October 06, 2007

期待と安堵 ・ 気持ち良い酔い

気持ちヨイヨイ。

なーんて“音頭とり”をしてるわけではない。

法善寺の『に志むら』でウマイもんを食べ、ウマイ酒を飲み、涼やかな秋の風を受けながら久し振りに道頓堀を越えて宗右衛門町へ。

しかし、宗右衛門町は歩かずに越えるだけ。好みの問題である。

久し振りに『本二鶴』の前を通ると主人が調理場で仕事をしている姿が目に入ったが、お嬢さんの姿が見えず、と、若い男が売り場に出てきた。

おやっ、息子はんやないかと店へ。

どないしたんや戻ってきたんかいな。」
ハイ10年の年季を終えましたんで・・・

この息子、高麗橋の某有名料亭での修行を終えて帰ってきたと。 

親父さんの跡を継ぐのかどうかは知らないが、高麗橋の料亭はそこらの割烹での修行とは異なるのである。

亡くなった先代・高麗橋の主人は好事家の茶人であり、博物館を建てて自らの収集品を収蔵・展示するほどの文化人でもあり、茶懐石を基本に据えた“もてなし”を行う料亭を経営していた。

現在は長男が継いでいるのか先代の女将が取り仕切っているのか知らない。 

随分昔に貿易関係の仕事をしていた叔父のお供をして何度か行ったことがあったが、自分達が行ける店ではないというのが当時の感想である。

つまり、茶の湯どころか、花、軸、器などの基本的なことが全く分からず、侘び寂びといったことを知識として知ってはいても内実を伴わない若い時期には理解することが困難な店なのである。

国賓を接待できるほどに文化度の高い料亭であり、美術館や博物館で保存・展示するような代物が惜しげもなく部屋に置かれ、食器としても用いられているのである。 

今なら或る程度は理解出来るという年齢になってはきたものの、この料亭で飲食と風雅を楽しむ経済的余裕は今もって無い。それに、多分今でも“一見お断り”の方針は変えていないのではないかと推測するので私が座敷に上がるのは無理であろう。

ともあれ、包丁の修行だけではなく、幅広く文化一般についての修行をも一応終えてきた『本二鶴』の息子はんの出発に期待したいものだ。

この『本二鶴』は寿司屋さんなのだが、この店で勧めたいのは“茶巾寿司”である。

冷たいままでも美味しいが、持ち帰って蒸すか電子レンジで温めて頂くのも美味しいのである。

こうして『に志むら』の“土佐寿司”と『本二鶴』の“茶巾寿司を土産に持ち帰り、Y君とHさんの夕飯に供することとした。

本日、Y君とご両親がHさんと共にHさんの実家のある九州へ出向くとか。

Hさんのご両親に結婚式の打ち合わせを含めてご挨拶に行くらしい。

どうやらココまで漕ぎ着けたと、喜びも含めて安堵の気持ちイッパイである。

Y君とHさんの将来についての期待もある。

僅かな時間に、美味しいもの、ウマイ酒、それに安堵と期待という素晴らしい気持ちを持つことまで与えて頂いたことに感謝である。

                     



at 12:07│
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