September 13, 2008

トラサバ? マサバ・ゴマサバ 寿司『福寿』

「今日はお寿司でも食べに行こうか」

「ええよ」

いつになく、二つ返事が返ってきたので東生駒のゴルフ練習場まで車を走らせた。

『福寿』という寿司屋なのだが、我が家からは少々交通便が悪い。

板前でありオーナーの田中氏は未だ40前であるが、大阪・鶴橋の寿司屋に長くいたので魚の目利き、調理ともに信頼できるものを持っている。

プライベートなことを書くのは憚られるが、彼は一児の甘ーいあまーい父親であり、奥さんは某学校の美術教師で、店で使用する陶器皿などは彼女の作によるものが多く、裏方として店を支えている。

私が席につけば先付けの如く三陸ワカメの上に『マグロの中トロ』と山葵を載せた陶器の皿を出してくれるのだが昨日は出なかった。

一番目の皿には軽く〆られた鯖(さば)の切り身が載っていた。

今年は魚の脂の乗りが良いのか、既にサンマ、カツオなどを美味しく戴いているし、私は『鯖の生ずし(きずし)』も好物なので大いに喜んだ。

※『鯖の生ずし(きずし)』というのは〆サバのことで、関西ではこのように呼ぶ。 通常新鮮な鯖の頭を落とし、三枚に下した後の2枚の身に塩をして水分をタップリ出した後、酢に浸す。 一定の時間、このように〆てから鯖の皮を剥き、適当な厚みに切って皿に盛りつける。

この酢に浸す時間の長短によって鯖の身の白色に変化する度合いが変わり、長い時間をかけると一般的には身に柔らかさや湿り気が無くなり、カスカスした感じとなってマズイものとなる。

話を戻そう。 下の写真は持ち帰った“握り寿司”のものである。
1826c002.jpg

店で戴いた“鯖の生ずし”と同じ鯖である。 

「えっ、ゴマサバか?」

と、私が問うたのに対して田中氏は、

「いえ、トラサバです」

「?????」

私が黙ってしまったのには理由がある。

先ず、『トラサバ』という名前の鯖を知らなかったこと。

次に、白い腹の部分の黒いゴマ斑(ふ)はゴマサバの特徴的模様であること。

三番目には、9月初めだからゴマサバが出ても季節的にオカシイということは無いにせよ、関西の料理屋では真鯖(まさば)は使うが、ゴマサバを供することは稀であるということ。

上のような理由から私の頭はコンガラガッテしまったのである。

確かに、よく見ると上の“握り寿司”の写真でも分かる通り黒いゴマ斑(ふ)はゴマサバの特徴を示しているが、青背と白色の腹の間の体側線に沿って黒色のハッキリした斑(ふ)が並ぶというゴマサバの特徴(下の比較写真を参照)が見えない。
943be073.jpg

体全体が大きく、模様だけで言うならば背の部分は真鯖(まさば)であり、腹の部分はゴマサバという実にケッタイなサバ、トラサバなのである。

そして、このトラサバ、体全体に脂が乗り、将に“トラサバ”ならぬ“トロサバ”なのである。

冗談交じりに「ゴマの顔しとったんかいな」と私が尋ねると、「ええ、まったくゴマの顔でした」と田中氏もニコニコ。
07f02c15.jpg

上の写真は独立行政法人『水産総合研究センター中央水産研究所』中央水研ニュース(№38)に掲載のゴマサバ(上)とマサバ(下)を比較するために借用・転載した。

昨夜の『トラサバ』というもの、体の模様と脂の乗り具合から見るならば上の写真のゴマサバとマサバを重ね合わせたようなものであった。

真鯖は秋から冬にかけて脂が乗って美味しくなるが、春からは産卵期に入り味が落ちる。しかしゴマサバの場合は真鯖と反対なので夏場に美味しいとされ、九州・博多の居酒屋などでは夏場にゴマサバの刺身を提供したりしている。

“トラサバ”という名前については『阿波学会研究紀要33号』徳島県海部郡海部町の海産動物の研究報告の中で、採取魚類として『182.マサバ Scomber japonicus HOUTTUYN(地方名 トラサバ,ヒラサバ)海部郡海部町鞆浦漁協,昭和61年8月7日』と挙げられていることから、マサバが地方によってはトラサバと呼ばれている場合があることは分かったが、私はトラサバという名前を昨夜初めて耳にした。

今ひとつオモロイのは、中央水研ニュース(№38)に紹介されている記事である。 

マサバもゴマサバも共に「同属(Scomber属)であり、交雑することは以前から知られていましたので、これは雑種第一代(以下、F1)に違いないと思い」と記されており、マサバ×ゴマサバ=『マゴマサバ』?、これが昨夜の“トラサバ”であったのかどうかは分からないが、体の模様のみで判断するならマサバの地方名としての“トラサバ”では断じてなかったことだけは言える。

それにしても田中氏、一番に“トラサバ”を出したということは、このサバに対して余程の自信を持っておったということであり、最後になっても『マグロの中トロ』が出てこなかったということは・・・・・

彼は胸張って出せない場合、まな板の下の冷蔵庫に仕舞い込んで、客から見えるショーケースには絶対に出さないのである。

どうしても欲しいと注文を受けると、将にシブシブ出してくるのである。

市場の仕入先との関係は持ちつ持たれつ。 買いたくないモノであっても、時には付き合い上買わねばならない時もあるのだろう。

田中氏の人柄を知れば、私も無理強いするようなことはしない。

何においても『阿吽の関係』、ツーカーというのは良いものである。

電話会社の宣伝をしとるのではない。 念のため。


at 09:13│
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