July 21, 2010

久し振りに博多へ 【4】 (博多・祇園山笠)

早くから陣取っていたので集団山見せの各流の山笠をよく見ることができたのだが、傘をさしての観覧のため前後右手にいる人たちの傘からしたたる雨が背中や胸前にかかって何とも気持ちが悪い。

小雨模様になった時は良いのだが、雨がひどい時にはホースで水をかけられたような感じとなり、シャツがピタッと肌に張り付くのである。
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上は3番山笠・千代流の先頭集団であるが、彼らの白い水法被も雨や勢い水で肌にぴったりくっ付いている。
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千代流の舁き山の標題は『勇将義如鐡』でモデルとなった人物は初代・筑後柳川藩主の立花宗茂。

宗茂の父は豊前・大友氏の庶流で高橋紹運だが、同じ大友氏庶流の立花道雪の養子となり道雪の娘・誾千代(ぎんちよ)を妻にした。

豊臣秀吉の九州攻めに対し、島津義弘の筑前侵攻に抵抗した高橋紹運が守る岩屋城の戦い、立花城を守る立花宗茂などについては以前にも書いているので省くことにする。
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千代流に続くのは4番山笠・恵比須流である。

日本の祭りに参加する外国人が多くなってきているが、山笠でも多く見かけた。

彼らがどれほど日本の文化や歴史に精通しているか知らないが、まず肌で感じることをきっかけにして日本通と呼ばれる人に育ってもらいたいものだ。
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4番山笠は恵比須流で標題は『日出乾坤輝』(ひいでてけんこんかがやく)である。
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乾坤とは、八卦において乾は陽を坤は陰を表し、相対するふたつのものを指す場合に用い、陰陽のほか天地を意味する言葉でもある。

天には太陽が照り輝き、大地は緑豊かな素晴らしい、そんな世界を希求してでもいるのであろうか。

舁き山笠にしろ飾り山笠にしろ毎年なかなか楽しいものがある。
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上は、5番山笠・土居流。 標題は『博多守護之武勲』。

元寇の役(文永の役・1274年、弘安の役・1281年)で元の軍隊に対して奮戦し、勝利をもたらした武将をモデルとしたもの。
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上は、6番山笠・大黒流。

標題は『清風万頃波』(せいふうばんけいのなみ)

平清盛は海上交通の整備に力を注ぎ、博多では袖港を築いて日宋貿易も盛んに行えるようにさせた。
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舁き山のモデルは清盛の子・平重盛らしい。

下は、7番山笠・東流。
標題は『威風震十方』(いふうじっぽうにふるう)
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舁き山には黄金色の不動明王が腰掛けて周囲を睥睨している。

仏の本願は衆生全てを救うことにあるが、理の分からぬ者に対して大日如来が憤怒の様相の不動明王に化身していると言われている。

不動明王は世界の十方、隅から隅まで睨みをきかせているというのが標題であり山笠も良く表現されていると思う。
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1番山笠の中洲流が集団山見せのコースを駆け終えて中洲の町へ戻ってきたところである。
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ご苦労様の労いの意味も込めて勢い水が盛んにかけられる。

頭からかぶることは無かったけれど、見物していた私のズボンや靴も既にびしょ濡れである。

山笠最終の神事、追い山と順序がちぐはぐになってしまったが、舁き山について見聞を記してきた。

博多・祇園山笠では舁き山笠ではないが飾り山笠もあって、これも祭りの期間中博多の各所で見ることができる。 次ページではそうした飾り山笠のいくつかを紹介してみよう。


masatukamoto at 07:27│Comments(0)TrackBack(0)

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