July 29, 2008

やっと終わった研究集会

10年前に退官した恩師もいつのまにか傘寿を越えられ、今や杖が必要になるほど足腰の弱りが目立ち始めてきた。
しかし、老化現象が見えるのは階段などの昇降運動の面だけ。

頭は冴え、口も達者。

恩師は矢田部達郎氏に師事、園原太郎氏は当時助教授、三高時代の校長が佐藤幸治氏。私にとっては書籍上の先生達である。

恩師とは唯一共通の先生がいる。

今は亡き西洋哲学の田中美知太郎先生であるが、私が講義を受けた頃はフサフサとした見事な白髪(銀髪)であった。
哲学では山内得立先生の講義も受けたが、先生は田中先生とは逆で綺麗にツルっと禿げていたことを思い出した。

髪の毛の色合いやシミなどは誰でも齢を重ねれば現れるもので、若い者でも白髪になったりシミ・ソバカスの多い者もいる。

かく言う私など恩師より遥かに頭髪が少ない、と言うより山内先生と同じようなものである。

私は、恩師が現職時代より開設されている研究所の仕事に関わってきたが、退官を機にひとつの研究会を恩師が主宰されることになり、その事務局を私が担ってかれこれ10年になる。
下は研究会のスナップより

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この研究会は研究対象の幅が広く、それだけに会員の年齢幅も職域も広く、保育士、幼、小、中、高、大学の教員、府県市町村の公務員、一般企業の会社員、医療、社会福祉に携わる者たちに、僧侶、主婦と、年齢も30代から70代と現役からリタイヤした者までが所属するユニークな団体である。

今回も東は横浜、東京から、西は高知、広島から、更に今回はアフリカ・マラウィからの出席もあった。

年に一度の七夕様のような集会であるが、研究会の企画や懇親会の準備など、事前の仕事が結構大変なのである。

年に一度とはいうものの馬鹿高い旅費を使って暑い京都へ集まってきてくれるのであるから、事務局としては準備怠り無く、たとえ僅かであっても何らかのお土産を持って帰って頂けるように苦心工夫をするのである。

今年も無事に終わった。

果たして何か心に残るお土産を持って喜んで帰って頂けたであろうか。

事務局としては気になるところであるが、夏の間に今年の研究集会の内容を報告書にまとめて、秋からの広報活動の準備と来年度の企画を考え始めねばならない。

とりあえずは今年のイベントを終えることができ、私の夏休みが始まったということになる。

会を盛り上げてくれた皆さんに、そして、今年も無事に元気で事務局の務めを終えさせて頂けたことに感謝。

そして最後に、皆さん方に喜んで頂けるよう奮迅努力した自分自身に「ご苦労さん」。

at 14:50│
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