October 17, 2009

徳島へ

訃報の一報が入ったのは正午過ぎのことであった。

この日の夜にお通夜、明くる日がお葬式との連絡であったが、K子さんの主人も混乱していたらしい。

病状が次第に悪くなっていく老人の場合、送る側も徐々に覚悟が定まっていき、それなりの準備も頭の中での整理が進んでいくものである。

しかし、それが突発的な場合遺族となる者の頭は錯乱し、それも狂乱という言葉を用いて良いほどに常態を失ってしまうのが常である。 これは私の経験から言えることなのである。

明くる日も、その明くる日も家内にも私にも予定が入っていた。

だが、自分の予定は延期できるが彼女を送ることを延期することはできない。

単に儀礼と言えばそれまでだが、後悔することのないよう私は家内にお参りしてくるように言った。 勿論泊まることになるだろうと思い、家内には持ち物などを用意するように言って、私はホテルと交通便について調べた。

最短距離・最短時間を最優先条件に、先ず飛行機を調べてみたが大阪~徳島便というのは無い。 次に船を調べてみたが和歌山~徳島間の南海フェリーがあるだけ。鉄道は新幹線で岡山へ、岡山から高松経由で徳島と随分遠回りになる。 最後に高速バスを調べてみると、難波から徳島駅まで所要2時間半程度で1時間に1本出ていることが分かった。
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しかし、時刻は既に午後2時になろうとしており、我が家を出発してタイミングよくバスに乗れたとしても徳島から更に移動せねばならず、通夜開始の時刻に間に合うかどうかぎりぎり。 しかも通夜の会場が分からない上に日帰りは無理であることから私の車で向かうことにしたのである。

ホテルは徳島県庁舎の隣に建つ徳島グランヴィリオホテル(旧徳島プリンスホテル)。

我が家から車で出て阪神高速から明石海峡大橋・淡路島・鳴門海峡大橋を経て徳島へ。

ほぼ制限速度で走行したのだが、ホテルには5時にチェックインでき、これが最善の策であったと思う。

子ども達の成長ぶりには驚いたが、とにかく通夜の弔問を終え翌日の葬儀にも参列させてもらい、K子さんの無念さやご遺族の悲しみを思いながらも、きちんとお別れできたことに安堵。

これ以上書くのは辛いので話題を変える。



at 09:36│
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