March 28, 2008

東京から横浜へ・中華街

少し雨が降っていたが、久し振りに横浜まで出ることにした。

東京駅からJRで横浜まで行ったが、こんなに距離があったかと思うほどで昔の記憶など飛んでしまっていた。

家内は6年ほど前に鎌倉、横浜と観光に来ているのだが、私の場合は・・・

横浜国大での会合に出た時だから30年ほど昔になるのだろうか。

先日は横浜駅『みなみ西口』だったろうか、工事中でよく分からないままに西口方向の地上へ出たものの駅前風景に記憶は無かった。

私が昔訪れた時、駅前では天理ビルが大きい目印となっていたのだが、沢山のビルが建ち並んでいて暫く見つけることが出来ず、浦島太郎の状態であった。

止む無く観光案内所へ行って観光地図を入手。

ところが地下鉄が出来ていることも知らなかったのである。

全くの‘お上りさん’である。

駅周辺をウロウロし、地下鉄で関内へ出て横浜市役所から横浜スタジアムの横を通って中華街へ。

随分遠いなあと感じたが、以前来た時には山下公園の直ぐ前にある横浜グランドだかニューグランドだかのホテルに泊まっていたので中華街も直ぐの所だったのである。
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少し遠回りをしたようだが、みなと総合高校の角にある『延平門』(上の写真)をくぐって、『善隣門』から中華街通りへ入っていった。
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中華街も以前に比べたら綺麗になり、商店の数も増えたのではないだろうかと思った。

日本では横浜、神戸、長崎の中華街が知られているが、この順番は中華街の規模の順でも言えるようだ。

もっとも神戸は『南京町』と呼んでいるが・・・

下は『聘珍樓』(へいちんろう)横浜本店。
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この店も建て変わっている。

以前も大きい店ではあったが、違う店のようだった。

1887年(明治20年)の創業で今年120年目を迎えるらしい。

高級レストランであり、以前は私に用の無い店で連れてきてもらったのだが、今回は家内を連れての入店となった。

普段はあまり中華料理店に入ることは無い。

中華料理の場合、単菜で取ると一皿に3~4人前盛られてくるため一人の場合は敬遠し、4~5人以上の場合に利用することにしてきた。

しかし、ランチタイムには1品の量を少なくしたコースメニューがあったり、飲茶のコースがあったりするので、たまにではあるが利用することもある。

レストランには入口に必ずメニューがあるので、品物と値段をしっかり見てから店に入るかどうか決めれば良いのであるが、今回は当初より中華街(聘珍樓)でお昼を食べようと東京を出てきたので迷うほどのこともなく入店。
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ランチコースでも良かったのだが、少食の家内ゆえ、自分のお腹の具合で何時でもストップでき、しかも好みの素材を用いたものを注文できることから飲茶で単菜で取ることにした。

蒸し物、揚げ物、炒め物、煮物といろいろあるので楽しいものである。

上の写真は、蒸し物を食べ、デッカイ、プリプリの海老の揚げ物を注文した時だったか・・・勿論、私はサッポロビール。
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上はアワビの蒸し物だったかな? なかなか美味しいものであった。

下の蒸篭は小龍包(シャオロンパオ)だったか、小龍包と言えば台北に本店がある鼎泰豊(ティンタイフォン)のが肉汁がジュワっと出て美味しいが、聘珍樓の包子の蒸し物は全体的に汁気が少ないように感じた。
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幾つもの種類(大概2つずつ)を注文したので覚えてはおれない。

叉焼(チャーシュー)、青菜の炒め物、東坡肉(トンポーロ)などなど。

どれも美味しいものだから、ついつい・・・お腹が満腹を通り越してしまったようで、食後も暫く動けなかったくらいである。

そんなこんなで、しかも外は雨。

お天気が回復するなら外国人墓地、港の見える丘公園から山下公園へ歩くつもりだったが、タクシーで『みなとみらい』も含め、グルッと巡ってもらった。

以前に無かった陸地が出現し、そこに高層ビルディングがボコボコ建っているのだから時代の変化というものはスゴイと実感。

タクシーの運ちゃん曰く、若い人たちのデートコースも変わってきたと。

昔は、外国人墓地、港の見える丘公園から山下公園だったのが、最近は『みなとみらい』あたりが多いそうな。

しかも『♪赤い靴はいてた女の子、異人さんに連れられて行っちゃった』なーんて歌を知ってる若い子はいないんじゃないかって。

私も、いよいよ年寄りの仲間入りなんだろうか。



at 06:33│
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