April 2019

April 29, 2019

再会

今年の正月は松の内こそ祝い気分で過ごすことが出来たが、中旬から月末に向けては将に字の通り『末』の気分であった。
そんな気分に変化を与えてくれたのが大阪・靭での昼食会。
私が病を得て以来何かと気遣いを頂いてきた寿司屋の大将
I氏とK子さん、それに私たち夫婦の 4人の席であった。
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歩行機能回復に時間がかかり、そのため外出する機会が少なくなるという状況を甘受せざるを得ない中での昼食会であり、お二人に対する感謝の気持ちと私自身の歓喜の気分が相まって幸せな時間を過ごすs-2019032309440000ことが出来たのだ。内輪のことゆえ殊更に書かないが家内には日々常に感謝していることをこの機会に記しておこう。
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この日の昼食の席は K子さんが予約してくれた『靭本町・がく』であった。
この店は大阪市・靭公園の南側にあり、店主I氏が開店したのは私が手術入院した(2012.12)明くる年(2013)であった。開店の案内状を頂きながら私自身とても動ける状態ではなく、賀状を頂く度に行ってみたいなと思っていたのだ。
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2012年春、I氏は仏料理・パピヨン(大阪・堺筋安土町)の店長をしており、 K子さんと私が食事に訪れたことがあった。その年の末に私は入院したので今回I氏に会ったのも
K子さんに会ったのも実に 8s-2019-02-18_071404年ぶりのことだったのだ。
I氏も K子さんも共に法善寺横丁の割烹・㐂川に勤めておられたことがあり、客として訪れた私と知り合ったという間柄。
ともあれこの昼食会によって再会を果たせたことは嬉しいことだったし、I氏の春を存分に感じさせてくれる食材を用いての料理を楽しませてもらった。
口すすぎと言うには少しばかり量が過ぎたが珍しい日本酒の数々も味わうことが出来たことも楽しかった。
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更に私が嬉しく思ったのは『靭本町・がく』が靭公園の直ぐ南側に位置していたことだ。
と言うのは大空襲で大阪が焼け野原になってしまう以前、現在靭公園となっている場所に母親の実家があったからなのだ。
s-2019-02-18_071947今は永代浜跡の石碑が建っているだけだが明治・大正時代には塩干物市場があり賑わっていたと聞いている。戦後は進駐軍が靭飛行場として利用していた一帯が靭公園として開放されて現在に至っているのだ。明治や大正の頃のことなど勿論知らないが、子どもの頃に両親から聞かされていたことを思い出して何とは無く懐かしいような気分になったのだった。
おまけにお日様のご機嫌まで良かったのだろう、ぽかぽか陽気で何もかも嬉しく思っていた私の気持ちを一層高めてくれた。
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この日は勿論『福』が大きく目立ったのだった。
帰りはタイミング良く息子が『がく』まで迎えに来て我が家まで送り届けてくれたが、この日の『福』はただの『福』ではなく『大福』であったと思っているのだ。
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随分以前のことを書いたが、忘れないでいたいことは極力文字にして残しておくよう今後も努めたいと思っている。
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masatukamoto at 11:50|PermalinkComments(0)

April 28, 2019

禍福は《つづく---Ⅱ》

近況報告も兼ねたページゆえに近頃の出来事や感じ思ったことについても書いている。
人生は将に禍福糾える縄の如しで、禍あり福ありである。
禍を文字通り禍々しく不幸せなことと受け止めることも出来るが、次に来るであろう福の前兆として捉えることも出来る。受け取りようは人それぞれだから、この件はここまでに。
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4月6日、私が学校現場へ赴任した当時の職場の職員同窓会に参加することが出来たが、これは福であっ2019-03-07_175929た。
しかし4月10日、夜になって急遽病院へ行くことになったのは我慢しきれぬ状況に立ち至ったからだが、これは禍であった。
診察の結果、取りあえず抗生物質で発熱と皮膚炎症を抑え、症状が治まった時点で血液、血管エコー、CT検査などを行うことになった。
この夜の抗生物質は細菌との相性が良かったのか二日間の安静で熱が引き、12日の運転免許更新高齢者講習を受けに行くことが出来たのだから将に禍から福が目立つようになってきたと見て良いと私は思ったのだ。
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この福は15日にも繋がっていたようで、いろいろ受けた検査結果をもとに医師はセーフの診断を下したs-2019-04-13_165525のだ。私が最も心配していた血栓についての問題は無くなり、手術について悩むことも無くなったということだ。とは言えその後もフクラハギの浮腫は完全に引きはしないままなのだが、17日の親しい人たちとの食事の席も楽しむことが出来、どうやら福は継続していたと見てとれたのだった。
更に翌18日、運転免許更新のために出かけた際も詳細は省くが万事スムースに進捗。未だ未だ福が目立っていたのだ。
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ところが20日、3月半ばに抜歯した箇所にブリッジ入れ歯を行うという施療方針に従い、この日は入れ歯を支えるための前後の歯を削る作業を行う日。
歯を削る甲高いアノ音、顎に伝わる機械振動、刺された針が頭のテッペンまで突くような強烈な痛みに体全体を固くして必死に耐える。 
歯医者が好きな奴・・・「そんな奴おらんやろ」
頓服など服用したことのない私が夕刻と夜中の2回も飲むことになったのだが、これは禍が福を抑え始める兆しと考えたのだった。
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月末に入り世間様では連休が近づき足元がふわつき始めているように見えたが、マスコミがこぞって煽り立てていたことも影響していたのだろう。
かく言う私も処方薬(抗生物質)が無くなりそうな上、長い連休中に足の状態が酷くなったら困るなあという思いもあり、22日(月曜)に総合病院へ行ったのだ。
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医師の診察を受けていた時にフクラハギは赤く少し腫れて若干熱を持っていた。しかしそうした症状は下肢に限定されていた。
ところが帰宅して直ぐに体全体がだるく熱っぽくなり、節々に痛みを感じ始めたのでベッドで横になったのだった。体温計は 37.0~38.9℃を推移。食欲なく横になったまま。24日の朝に食パンとスープを口にしたが、漸く熱が下がったのは25日(木曜)の朝のことだった。
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25日以後も足は熱腫れ共にある状態が続いているが、 27日(土曜)にブリッジ入れ歯を装填したので食べ物を噛むのに苦労しなくても良くなっていくだろう。福がどんどん目立つようになってくれれば嬉しいのだが。
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ともあれ目立った禍福の部分だけを綴ってみたが、細かな禍福はまだまだあった。
しかし私とて生身の人間、福は好きだが禍は嫌いである。故に書き綴ることも福は良いが、禍は出来ることなら書きたくないのだ。
しかし冒頭に書いたが、禍も思い様によっては福に転ずることもアリだから・・・
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masatukamoto at 14:45|PermalinkComments(0)

April 26, 2019

禍福は《つづく》

昨年は何度も蜂窩織炎に悩まされてきた。
また罹るのではないかとビクビクしながらも正月を迎え、暫くの間は忘れていたのだ。
ところが2月頃より下肢の皮膚面が赤くなり、若干の痒みと痛みを感じ始めたのだ。しかし当該部分に少し熱がある程度で蜂窩織炎と断定するには十分に理由を満たしているとは思えなかったのだ。
蜂窩織炎については医師が診断することだが、症状については幾度も経験した私の体がよく知っている上、結構病気に詳しい Y理学療法士でも医師の診察を勧める程では無いと判断する状態がズルズル長く続いたのだった。
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それが2月末頃より先の症状に加えて右下肢フクラハギが異常に腫れ始めたのだ。
フクラハギや太腿は高校生の頃より太かったのだが、自分でも見たことが無いほどに腫れ、足位置を高くして睡眠を十分に取っても腫れが引かない日が続くようになっていったのだ。
その右フクラハギの腫れは少々極端だが、左を普通の大根とすれば右は桜島大根に例えられるほどの違いだったのだ。足の甲の部分は色素沈着による赤黒いシミまで視認出来るようになり彼岸の頃にはいよいよ医師の診察を受けねばなるまいと思うに至ったのだ。
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ところがお彼岸の頃より4月中旬頃まで私自身や家内の予定が立て込み、診察を受けに行く日が取れなかったのだ。
以前にも書いたが、私一人で病院へ行くのは未だ困難なため家内の介助が必要なこと、雨天や夜間の外歩きは困難なこと、それに病医院の休診日(時間)も考慮せねば通院日を決定出来ないのだ。s-2019-04-02_092719
通院先も総合病院に主治医の医院、更に歯科医院まで加わり我が家の予定のやりくりは大変であった。
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私の場合は通院のほか、5ヶ月も以前に予約した高齢者運転講習、猶予期限が迫る中での運転免許更新、新任当時の職場の年に一度の職員の集い、親しい人たちとの食事会などの他、リハビリ予定も決まっていた。
家内は家内自身のレッスンの他2グループの演奏練習への出席、昔の職場の同僚たs-2019-04-13_165157ちとの集いのほか日常の家事一切、かてて加えて私の予定にも介助者として付き合わねばならなかったのだから、いやはや休日らしき休日もなく大変な日々を送ってきたことになる。
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病は前触れもなくやって来ることが多い。多少の我慢は出来ても我慢しきれぬ状況になる時もある。
幾度もの経験は立派な知恵ではあるが、『生兵法は大怪我の基』との古諺もある。
身に現れ出た様々な症状に止む無く総合病院、日を置いて歯科医院を受診したのだった。

※ 情けなさそうな写真は抗生物質の点滴を受けているところ
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 【禍福は《つづく---Ⅱ》へ】
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masatukamoto at 17:21|PermalinkComments(0)

April 22, 2019

変 化

多くの人が経験したのと同様に広く浅く古典に親しんだのは高校生の頃だった。

『行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。淀みに浮かぶ泡沫は、かつ消えかつ結び・・・』
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方丈記にしても真剣に読んだという覚えはないが、万物流転、諸行無常といった言葉と共に今なお記憶している。
所詮は入試のための知識でしかなかったのかもしれない。 
空虚とか寂寥といった言葉も連なって思い浮かぶのだが、多分高校3年
12月末、母親との別れが強烈な印象として刻み込まれているからだろう。

森羅万象、生々流転。
お日様も日々刻々変わっている。

科学的にはお日様がではなく、見かけ上のことであることは断っておかねばなるまい。

写真中央に写る建造物を基準に見れば、3月27日のお日様は建造物の右側に顔を出しているが、4月21日の写真によれば建造物の左側へと随分変化してきている。

顔を出す時刻も徐々に早くなり、4月21日の写真によれば3月27日に比べて 30数分も日の出時刻が早くs-2019-04-21_083416なっていることが分かる。

方丈記や平家物語などについては寂寥感や無情感を強く感じるが、日々移り変わる日の出についてはチョット違うといった感じを受けている。
的確な表現とは思わないが、日の出を見ると体全体から気力が溢れ出るが如くに感じるのだ。





masatukamoto at 09:19|PermalinkComments(0)

April 21, 2019

禍福は

禍福は糾える縄の如しという古諺があるが、この言葉から感じた私の思いを少しだけ。s-2019-01-09_122142
この古諺の原典は司馬遷が編纂した史記に求められると言う。史記が編纂されたのは2100年ほど昔のことだ。2100年ほども昔の書物にまとめられたということは更にそれ以前の人々によって認識されていたことになる。
つまり人間は禍福が不幸と幸福という相対する関係にある事象であり、その事象を表す言葉として
2000年以上も変わらず認識し活用し続けてきていることに私は感銘すら覚えるのだ。
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それに禍福を糾える縄に例えているのは言い得て妙と私は感じ入っている。
s-2019-01-09_132118私の置かれてきた状況を思い浮かべると、禍福は列車を連結させるが如く禍福禍福と切れ切れになっているのてはなく、将に縄を綯うように禍福はずうーっと連なり、時に禍々しく悪いことの方が目立ち、また時に幸いなる福々しいことが目立つというように表れ方に違いがあるように私は感じているのだ。
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昨年は 2、3ヶ月に一度の割合で蜂窩織炎というヤヤコシイ病気に襲われた。この病、始まりと終わりが明瞭ではない。
昨年11月半ばに抗生物質の服用を続けて蜂窩織炎の治療を行っていた。
皮膚面が赤く腫れて熱を持ち、時に体全体も熱くなり体がだるく風邪のような症状を呈するのs-2019-02-07_091139だ。
皮膚表面に痒みや痛みを感じるのだが、表皮の疾患ではないので皮膚用軟膏を塗っても意味をなさない。皮膚内部で炎症を起こしている細菌をやっつけるために抗生物質を用いるのだ。
ところが先に書いた通り、列車の連結を切り離すようにガチャで『ソレマデヨ』とはいかないのだ。
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この時の発熱や痛みと皮膚面の赤みがかった色合いは薄らぎ、また何時起きるやもとの不安を抱えつつ2019-03-07_200407も何とか2月末まで持ちこたえることができた。
ややこしくなってきたのは3月の
半ばからであった。
綯った縄の後ろで見えなかった部分がまたぞろ前の方に出て目立ち始めてきたということだったのだ。
《つづく》
 















masatukamoto at 17:28|PermalinkComments(0)
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