September 2019

September 28, 2019

凄い

ラグビーワールドカップ日本大会。
本日の日本の対戦相手は世界ランク2位のアイルランド。
先日私同様ラグビー経験のある主治医 K Dr と話していた時、アイルランド戦のことも話題になった。
私はボロ負けになるのではと予想を語ったのだった。
RWCアイルランドが3トライか4トライ。日本が1トライか、ひょっとしたらノートライの一方的なゲーム展開になるのではと言っていたのだ。
ところが何と何と、結果は
19対12で日本の勝ち。
前半こそ接戦状況にあったものの後半は相手に得点させない日本の戦いぶり。
中青-3
RWC2003年オーストラリア大会(10/10~11/22)の際、現地に滞在していたこともあって日本チームの応援に行くことを考えていた。
しかし予選敗退ということで現地での応援は流れてしまったのだった。当時の日2019-09-28_214226本ラグビーのレベルはとても世界とまともに戦える状態ではなかった。(当時の選手たちには申し訳ないが)
中赤-5
その頃のことを思い出すと、現在の日本チームの実力が如何にスゴイものであるか・・・

私には『凄い』という言葉しか出てこない。

残りのゲームも悔いの無いように、ガンバレ!
波長B-1



masatukamoto at 20:30|PermalinkComments(0)

September 27, 2019

来週は?

何度も書いてきたが、これまで我が家の月下美人は嵐の襲来に合わせて蕾を付け花を咲かせることが多かった。
下は今日の我が家の月下美人。写真では5個の蕾を確認できる。
s-2019-09-27_145432
他の株の蕾を加えると8個確認出来た。
今年になって4度目、それも毎回蕾の数が多いのだ。
気象衛星『ひまわり』が送って来た写真を見るとフィリピン東方海上にある熱帯低気圧の雲の動きが気になる。
来週には台風に発達し、日本付近にやってくるような予感がする。

【追加】 今朝、家内が蕾の数を数えたところ全部で12個あったと言っていたので訂正しておく。(9月28日記)


masatukamoto at 17:06|PermalinkComments(0)

September 26, 2019

ひとまず・・・

30年近く前からだったと思うが、目の疲れからくると思われる頭痛に家内は悩まされてきた。
頭が痛む箇所は目の奥の方で夕刻より始まることが多く、睡眠を取った朝方には頭痛が治まっていたので目の疲れが原因だろうと家内は考えてきたのだった。
波長A-1
しかし同じ症状が続くために A 眼科医院で診察を受けた。
いくつかの検査の後、A 医師は眼精疲労と診断して治療のための点眼薬を家内に処方した。
これ以後、何年か通院したものの改善が感じられなかった家内は通院をやめた。
波中B-1
数年前のこと、目が乾燥しやすく目の奥の痛みを更に強く感じるようになった家内は当時評判が良かった B 眼科医院を受診したが 診断も点眼薬の処方もA 眼科と同じであった。
(点眼薬の成分が同じであったかどうかは不明)s-2019-09-26_151011
その後通院するたび B 医師に対して症状がひどくなっていることを告げてきたが、いつも眼精疲労との診立てと点眼薬の処方をしてもらうだけだった。
波中C-1
ここ数年、家内の目の奥の痛みはどんどん強くなってきているようで、この春以降テレビは観るのが2割、聴くのが8割と殆ど目をつむって
俯いている状態である。
点眼薬をさし、眼精疲労に効果ありという N 錠を服用し、温熱式アイマスクによるマッサージをするも
症状の軽減が見られない状況が続いている。
B 医師に症状がキツイと訴えても毎回同じ対応のため、とうとう他の医院を受診すると家内が決心したのだ。
波長E-1
B 医師に紹介状を書いてもらうことも考慮したが、セカンドオピニオンについては何のプラスにもならなかったどころか、かえって手遅れになった感じが強い私の例もあり、母親が受診したことのある眼科医院や薬剤師 Y や MR J を通じ関西圏の眼科医院情報を仕入れることにした。
s-2019-09-20_151141結果、高評価を集めた T 眼科医院が我が家からの通院が最も便利なので早速家内が受診してきた。
波中B-1
検査の結果、眼球に傷があることや視力が極端に落ちていることが分かり、取り敢えずそれらの治療と矯正を行いつつ様子を観察してみようということになったのだとか。
診断としては眼精疲労と B 医師の診断と変わりはなかったが、大学や研究室など縁故関係が無い医師の診断なので素直に受け止めて良いと思う。
ただ家内は眼球の奥が痛むと言っているため私は脳との関わりを気にしているのだが・・・
ひとまずは良しというところか。
波長B-1







masatukamoto at 15:10|PermalinkComments(0)

September 24, 2019

秋の彼岸

昨23日が秋分の日だった。
この日の日の出の記録をと思っていたのだが台風17号の影響で雲が広がっていたために写真撮影は諦めざるを得なかった。
今朝24日は晴れていたので撮った写真が下のもの。
s-2019-09-24_064529
秋分点を通過するのは23日16時50分(中央標準時)だった。だから上の写真は秋分点から13時間ばかりズレている。しかし秋分の日に太陽が顔を出すのは『この辺』と、素人が理解するのに問題はない。当然に春分の日も同じ辺りに日の出が見られる。
中水色-8
秋と言えば『実りの秋』『味覚の秋』『芸術の秋』『読書の秋』『スポーツの秋』など秋を愛でる言葉が沢山ある。どの言葉も私が好むものだ。とりわけ味覚や実りといった言葉は食いしん坊の私にとっては嬉しい言葉だ。
s-2019-09-14
上は家内が仲間たちとの食事会で供された料理(先付)で私のもとに送信してきたものだ。
写真では分かりにくいが芋類や枝豆が盛られているようだ。
十五夜の芋名月、十三夜の栗名月や豆名月などと、秋は将に『収穫の秋』なのだ。
s-2019-09-24_085853料理を盛った籠に懐紙で束ねた秋の草花が添えられていて見た目は風情が感じられて良い。
秋の七草のひとつ、ススキ。
諺『蓼喰う虫も好き好き』のタデ。タデの葉をすり潰して酢と合わせた緑色のタデ酢が塩焼きの鮎に添えられることで知っている。花は小さく赤色で穂状についている。
サワギキョウは青紫色の花が爽やかだ。
いずれも花の時期は秋だが、近頃はススキもタデも余り見かけないようになったと家内と先日話していたところだ。
中青-3
毎年秋の彼岸になると花を咲かせるヒガンバナ(彼岸花・曼珠沙華)も近頃は見なくなった。
s-2019-09-24_172947ヒガンバナやキョウチクトウなどは有毒植物として知られているが、サワギキョウも有毒(ロペリン / アルカロイド )植物である。経口毒量や毒性について詳しくは知らないが安易に口に入れないよう注意はしてきた。
お造りのツマの如く彩として料理と共に器に盛られていたわけではないが、君子危うきに近寄らずの格言もある。料理を提供する側も、提供された料理を頂く側も心すべきことかと思う。













masatukamoto at 17:30|PermalinkComments(0)

September 20, 2019

どっちだったか・・・〔5〕【完】

さて、そもそも『姥捨て』だったか『姨捨て』だったか、狂言『楢山節考』を観て一体どっちだったのかということに拘り、記憶を辿りつつ巡らした想いの一部を綴ってきたのだった。
高校生の古文学習の折、『今昔物語集』に『姨捨(夷母捨)山』の記述を見つけたが全く関心もなく素通s-2019-08-26_093857りしてきたと書いた。
しかし此の度の〔『姥』『姨』どっち?〕という私の疑問解決のため久し振りに『今昔物語集』を開いたのだ。
これは新日本古典文学大系 五(岩波書店)だが、30年ほど以前私のもとに出入りしていた書店の勧めもあって、「暇が出来たら読もう。」と順次納入してもらったもので100巻にのぼる。記紀や万葉集などは何s-2019-09-18_152448度も開いてきたが未だに興味が湧かずに書斎で眠ったままのものもある。もう一度読みたいとか何か疑問が生じた際に確かめるために書架から取り出すのだ。
今回『今昔物語集』で確かめたところ『信濃国夷母〔棄〕捨山』と記されている通り『姨』であった。
「今は昔」と語り始めるのが特徴の『今昔物語集』の話は佛教に関係する話も多いが日本における世俗話もあり、結構面白く読み進めることができるのだ。
仮に疑問を感じることがあっても脚注を見ることで大概のことは解決する。
s-2019091813070001今回この『信濃国夷母〔棄〕捨山』の脚注を初めて読んだが、左の写真に示したように『第九話』の出典は不詳ながら大和物語・156段が源泉であろうとの記述があった。
つまり『信濃国夷母〔棄〕捨山』のご先祖様は大和物語の
156段であろうと推量しているのだ。
そこでご先祖様の記述がどうなっているのか調べることにしたのだが、私の蔵書に大和物語は無かった。
終活とやらのため既に書籍の処分を進めている一方で新たに本を仕入れるというのもオカシイ話ではある。三途の川の賽の河原で一所懸命に石を積み上げたと思ったら極卒の鬼にブチ壊される。断捨離を試みつつ他方では買い入れ抱え込むという矛盾。
いつまでも際限なく続く様子をついつい思い浮かべてしまったが、しかしながら私の疑問を手っ取り早s-2019-08-26_092124く解決するためには大和物語を手に入れなければならない。
そこで高校の古典の参考書みたいなもので伊勢も大和も全てが収録されているわけではないが、私が必要とした大和物語156段の記述を確かめることが出来さえすれば良いので写真の本を買い入れたのだ。
伊勢物語は何度も読んでおり、一段の初冠は特に印象深い話だ。
学んだ時期が高校時代で元服の年齢と近かったことと、小倉百人一首の『陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに〔河原左大臣〕』に関わる話だからだ。
s-2019-09-18_150449またまた脇道へ反れてしまったが、大和物語の156段は写真の通りテーマは『姨捨山の月』と『姨』であった。
本文冒頭に『信濃の国に更科といふ所に、男すみけり。若き時に親は死にければ、をばなむ親のごとくに、若くよりあひ添ひてあるに、・・・』と、男が若い時に親が亡くなったので叔母 (伯母)が親のようにそばにいてと記している。
(中略)この男、高い山の峰の下りては来れないところに『姨』を置いて逃げ帰ってきた。その山の上に出た明るい月を見ていると、悲しくて夜通し眠ることも出来ずに歌を詠んだ。
『わが心なぐさめかねつ更科やをばすて山に照る月を見て』
そしてこの男、再び山へ行って『をば』を連れて帰って来た。以後この山のことを『をばすて山(姨捨山)』と呼ぶようになったというのが156段の要旨である。
中青-3
『をば』は『姨』であり『叔母 (伯母)』だ。
『姨捨』の記述は能楽の『姨捨』のほか、古今和歌集でも
『更科や昔の月の光かはただ秋風ぞ姥捨の山』(藤原定家)
『君が行く処ときけば月見つつ姨捨山ぞ恋しかるべき』(紀貫之)などがある。
伊勢物語と直接関係は無いが、新古今和歌集(1257)に伊勢の歌も載っていた。
『更科やをばすて山のありあけのつきずもものを思ふ比かな』(伊勢)
中赤-5
以上のように古典に表された『姥』『姨』について調べてきたのだが、『姥』については見つけることs-2019-09-20_150913が出来なかった。『姥』と『姨』は意味が異なる。それを理解した上で『姥捨』と『姨捨』を行為上同じことと理解してきた私の思いを改めるつもりはない。もっと広範囲に深く調べれば違いが出てくるのかもしれない。しかしゴルフでもグリーン上でオーケーボールとカップインを認めるように、まあ門外漢の私のことだからこの程度で良しとしておこう。
     【完】



masatukamoto at 21:26|PermalinkComments(0)
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