February 20, 2007

広島に戻ることに・・・・・

『鹿島』に関わって随分のページを使ってしまった。

人間の記憶というのはオモシロイものだ。

沢山蓄積された記憶という過去の出来事は突然に何の前触れもなく思い起こされるものではない。

a flash of inspirationとか、a spark of geniusといったように言われることがあるが、私は残念ながら神の啓示を受けたこともなければ、エジソンでもアインシュタインでもないので、ポッと電球の明かりが燈るように何かが思い浮かんだという体験をしたことがない。

科学の分野では、物事を論理的、実証的、且つ体系的に考えることを要求されるため、因果を明らかにすることは科学的見方のイロハと言える。

『火の無い所に煙は立たぬ』という俚諺は、実に言いえて妙である。

つまり、人生の道程に於ける或る時点の記憶が甦るには、甦るための外部的、或いは内部的な刺激が必要である。

この刺激は受容器から求心性神経を経て大脳の中枢神経系の作用を呼び起こし、それが遠心性神経を経て効果器でもって反応(行動)する。

これは行動が生起する場合の生理的基礎である。

七面倒臭い書き方をしたが、躓いたという刺激が足先や体全体の神経を通じて脳に送られ、その事象に対応すべき指示が足先や体全体に伝達されることによって、体の各器官が行動を起こすのである。

しかし、この行動は生得的なものと習得的なもの、つまり生まれつきに持っているものと、後に経験したり学んだことにより得ることのできた行動がある。

つまり、躓いた時に為すがままになっているか、瞬時に躓かなかった方の足を出して直立するという状態を維持するように行動するか、或いは両手を前方に出すという行動を取るかといったようなことである。

行動科学では、行動のメカニズムとして要求needsと動因drive(動機motive)或いは誘因incentiveがあると見る。

大脳生理学や心理学の研究が進み、脳の思考回路や箇所、刺激と行動形態など、脳と脳の働き、また、それに随伴する行動パターンに関して相当解明されてきてはいるものの、記憶に関わって細部については未だ明らかにはされていない。

記憶というのは、記銘、保持、再生、再認という4つの過程で構成されるもので、知る、保つ、思い出す、そして、以前のものと同一と認める、この4つの働きを統合した言葉であるが、記憶もまた行動のメカニズムと同様の伝達過程を踏むものと考えられている。

つまり、突然に或る記憶の時点に照準が合って、その記憶の地点にある事象が想起されるのではなく、想起させる要求や誘因があって記憶が甦るのである。

今回の場合、リーガロイヤル広島という誘因項目があり、それは呉市という関連項目に広がり、それは更に『鹿島』という項目に広がると同時に時系列的な記憶の想起へと発展していったのである。

風が吹けば桶屋が儲かる式に、保持されていた記憶が連鎖的に再生されてきたことによって『鹿島』に関わる記述が増えてしまったわけであり、これは実に愉快なことである。

科学についてはこれくらいにして、広島の項に戻ることにしよう。



at 08:20│
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