June 2018

June 30, 2018

水無月の晦日

はや6月も30日。s-2018-06-30_175833
水無月、いや皐月のことも書き残したものがある。とは言え余りに時期を外すと当方の記憶も曖昧になるので書かないでおこうと御蔵入りにしてしまうものも随分ある。
まあそれ程に世の中の移り変わりが激しいということかもしれない。
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有為転変、諸行無常の世の中である。
人間の記憶容量も決して無限ではないから私自身も情報の取捨選択はキチンとせねばと思ってはいるs-2018-06-30_175522
もっともキチンとせずとも、喉元過ぎれば熱さを忘れるの通り人々の興味関心は月日が経てば自然と忘れていくものだ。
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このあたりを逆手に取り、誤魔化し企みを実践している連中の筆頭が安倍政府であると私は思っている。
その安倍金魚のフンに加計やら✕✕やらが見苦しく続き、共にほとぼりが冷めるのをs-2018-06-29_203806待っているように見えるのだ。
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それはそれとして、先日、家内と水無月の外郎(ういろう)について話したのだった。
学生の頃は余り関心も無く好んで食べるということもなかったが、暑い時期に氷室から出した氷をイメージしつつ食べる外郎というのはどんな感じなのだろうと思ったりしていたのだ。
と、一昨日のおやつに家内が五建外郎を出してくれた。
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記憶にある外郎はもう少し分厚かったが、包装が変わったからか、ぺちゃんこの座布団外郎であった。
しかし味わいはまずまず。
気の利く家内である。
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masatukamoto at 20:51|PermalinkComments(0)

June 29, 2018

スッキリしないこと (2)

昨夜 FIFA ワールドカップ (2018) グループ H の日本対ポーランドのサッカー試合があった。
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ワールドカップと言えば、ブラジル(2014年)、南アフリカ(2010年)、その前がドイツ(2006年)開催だった。
そのドイツ大会の折に私たちはベルリンに滞在していた。イタリアが優勝したのだが、勝利を祝うイタリアのサポーターたちが夜中までドンチャカ騒いでいたことを拙ブログで書いたことがある。
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またウィーン空港で散々な目にあったことやクラクフ(ポーランド)空港でラッゲージが届かなかったという不運に遭ったことについても書いたのだった。s-2018-06-23_165430
しかし『禍福は糾える縄の如し』と言われるように災厄は何時までも続くものではなかった。
クラクフ空港の若い女性係員は私たちの荷物探しのため懸命に働いてくれた。空港から鉄道駅までのバス運転手は料金について丁寧に教えてくれた。その後、駅舎も改札口も無い駅から列車に乗ってクラクフ中央駅に向かう車中で知り合ったアメリカの老婦人は、検札に回ってくる車掌から乗車券を買うことや、ここが下車駅だと教えてもくれた。そればかりか自分が降りる駅でもなかったのに、わざわざ駅前のタクシー乗り場まで案内してもくれたのだった。
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まだあった。タクシーの台数が少ないのか、いつまで待っても車待ちの人数が減らないので家内と共にホテルまで歩くことにしたのだ。しかし何ぶん初めて訪れた町でありポーランド語が分からない上に英語が通じにくいといった理由が重なり、地理勘には強い私が迷子になってしまったのだった。s-2018-06-20_062915
この時たまたま道を尋ねた女性が当時ヤギェウォ大学の学生だったアンナさんである。彼女も自分の用事を後回しにしてホテルまでの結構な道のりを共に歩いて案内してくれたのだった。
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ポーランドとのサッカー試合を見て、素晴らしく温かい気分に浸った時があったことを思い出した。
しかし昨日の試合の前半・後半とも日本の素晴らしいプレーの数々を見せてもらい、とても昂揚した気分でいたのだが、後半の残り10分くらいだったろうか、あまりのプレーの違いに正直なところ気分はサイテー、イライラもどんどん高まるばかり。
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まあいろんな考え方があることは事実。別にルール違反をしているわけではない。決勝トーナメントへ進むための戦略だと言われれば、そうだなあと同調する気分にもなる。
分からないではないが柔道では無気力と判断されれば指導が与えらる。ロンドン五輪・バドミントン試s-2018-06-20_095225合での韓国チームの無気力試合を見たが、あれはスポーツの試合とは言えない。全く唾棄すべきことと私は思ったものだ。
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ラグビーでも、わざとボールをライン外に蹴って攻撃されることを防ぐために逃げの手としてのタッチキックを行うことはある。例として同じではないがラグビーを齧ってきた者としては西野監督の判断指示に理解は出来るものの認めたくないというスッキリしない気分でいるのだ。
確かに勝負は結果第一である。勝てば官軍、勝つためには見苦しくとも規則に触れない限り何をやっても良いと、これはスポーツとは言えないだろうと、私の気分はイライラ。
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何だか政治の世界でも似たような・・・
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masatukamoto at 21:09|PermalinkComments(0)

スッキリしないこと (1)

地震だけではなく何やかやと頭や身体を使う出来事があったため、書くつもりでいたのに書けなかったり書いても時間的に後先になってしまったりと、私としては何ともスッキリしない気分でいるのだ。
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しかし日記として毎日書き続けようと始めたブログではないのでイライラするほどの気分でもない。まあ何と言うか、カレーライスなのかライスカレーなのか程度の違いである。
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ブログに関する私のスッキリしない気分は大したことではないが、家内が健やかでいてくれないと我が家は大変なことになるから難儀だ。
s-2018-06-20_095727連日私の分まで何やかやと忙しく動き回ってくれている家内だが、昨日は早朝より目まいに吐き気と体調ややこしい模様であった。 私が助けることが出来るなら良いのだが、私が助けてもらわねば日々の暮らしが成り立たない状況ゆえに家内の体調不良はたちまち二人分の気分をも重いものにしてしまうのだ。
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昨日は週に一度、様子伺いとヘルパーさんには頼めない用事についてのお手伝いということで姉と家内が兄宅を訪れる日になっていた。s-2018-06-20_062718
食欲が出てきて見かけ上は元気を取り戻しているように家内から聞いてはいるが、高齢、難聴、視力低下(片眼)、酸素吸入パイプに排尿バルーン装着、放射線治療後の経過観察期など兄s-2018-06-20_100017の身体状況を思えば自由外出どころか、自宅内の行動も不自由しているであろうことは私にも充分想像できる。
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少しでも兄の手助けになるのならと、家内が兄宅を訪れる事は家内も私も塵ほどの異論も無い。むしろ父親代わりに家計全体を支えて来てくれた3人の兄たちに対し強い恩義を感じている家内は体調不良を押しても出かけようとしていた。気持ちとしては私も同じだったが、猪突猛進型の家内を止めるのは私以外に居ず、家内に『休め』と命じkasa--99たのだった。
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ゆっくり、のんびり過ごしたのが功を奏したのか、今朝の家内の体調は少し回復したようで私の気分も少し安堵。
しかし一方、姉一人に負担させることになったことは申し訳ない思いだ。手術入院を前にした兄の世話もしなければならない中、電車、バスを乗り継ぎ暑い道のりを老女が向かうのだ。(申し訳ないが若く見えても年齢的には『老』の文字を隠せない。スミマセン。)
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June 26, 2018

暑い

梅雨なのか、梅雨が明けたのか何ともヤヤコシイ日が続く。
しばらく雨天や曇天が続いたが、昨日と本日、下の写真のような日の出を見ることが出来た。
我が家での日の出は午前5時3分だったが、府県庁所在地の日の出時刻だと4時44~46分ぐらいだ。
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当たり前のことだが、日の出時刻に差が生じるのは日の出の観測(視認)点の違いによる。
細かな位置測定はしていないが、府県庁所在地と我が家は緯度経度とも約10分の1度程度の開きがある上、東側に丘陵があるため日の出時刻に20分近い差が出るのだ。
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さて、阪神淡路大地震(1995年)の折、我が家のお墓がある広い墓地では多くの石碑や灯篭などが倒れたり割れたりと随分酷い被害を受けたものだった。
当時は私自身が自由に動けたので翌日か翌々日だったか勤務を終えてから車を走らせ状態の確認に向かったのだった。
幸いにも我が家のお墓は巻石がズレていたものの他に被災したものは無く、補修を管理事務所に依頼しただけで済んだのだった。
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今回の地震でもお墓のことが気になっていたのだが、自分で直ぐに状況を調べに行くことが出来ないので息子に頼んでおいたのだ。
s-2018-06-26_171100その息子が地震から
8日目の今日、お墓の状況を画像メールで知らせてくれたのだ。
巻石も石碑などにも被害は無かったが、写真の通り霊標が台石から外れて倒れていたのだと。
一人では重くて動かせないので霊標に刻まれた文字が無傷かどうか分からs-2018-06-26_180015ないとも書いていた。
いまひとつのお墓は無事だったようなので、霊標の補修だけを事務所へ依頼しておいてくれるように頼んでおいた。
大きく被災した人たちには申し訳ないが、私の場合、この程度で済んで良かったと心底嬉しく思っている。
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June 25, 2018

ブロック塀・・・

地震のあと割と早い時間に地震による被災状況がテレビで報じられた。s-2018-06-23_165213
私も家内も震度4など経験したことが無かったので、ただただ怖かったというのが正直な感想だ。
しかし大きい揺れや音が収まり我が身の安全が確かめられたら、次に襲ってくるかもしれない地震に不安を覚えながらも、この地震でブロック塀の下敷きになり亡くなった人が二人とのテレビ報道に不思議な感じを覚えたのだった。
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地震のマグニチュード5.9、震源地に近い所の震度6弱。
かなり大きい地震であることは理解できたが、私が感じた揺れなどを考え合わせ、この地震の揺れでブs-2018-06-18_175958ロック塀の下敷きになったという状況が理解できなかった。
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そのうちテレビが報じる現地での取材映像を見て『何やコレは!』と、私は驚いてしまった。
「いつ工事したんか分からんけど、このブロック塀は完全に違法やで。」
「高槻市教委の施設か建築か知らんけど、建築ド素人の私でも分かるようなこんな工事、よう検査通しよったなあ。」と家内に言ったのだ。
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昭和53年(1978)宮城県で起きた地震により、あちらこちらでブロック塀が倒れ、それらの下敷きとなって18人もが亡くなったこと。そのことを教訓にブロック塀の高さ制限や、塀の強度を増すためにタテ筋やヨコ筋の寸法や入れ方、更には塀を支えるための控え壁の施工などが建築基準法で定められたことも家内に話したのだ。
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テレビ映像を見て先ず思ったのは綺麗に一枚板で倒れていること。同じく最下部のブロックから出ている鉄筋が同じ長さで切れていること。そしてしっかり数えたのがブロックの数、つまり何段積まれていs-2018-06-18_180250たかということ。
ブロックは1段の高さが
19cm。従って8段で
152cmの高さの塀であったことが分かるのだ。それに1枚目の写真が示すように控えの壁が全く無かったことだ。
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大きい地震に遭うことが比較的少ない大阪に比べ、宮城県は多いように私は思うのだ。2003年だったか、当時東松島の小学校PTAの役員を務めておられたAさんが、地震の際の避難方法などについて熱心に取り組んでおられたことを思い出した。
平時でも注意を払い訓練することが大切だとは私も同じ思いでいる。
ライン紫色
地震に勝てはしないが被害を小さくすることは可能だ。その手立ては知識や経験の積み重ねを実践することだ。この実践を怠ったことで被災したなら、これは人災と言わねばなるまい。
自戒・自戒
2018-06-05_181745




masatukamoto at 20:54|PermalinkComments(0)
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