February 2021

February 27, 2021

コロナ禍 マスク(1)

コロナ禍でマスクは手放せない必需品である。ウィルスを他の人にうつさない為にも自身がうつらない為にもだ。勿論100%抑制防御できるわけではない。ウィルスの大きさが 0.1 マイクロメートルに対して一般のマスクの目が 10 マイクロメートルなのだから完全にとは言えないが、マスク着用によりウィs-2021-01-31_114749ルスの伝播抑制防御に効果があることも科学実験において確かめられているのだ。
だからマスク着用で息苦しくなるのが大嫌いな私でも他の人と話す場合にはマスクを着用している。
あかいろ短い
日本での新型コロナ感染症(covid-19)の拡大が欧米と比べて軽くすんでいる理由のひとつにマスクの着用が挙げられている。昨年、新型コロナ感染症が中国・武漢から拡大し始めた頃(12~1月初め頃)にはあまり評価されなかったマスクだが、日本人のマスク着用や手洗いの習慣など欧米人との文化の差異が感染症拡大抑制に作用しているとの指摘もあり、WHOも含め欧米人のマスク着用が広まったように私には感じられた。
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確か 2009年だった。新型インフルエンザ(A型H1N1)が流行していた時にマスクを何枚もラッゲージに入れ、家内と共にスペイン、ポルトガルを旅行したのだ。ところがマドリード、バレンシア、レオンと旅を続けていてもマスクをしている人に出会うことはなかった。人ごみの中でマスクをしているのは家内だけ。私は息苦しさが嫌なのでマスクをすることは殆どなかった。
かき色短い
欧米人はマスクをする習慣が無いと昨年改めて知ることとなったが、マスクは外来語であり、一体いつごろから日本で使われるようになったのか疑問のシグナルが私の頭の隅で点灯し始めたのだ。s-2021-01-31_114855
マスクについては当ブログ『韓国行 11 安東・河回村…1』に書いているが、仮面という意味合いでマスクという言葉を使っていた。
日本語では外来語のマスクと顔に付ける面の仮面、或いは顔を部分的に覆うような覆面といった言葉をかなり明瞭に区別して使っている。(ように私は思っている。)
《つづく》



masatukamoto at 16:06|PermalinkComments(0)

February 25, 2021

コロナ禍に思う

新型コロナ感染症の感染者数が全国的に少なくなってきている状況は嬉しく喜ばしいことだ。
目に見えぬウィルスが相手だけに国民の生命と健康を守る日本政府としても対策に苦慮してきたことは十s-2021-01-31_114641分に理解できる。しかしダイアモンドプリンセス号乗船客の発症が確認されて以来ほぼ1年1ヶ月になる現在まで様々な反省材料と同時に今後に備えるための沢山の学習ができたことは大変に有難いことと思わねばならない。
多くの犠牲者を出して得られた宝物と解すべきことだ。
医療従事者の待遇や確保と養成。医療施設の充実と確保。ワクチン製造も含め感染症治癒のための薬剤製造と研究開発など、とても挙げきれないほどの宝の山だ。
大事なことは新型コロナ感染症(covid-19)が下火になっても、それで安堵するのs-2021-01-31_114507ではなく、頂いた宝物のひとつひとつを真に輝く宝とすべく政府は次に備えての施策を今すぐに講じ始めねばならないということだ。
これを行うことこそが国民の生命と健康を守る政府・政治家の責務だと私は確信する。
ボーイスカウトは『備えよ常に』を信条にしている。
『 Be prepared』だ。
学び、実践してほしいものだ。


masatukamoto at 20:15|PermalinkComments(0)

国会をめぐって

はっきり言って『ウソばっかり』というのが印象だ。
s-2021-02-14_210742ウソつきでないと国会議員にも高級官僚にもなれないような。
まったく情けないことで腹立たしく思うばかりだ。
ムカつく。
ふざけるな!



masatukamoto at 18:04|PermalinkComments(0)

February 23, 2021

陽がまた

『日はまた昇る(the Sun Also Rises)』はヘミングウェイの小説の題名だ。
言葉は似ているが小説の内容と関係はない。
私が言いたいのは、日の出をまた見ることが出来るようになったということだ。
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雨水(2月18日)は雪が雨に変わる頃を言う。今年の立春は
2月3日だったが、雨水を過ぎていよいよ春の陽射しを感じ始める頃になったということだ。
啓蟄が3月5日。虫たちに負けぬよう私もしっかり体を動かすように努めよう。


masatukamoto at 17:50|PermalinkComments(0)

クーデター⇔カクメイ⇔ドクサイ

クーデター⇔カクメイ⇔ドクサイとは勿論のこと政変⇔革命⇔独裁のことだ。
いずれも物騒で忌むべき事態だ。
クーデターは広く政変と訳されている言葉だが、政変という言葉は政権の移動によって政治体制に変化s-2021-01-31_113858が生じることを意味している。政権を移すという意味では、その手段としては合法で民主的なものから非合法で非民主的なものまで幅広いものと考える。しかし過去に起きた政変でクーデターと呼ばれている事態には無血クーデターとか軍事クーデターなどと称されているものがあるが、私の感覚として多くの場合は武力を用いた流血事件がクーデターを表す意味として妥当だと捉えている。
空色短い
いずれの言葉も物騒で何をクーデターだ革命だ独裁だと決める(認定する)のか、これは難しいことだ。これらの事件は起きる前と起きて以後の社会の様子、実行者・賛同者らが目的とした事、彼らの構成具合や規模など様々な事柄を勘案して決められることだ。そして後の社会体制s-2021-02-14_210910や権力の在りかなどによって評価が変わり定説が覆ることもある。
紺色短い
クーデターや革命といった言葉に近い状況を表す言葉に動乱、事変、反乱、暴動、擾乱、謀反、大逆、改革、騒乱、テロなどが思い浮かぶ。これらの言葉は対象となる権力(者)が何(者)かによって、また事件を見る立場によって呼び名が変わるものなのだ。
日本の近(現)代史では伊藤博文をハルピンで暗殺した安重根(アン・ジュングン)も一例だ。彼は殺人を犯したテロリストだが、韓国では日本に対する独立運動の義士として称えられており、立場(観点)が異なれば評価が変わるものだ。国家観や歴史観などの変化は満州事変、支那事変、日支事変、日s-2021-01-31_114036華事変、日中戦争などと名称が変わってきた。また、私が子供の頃に見たニュース映画や新聞では朝鮮動乱やスエズ動乱と報じていたのが外国軍隊の介入事実から朝鮮戦争やスエズ戦争、更に中東戦争へと名称が変わってきている。
だいだい短い
先2月1日のことミャンマーで国軍によるクーデターが起き、アウンサン・スー・チー国家顧問やウィン・ミン大統領らが軟禁されたとの報道があった。
この事変に関し、世界のメディアがクーデターと報じた。国軍が軍事力によって政変を行ったのだ。そして今、軍部独裁体制のもと軍隊・警察を指揮下に置き、通信制限を行う中、それに抗議する民衆に対s-2021-01-31_114331して警察が実弾銃撃するという将に忌むべき行為によって死者が3人出ていることを耳にしている。
これは流血のクーデターと言って良い政変だと私は断じる。
バックにはミャンマー国軍幹部と中国との密な繋がりが指摘されてもいる。
みどり短い
国連人権理事会はアウンサン・スー・チー国家顧問らの即時解放を求める決議を採択したが、中国やロシアは決議に加わらなかった(2/13)とか。
2021-02-20_100006香港(人)やウィグル(人)らに対して人権に関わる様々な不当不法な行為を行っている中国。そればかりかミャンマーとはパイプラインを通して天然ガスと原油を輸入している中国だ。そんな中国がミャンマーの背後にいることを思い、ずっと暗澹とした気持ちでいた。
むらさき短い
ただ昨22日、軍部クーデターに抗議するデモに数百万の人々が参加したとの報道を受け、多くのミャンマー民衆の行動が暗闇を照らす一筋の光明と私には思えた。


masatukamoto at 15:10|PermalinkComments(0)
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