ演奏など
姪が住む近くなので行けたら行きたいと思っている。
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5月25日 《ザ・シンフォニーホール》
タンペレフィルハーモニー管弦楽団
指揮はサンットゥ・マティアス・ロウバリ
(Santtu-Matias Rouvali)
シベリウスの作品(フィンランディア、交響曲 第2番 二長調、ヴァイオリン協奏曲 二バロック短調) なので是非聴きたいと思うが、夜 7 時開演なので、夜間のことだし・・・車椅子で、手洗いへの移動など、ちょっと自信も無くて今の所はダメなように・・・

コンサートは今月25日に京都でイタリアのアカデミア・デル・リチェルカーレの古楽演奏会もあるのだが、これも今のところは無理。
家内だけ聴きに行くことになるかな?


masatukamoto at 21:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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