June 29, 2009

北欧の旅 (17) オスロ~リレハンメル 

オスロ・フィヨルドの最奥部にあるオスロ港に定刻接岸したパール・スカンジナビアから下船。

船に預けてあったラッゲージがチャーターしたバスに運ばれてきた。

オスロ港を出発点としてスウェーデン・ストックホルムまでの間、私達の足になってくれるチャーターしたバスとPearl of Scandinaviaの写真である。
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運転手はMr.SteinかStainか。 スタインと呼んでいたが名前のつづりを聞かなかったので分からない。 が、なかなかエエ男やった。

オスロからはE6(欧州自動車道路)でリレハンメル(Lillehammer)を経てオッタ(Otta)へ。 ここからA15(ノルウェーの国道のようなもの)でゲイランゲル・フィヨルドへ向かう。

ヨーロッパは幾つもの国家として分かれてはいるが、英国やアイスランドなどを除いて全て陸続きである。 そのため幾つもの国家間を道路がまたいでおり、それらの主要な道路を欧州経済委員会(Economic Commission for Europe)=UNECEがヨーロッパ道路網の幹線道路に指定し、各国共通の道路としてアルファベットの『E』と数字を組み合わせて道路標示を為している。 

途中エスパ(Espa)の近くで休憩を取った。
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上の写真はミョーサ湖(Lake Mjosa)。 この湖は湖面海抜が123m、最大幅でも15km、北西から南西方向に細長くその全長は117kmにも及び、最大深度468mとノルウェー最大にして最深の湖である。 

お天気は上々、陽射しは強いが湿気がなくカラッとしていて気持ちが良い。

素晴らしい景色を眺めながら、てんこ盛りのアイスクリームは美味いものであった。

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リレハンメルのレストランで昼食。

初めにパンを持ってきてくれ、その後にボールに入れた野菜(細長く切ったレタス?だけ)、同じようなボールにご飯を入れたもの。 そして、白いお皿に蒸した大きい切り身のサーモン。 このサーモンには写真のようなオレンジ色のソースがかけられていた。

サラダもご飯も好きなように勝手に自分の皿に盛れというわけ。

贅沢を言うつもりではないが、サーモンは塩鮭を焼くのが一番美味い。 それも昔ながらの塩辛いのが。

贅沢と言うよりも私の好みである。

レタスのような菜っ葉は美味かった。 これも単に私の好みか。

しかし、ご飯はハッキリ言って不味かった。

ご飯の味がしないご飯って分かるだろうか。 まあ付け合せとして出されたものだからご飯を主食とする私とは違うのだが。 香りもモチモチ感も無く、蒸した米を水で洗い、それを再び蒸して冷ましたような全くツマランものであった。

1993年から1994年にかけてタイ米を緊急輸入、米屋がタイ米と抱き合わせでないと日本産米を売らないというメチャクチャなことをしよったことがあった。

もともと外米は美味しいと言えるものは少なかったが、この時ほどタイ米が不味いと日本人の多くが思った時は無かったのではないだろうか。

しかし、そんなことはないのである。日本産米と言えど、しかも低温倉庫でいかに品質管理が行われていようと2年3年と年数を経れば経年による品質劣化は避けようも無く香りも味わいも落ちるのが当然。 緊急輸入されたタイ米が経年劣化を起こしている古米なら当然のことだったのである。

外国産米の名誉のために敢えて書いておこう。

実際に何度も食べた私の感想だが、タイ米、オーストラリア米、アメリカ(カリフォルニア)米、イタリア米と、好みは別にしていずれも美味しいものであった。

しかし、いろんな経験をもとに考えても、このレストランの米は品質も調理法もマズイと言わざるを得ない代物であった。

それでも『もったいない』と、食事を頂けることだけでも『ありがたい』と思う私はオレンジ色のソースさえパンで拭き取るように頂き、お皿を元通り綺麗な白色にしておいた。

食の文化が違うのである。 条件の異なるものを同じステージで比較することがそもそも間違いであって、優劣をつけることはすべきではない。

私の『好み』を書いてみたのである。
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レストランを出てからリレハンメルの町を少し歩いてみた。

せいぜい数百メートルの山からなだらかな斜面がミョーサ湖(Lake Mjosa)に連なる中腹から湖岸あたりにリレハンメルの町が広がり、ヨーロッパの旧市街の多くがそうであるように町のメインストリートと思われる道はこぶし大の石が埋め込まれていた。

リレハンメルは決して大きい町ではなく軽井沢のような高原避暑地といった感じで、初夏の太陽を受けて町の公園(上の写真)では人々がシートを敷いて日光浴を楽しんでいた。
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リレハンメルは1994年の冬季オリンピックが開催された町で、スキー・ジャンプ団体で最終ジャンパーの原田の記録が100mにも満たず、日本が2位に終わったという残念な記憶がある。

リレハンメルの町並みを抜け、なだらかな草地の斜面を登って行くとジャンプ台の下に至る。

ジャンプ台は各地で見てきてはいるが、間近に見上げると改めてその高低差に怖れを抱く。

原田の記録が100mにも満たなかったなどと書いたが、確かに日本が2位に終わったことは残念だった。 しかし、真上に見上げる程の高さのジャンプ台の下に立ち、眼下に広がる広大な景色を実際に目にし、それが遥かに高いジャンプ台の上からならばどのような情景として映るか、しかも急斜面を高速で滑り降りスキー板と我が体だけで飛行することを思えば自分には不可能なことと思い知る。

全く何と無責任で軽々しい表現なのであろうかと、当時メディアが報じた記事表現をそのままに未だ記憶していた自分が恥ずかしくなった。
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ジャンプ台の下にはリレハンメルの町がミョーサ湖畔に広がる。

南北に117kmと細長く伸びるノルウェー最大のミョーサ湖であるが、このリレハンメルの町が湖の北端(右端方向)となっている。


at 15:52│
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