January 15, 2007

小正月を迎えて

前回、年の初めを寿ぎ、皆さん方とともに新年を迎えることができた喜びを言葉にしてみました。

事実、今年も又、若い方達が沢山我が家へお越し下さり、新年の宴を催しました。

私は、彼らのことを息子・娘と思い接していますので、彼らの子どもは私の孫ということになります。

今年は、昨年誕生した孫が3人新たに加わり、ジイジイとしては一層嬉しい正月となりました。

しかしながら、今日1月15日。

1926年の今日、悪名高き『治安維持法』が学生社会科学連合会弾圧のために初めて適用されました。

京都の大学を中心に学生運動、労働者運動に関わりを持つとされた大学教官や学生多数を検束。
司法省・検事局・全国警察が一体となり、国家権力を傘に着て報道の差し止めを行い、民主運動の弾圧にかかったのです。

その時の文部大臣・岡田良平は全国における社会科学研究を禁止するというメチャクチャなことを行いました。

これ以後、国家権力は弾圧を強化し、社会・共産主義者の検挙・拘束を繰り返し、警察での拷問は当たり前で、虐殺行為まで行ってきました。

その結果、モノ言えぬ社会風潮が広まり、やがて大政翼賛会という一国一党の考えをもとに国民全てを戦争の泥沼に引きずり込むという暗い歴史を我が国は辿ってきました。

ところで、昨年末より教育基本法の改正、防衛庁の防衛省への昇格が自民、公明、民主の各政党の賛成により国会で可決・成立しました。

イジメと、それに関連した児童・生徒の自殺、大学進学に関連しての高校における世界史未履修、教員の適性にかかる諸々の問題など、マスコミはこぞって教育界に問題があると、教育基本法改正への援護射撃を行っているかのように私の目には映りました。

同様に、国籍不明船の国境侵犯、北朝鮮の日本人拉致、北朝鮮のミサイル発射、北朝鮮の核実験、韓国や中国との国境線引きなどの問題は日本の主権を侵害されたものとして、国民に対して不安と同時にナショナリズムを喚起させるものでもあります。

それらは、日本の防衛は現状で良いのかといった防衛論議を巻き起こさせ、日本の国の根幹である憲法を改正するという論議までも、何に躊躇することもなく行わせるという背景になっています。

これまでタブーとされてきた憲法改正論議。

それをタブーでは無く、まな板の上に平気で載せるような状況を作り上げてきました。

論議することが悪いのではなく、何ゆえにタブーとされてきたのか、そのことをしっかりと見据えてかからねばならないと思うのですが、アメリカが押し付けた憲法だからだとか、軍隊を持たぬ国は世界に無いからとか、危機感ばかりを強調して9条を変えるなどと、私には小手先で弄んでいるようにしか見えないのです。


日本国憲法は、日本の国と国民の在り方を示し、日本と世界の国々の進むべき方向を指し示す原典であると私は考えています。

非道な侵略を行い、馬鹿げた戦争に国民全体を駆り出し、その結果、国土は焦土と化し、死ぬ必要も無かった多くの国民の犠牲を出してきたことに対して、それらの反省の上に立って、戦力を保持しない、国と国の交戦権を認めないという世界に比類なき、世界に誇れる憲法を制定してきたのです。

平和』。
これは世界中の人々が等しく求めるものです。

平和を希求するために、世界の国々と手をたずさえて進むための日本独自の憲法があって良いではないですか。

それゆえに、現憲法の改正論議はタブーとされてきているのです。

近年、行政府にしろ立法府にしろ、しかも司法も含めた日本国の舵取り役たちが進める日本の国の将来に対して、不安と恐れを抱いているのは私だけでしょうか。

年の初めに、国の未来を担う息子や娘たち、そして孫たちに安心して暮らせる平和な国を譲り渡すことが出来るのだろうかといった思いを抱いた正月の宴でもありました。


at 08:22│
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