April 18, 2008

裁判官にもマトモな者がいた

裁判官にもマトモな者がいたということを知って少しばかり安堵の気持ちを抱いた。

しかし、少しばかりの安堵と書いているように、大海で指輪を探し当てたようなもので、非常に稀有な出来事であるが故に安堵の気持ちが大きく、本来ならば至極当然のことが当然とは言い得ないツマラン判決を出す裁判官が余りにも多かったために一つの判決が輝きを見せたというだけのことであった。

2003年3月、アメリカはイラクが大量破壊兵器(核兵器・生物兵器)を保有するからとか国連の無条件査察を受け入れないからなどを理由に一方的に戦争を開始した。

このアメリカ軍などのイラク侵攻に関し、小泉元首相は、「アメリカの武力行使を理解し、支持する」と発言し、翌年1月には陸上自衛隊を派遣、3月には航空自衛隊をイラクに派遣して輸送支援行動を開始させている。

今回の名古屋高裁での判決は自衛隊イラク派遣の違憲確認と派遣差し止めを求める控訴審に対するものであり、自衛隊のイラク派遣は政府が何が何でも自衛隊をイラクへ派遣するためにと立法化したイラク特措法にも違反するし、憲法9条の武力行使を放棄する主旨にも違反すると、イラクへの自衛隊の派遣が憲法違反であることを明確にしたものである。

政府がなり振り構わずアメリカ追随の恭順姿勢で戦争協力を行おうとしていたことは、当時のイラク自衛隊派遣についての国会審議でも分かる。

自衛隊を派遣することが憲法違反であることは既に指摘されており、自衛隊の派遣先が戦場であるかどうかについて小泉元首相は「どこが非戦闘地域で、どこが戦闘地域なのか、私に聞かれたって分かるわけがない」と、自衛隊派遣を決定する自衛隊の最高指揮官である日本の総理大臣として非常に無責任極まりない発言をしていたのである。

将に詭弁を弄する狂人的総理大臣を頭としていた国民の一人として嘆かわしい思いを抱いたものであった。

内閣行政府は法律に基づき、法律に規制されての行政を行い、その法律を作る立法権が立法府である国会にあることは国民全てが承知しているはずのことである。

その国会で作られる法律が日本国憲法に照らして事実・条理に違背していないかどうかを見極め判断するのが司法府たる裁判所なのだが、この裁判所での審理を担当する重大な責任を付託されているのが裁判官であることも国民全てが知っていなければならないことなのである。

そうした重要、かつ責任の重い裁判官であるが故に、彼らの自主性を最大限に保証し、行政府からも立法府からも独立した権限・司法としての権限を与え憲法や法律だけにしか拘束されない立場として認め尊重し、国家公務員として身分保障されることを国民が承諾しているのである。       【三権分立の基本原理】

憲法と法律に準拠し、社会状況を極力偏ることの無いよう直視し、不偏不党の立場から真実を見極め良心に従った判決を下すのが裁判官としては当然の責務である。

しかるに、過去の裁判判例史上、ロクなものが無い。
私の主観であるために偏りがあることは認めるが、再審請求棄却判事、有罪判事、行政迎合判事、憲法判断忌避判事と、つまり、ええ加減な裁判官が多過ぎるのである。

裁判官も階級社会に生きる人間であるから下級裁判所の判事よりも上級裁判所の判事となることを望むのであろう。

日本には上下(かみしも)意識というものが国民の価値判断基準の底流にあるものだから、司法修習を終えた判事補や、その他法曹界の人物を最高裁判所が指名して内閣が任命するというシステムの中で、我が身可愛い、上から良く見られたい、だから穏健で迎合的な判決を下す、つまり極端に言えば憲法にも法律にも一応触れているように見せかけて、最終的には自己保身の結論ありきの公平・公正さを欠いた偏った、或いは玉虫色の判決を下すという流れを生み出して来ているのである。と、私には見えるのである。

言い過ぎかもしれないとは思うものの、こうした判決を下す裁判官が実に多いと私自身は感じてきたが、ここ10数年、そうした裁判官が益々増えているように感じている。

おざなりで、お茶を濁すような訴訟指揮に判決。

後は上級裁判所に、そっくり丸投げ。

そして丸投げされた最高裁判所が国会や内閣に遠慮し、独立した司法権の行使を忌避。

こうした司法の態度が法曹界全体を堕落させていると言われても仕方がないのが現状ではあるまいか。

メンツを重んじ、ファッショで点数稼ぎの検察官しかり。

違憲の判断が出されても、その意を尊重する態度を見せない福田首相。

右翼の威圧行動に恐れを為して日教組との会場使用契約を直前にキャンセルした高輪プリンスホテルは違法判決を受けながらも判決に従わなかった。


判決に従わなかった高輪プリンスホテルに対して港区役所は口頭処分という軽い軽い行政指導だけ。

法曹界全てがオカシイのと違うのだろうか。

そう言えば弁護士で知事をしとるのが涙を流したとか・・・

これは『きかん坊』のひとつの姿。

専制的で人に譲ることを知らず、負けん気の強い気性の激しさを良く表している。

役者ならば大したもの。同情でも集めるつもりなのかどうかは知らんが、自ら首長に立候補して、エエ歳して誠にツマラン醜態と言うべき。


at 16:26│
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