May 2019

May 31, 2019

水無月

明日から水無月。s-2019-03-20_151001
梅雨の時期に入ろうとする6月なのに、どうして水が無い月などと書き表すのか。
中学生の頃、古文を学び始めて何でやねんと不思議に思ったことのひとつだ。
中-3
学び始めと書いたが、何事も初めは分からないことが多くて当たり前。
つまり分からないという自覚が不思議という疑問に繋がり、全てではないにせよ知りたい調べs-2019-03-20_150809ようという意欲を掻き立てることになる。結果、認識するということに。
中-2
しかし水無月については調べようという行動様式に乗っかることもなく、既知の知識を組み合わせて私なりに納得出来る答えのようなものに行きついたのだった。
短い-2
簡単に言えば水無月というのは旧暦での言い方。旧暦での水無月(6月)は現在の
7月から8月初めにあたるから、ちょうど梅雨が明けて雨が少ない時期になる。
何と上手いこと名付けたもんやと感心したことを思い出す。
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そんな水無月を前にした今日、外出が困難な長兄に代わって家内と姉が義姉のお骨納めに出かけた。
納骨先が京都・五条の大谷本廟だと聞いたので、それなら帰りに五条通の五建外郎本店で水無月を買ってきてほしいと家内に頼みはしたが、果たして土産は有るや無しや。

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May 30, 2019

喜びは分けあうもの

我が喜びは分かち合い共に喜び、他人が喜ぶ姿を見て我が喜びとする。
宮沢賢治 風に言えば、
「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」
思うばかりで実践は難しいものだ。
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寿司屋の大将I氏が古稀を迎えた。
喜んでもらえるかどうか分からないが日頃気遣って頂いてきたことへの感謝の気持ちを込めて古稀を祝う集いを開かせてもらった。
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多忙な息子たちに声を掛けての宴であったが皆快く時間を空けてくれた。
彼らもそれぞれに足場を固めて天命を知るための道を歩んでおり、やがてはI氏が通過した70歳という道標に辿り着くことだろう。
その頃私は何処で彼らの立派な姿を見ていることだろう。
s-2019-05-29_171240賢治がオモフモノには未だ未だほど遠い愚者ながら悔いを残さぬよう今後もひとつひとつ確かに石を積んでいかねばと思うところだ。

好物のフカヒレ姿煮や老酒も頂いたし、円卓を囲んで楽しい時を過ごさせてもらった。《感謝》



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皐月の三十日

今日は皐月の三十日。
5月には珍しく数日続いた強烈な暑さも昨日からは平年並みになったような。
しかし今朝も晴れ渡った空。暑くなりそうだ。
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立夏は5月6日だったが新暦では6月から夏。
本格的な夏の季節が目前となった。
下の写真は昨日開花した我が家のニッコウキスゲ。
開花したのは未だ二輪だが沢山の蕾が咲く順番を待っているのだ。
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私が初めてニッコウキスゲの花を見たのは55年前の夏休み、確か7月の末だったように記憶している。
国鉄(JR)花輪線の大更駅から松尾鉱山までバスに乗り、そこから 源太森~八幡沼~八幡平を経て蒸ノ湯へ、そして後生掛温泉へと山歩きをした時であった。
s-2019-05-29_115350自然の中での大輪で黄色が鮮やかな花の群生は全く見事で、図鑑で想像できるイメージを遥かに超えるものだった。
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この八幡平縦走の前、東北本線・小牛田駅のプラットホームで叔母と従姉弟 Tちゃんに列車が停車している僅かな時間だが会ったことを思い出した。
当時、叔母はゼミの学生たちを連れて北海道へ研修旅行に行っていたのだ。その帰s-2019-03-20_151001りの列車が小牛田駅で停車する時間帯と私の予定が近かったので私が叔母たちが乗る列車を待ち受けたのだった。
大阪ではいつでも会えるのだが、全く縁の無いみちのくの停車場で顔を合わせるというのは何とも言えぬ感慨を覚えたものだった。
従姉弟 Tちゃんは未だ独身で叔母の研究室の助手を務めている頃だった。
懐かしいことを思い出してしまった。
中-3



masatukamoto at 13:30|PermalinkComments(0)

May 27, 2019

情けないこと

民主主義を守る法治国家において表現の自由は基本的に認められることである。
誰がどのような考え方を持とうが何を言おうが何をしようが構わないということだ。
が、基本的にはと書いた通り当然のことながら制約はある。
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これまで表現の自由が争われることが何度もあったが、その判例において制約されるべきことの一端が示されてはいる。
もっとも法律を作るのも人間、法律を運用するのも人間、そして法律を解釈して判決を下すのも人間なのだ。だから裁判官の匙加減ひとつで判決内容が変わることは十分にあり得ることだ。
過去の判例には納得出来ないこともあるが『悪法もまた法なり』で仕方がない。
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しかし言論について言えば絶対に許されない、言ってはいけないことがある。
現代日本で高潔なる政治家を求めることがそもそも間違っているのかもしれないと思うことが多い。
私が当ページでも時々書く政治屋ならゾロゾロ沢山いるのだが。
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最近にあって許せん筆頭政治屋が丸山穂高・衆議院議員?。
この人物については日本国憲法をイチから勉強しなおす以前に、人としての道を修養してもらわんことs-2019-03-25_213554にはどうにもならんだろう。
次に許せん奴は未だ政治屋とは言えぬ見習いの長谷川豊・元フジテレビアナウンサー。
立命館大学卒業というこ奴の講演記録映像を見たが、日本史や部落問題についてまともに勉強したことがないようだ。知らぬは一時の恥で学べば済むことだが・・・
嘘をつくことは悪いことだと教えてもらわなかったのだろうか。
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丸山君は除名されたけど日本維新の会の議員だったし、長谷川君は公認取り消しになったが日本維新の会から参院選挙に出馬予定だったとか。
全くこうした輩が国政に携わるということはオソロシイことだし、除名だ公認取り消しだと火の粉を払い落とせばチョンでも無かろうに。
政党もしっかりせえ、と言いたいものだ。










masatukamoto at 20:57|PermalinkComments(0)

May 23, 2019

残 念

夕刻、家内が取り入れてきた新聞を見て「あっ」と声を漏らしてしまった。
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このページでも何度か書いてきた千日前の〔『德家』が幕 〕との見出しだ。
女将もいろいろと考えた末の結論なのだろう。
ハリハリ鍋は勿論、鯨のいろんな部位の刺身を頂きながらお酒を楽しんできた。
鯨料理を知ってもらいたくていろんな人を連れて行ったし、帰りがけには鯨カレーを土産に持ち帰らせもした。
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私の世代において鯨肉は手に入りやすい大衆的な食材であったのだ。s-2019-03-20_151159
乾物屋へ行けば2~3センチ厚で40センチ四方の板のようなコロが何時でも買うことが出来たし、魚屋へ行けば赤身肉の大きいブロックを買うことが出来たのだ。
今では尾の身やサエズリなど高くて高くて買うことも出来なくなってしまった。
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病いを得て7年半だから『德家』ご無沙汰も7年半になる。
『德家』のビルの前まで行くことが出来るなら2階へはエレベーターで上がれるのだが、今は未だ長く歩くことが困難なので行くのは難しい。
s-2019-05-23_193247しかも閉店が25日なのだと。
やはり残念と言う以外にない。

法善寺の土佐料理『にしむら』、バー『斛(ますめ)』。懐かしい店の名前が浮かぶ。
千日前『德家』も我が記憶のページに入れることになってしまった。
女将にも店のスタッフにも「ありがとう」の言葉を贈っておこう。


masatukamoto at 20:55|PermalinkComments(0)
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