January 05, 2007

フランクフルト ?

フランクフルトを東欧旅行の基点にした理由の一つは以上に記載したライン川クルーズに家内を連れて行くことでした。

二つ目には、今回訪問する予定地であったオーストリアポーランドチェコの国々と関西国際空港との間に直行便が無かったことです。

当初、サッカー・ワールドカップ開催期日とかぶるため、混雑が予想されるルフトハンザ航空ではなくオーストリア航空でと考えていたのですが、関空・ウィーン直行便が成田発着だけになったものですから、オーストリアに入国するのに最も便利と思われるフランクフルト経由ザルツブルクへのルフトハンザ便にしたのです。

その他の航空会社もあったのですが、若い頃ならともかく、8時間や10時間もの飛行時間は苦痛ですし、更に乗り換えて1時間以上の飛行はキツイものですから・・・。

それにスターアライアンスのマイレージが随分貯まっていましたし・・・。

今ひとつ、つまり三つ目の理由は、訪れてみたかったドイツの町ハイデルベルクフランクフルトから近いということだったのです。

ハイデルベルクは大学の町とも呼ばれ、戦災にも遭わずに古い街並みが残っているということです。

ハイデルベルク大学で教え、学んだ学究の徒にはノーベル賞を受賞した人たちが多くいますし、私が書籍を通じて学んだ人たちもいます。

哲学ではヘーゲルヴィンデルバントクノー・フィッシャーフォイエルバッハ、精神病理学のカール・ヤスペルスや社会学のマックス・ヴェーバー、化学のローベルト・ブンゼンなどがいます。

彼らが、どのような環境のもとで研究していたのか、自分の目で確かめるべく訪れてみたいというのが三つ目の理由でした。

しかし、ライン川クルーズからホテルに帰ると、家内は又もや咳き込み始め、熱が出てきました。

日本食と果物を食べたいと言うのですが、ホテルに和食レストランはありませんので、メッセハウプトヴァッヘあたりの日本食レストランまで行かねばなりません。

しかし、体調が悪いのに外へ連れて行くことは良くないし、日曜だったものですから何軒かの和食レストランが閉まっていたので私一人で持ち帰れるものを探しに出かけました。

時刻も遅くなっており、有名ブランドショップが並ぶゲーテ通りも店は閉じられ歩く人もまばらな中、裏通りで小さな1軒の寿司屋を見つけました。

職人・実は主ですが、その若い日本人男性に事情を話したところ、味噌汁の持ち帰りは無いけれどと言いながらインスタントの味噌汁と紙コップを用意してくれました。

この味噌汁とキュウリ巻きを作ってもらい、帰る途中の露店でトマトとイチゴを買ってホテルに戻りました。

普段から少食の家内ですが、それぞれを少しずつ食べ、味噌汁を飲み干しましたので、朝になれば回復してくれるかと願っておりました。

家内が元気なら、マイン川を越えたザクセンハウゼン地区リンゴ酒でも飲んでツム・グラウエン・ボックでドイツ料理でも食べようかと思っていたのですが、残念でした。

ちなみに、このレストランは15世紀に建てられたドイツの歴史的建造物で創業約100年。ソーセージは全て自家製でウマイらしいのです。

仕方なくホテル前の屋台でリンゴ酒を。

ソーダで割ったリンゴ酒は酸味がきつく、サッパリはするものの、一人で飲むのは一層淋しい思いに駆られます。

炭酸ですから胃ばかりが膨れ上がって・・・

ツマランからホテルのバーへ行ってスコッチをダブル・フィンガーでチビリチビリ。

ところが、ひとり者は私一人。

皆さん、素敵な女性を伴って・・・ムムム

こんな時は美味しいものを食べて満腹感に浸るべしとレストランへ移動。

食事時間がズレていたのか席はガラガラ。

300グラムのビーフステーキをオーダーして不味いパンを食べていると、昨夜スープを頼んだ時の可愛い女性マネージャーがやってきて奥さんの具合はどうかと尋ねてくれました。

調子が悪くてなどと話していたのですが、ウェイターが料理を運んできて、私が料理を食べ始めても話し相手を続けてくれました。

他に客がいなかったからなのでしょうが、それとも余程私がツマラン淋しそうな顔をしていたからなのでしょうか、真実のところは分かりませんが、私にとっては美味しい食事となりました。


at 11:39│
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