September 28, 2010

『割烹うまいもん』(上野 修 著)と法善寺『き川』

今年の夏は殊のほか暑く、9月に入っても一向に気温は下がらなかった。
思い返せば博多から戻った7月半ばから日中に出歩くことは極端に少なく、エアコンで冷えた書斎で将に引きこもりの状態でひと夏を過ごしたと言える。
そうした反動もあってか、久し振りにミナミへ出れば嬉しくて午後の半日を歩き回っていた。
昼間っから酒を口にすることなど殆どない私だが、やはり長時間歩けば汗の量も相当なもので、ついつい水分補給にとビールをグイグイ飲んでしまった。
いい加減疲れたところで読み物を仕入れに本屋へ入ったのだが、入口に近い書架に並べられた本の中の一冊が目に入った。
き川表紙(1)
表紙を見ただけで手に抱え次の書棚へ。 他に数冊買って本屋を出た。

久し振りに寄ってみようとはミナミを歩いている時から思っていたのだが、この本を手に入れ本屋を出た時から足は法善寺へ向かっていた。

千日前通りの信号は既に青になっており、歩行者の集団が道路の半分あたりのところまで来ていたので急いで渡らねばと私は小走りに駆けだした。

ところがである。 引きこもり期間が長かったこともあるが、足の弱りも進んでいるのであろう、横断歩道の真ん中あたりまで進んだところで両足のふくらはぎが攣ってしまったのである。 

大概の人は経験していると思うので分かってもらえるだろう。
足を一歩前に出すことが出来ないくらいの痛みなのである。 が、とにかくそろりそろりと横断歩道を渡り終えたところで直立不動の姿勢となってしまった。
両足のふくらはぎがパンパンに張っているものだから、片足の筋肉だけでも和らげようと思っても、もう片方の足が痛むために曲げ伸ばしの動きすら出来なかったのである。

全く情けないことであるが数十分その場で立ち尽くし、痛む足を引きずりながら法善寺『き川』の暖簾をくぐったのが午後8時。

評判の高い店だから予約するのが一番だが、私は一人で行動することが多いし、予約するとか並んで待つというのが嫌いだから行って席があれば入るし、満席なら拘ることもなく帰ることにしている。

随分以前には予約が無ければ例え席が空いていようと来客を門前払いにする鼻の高い店もあった。 まあそれはそれで良い。 が、私の
“もてなし観”とは異なるので、そのような店を訪れることは無い。

看板を掲げ、暖簾をかけて明かりを灯すのは千客万来、来客を心より待ちわびる店の主人の心を代弁していることなのである。
わざわざ足を運んで来てもらった客は社会的地位や名誉、貧富の別なく、店の主からスタッフに至るまで、彼らにとって『お客は全て同列』であって等しく“おもてなし”すべき“客”なのである。

誤解の無いように付け加えるが、私は客が神様であるなどと言っているのでは無い。
他家を訪れた時と同様、客は礼節をもって主人(スタッフたち)の“おもてなし”を受けるべきだし、その“もてなし”の対価として店の主人が決めた料金を支払い、謝意を表す言葉をかけるくらいは客とすればして当然との考えを持っている。

『商い』というのは、金銭と商品のやりとりと形式的に受け止められがちであるが、『商い』が人と人の間で行われるものであることを考えれば、『商い』の底流には互いの心の交流というものが当然あらねばならない。

捕鯨禁止が叫ばれるようになって以来、入荷量が少なくなり高嶺の花のごとき食べ物になってしまった鯨であるが、私が子どもの頃、寒い冬の夕食時に母親が練炭火鉢に鍋を載せてよく食べさせてくれたのが『ハリハリ鍋』であった。

鯨の尾の身や赤身などを水菜と共に煮るのである。

我が家では牛肉の“すき焼き”と同様の味付けで水の量分が“すき焼き”よりも多かったように記憶している。

しかし、『き川』の『ハリハリ鍋』は美味しく、私の思い出の味(水+醤油+砂糖+鯨)とは違うが出汁(だし)がウマイ。

多分、和風の出汁に薄口醤油、それに少量の砂糖を加えて鯨の身を煮て、最後に季節の青菜を入れて椀に盛ってあるのだろうと思う。

この出汁が絶妙なのである。

日本料理は出汁が勝負と言われるが、味わうことしか知らない私にしても同じ思いである。

『割烹 うまいもん』の本の写真では水菜に鯨のコロやサエズリが入っているが、水菜は季節によって他の青菜に変えられる。
が、最もおいしい時期は、やはり冬場であろう。

もっとも私は時を選ばず、『き川』へ寄れば昼以外は必ず注文する一品である。(昼は浪速膳のコース料理だけなので)
 
ところで『割烹 うまいもん』という本は、『き川』の主人・上野 修氏の料理写真集のことである。

この本の表紙を見た時に、『き川』であることが分かったから直ぐに本を手に抱えたのであるが、私はてっきり上野修三氏の本であると思い込んでいた。

上野修三氏は初代『き川』の主人で修氏の父親、これまでも料理関係の著作があるので・・・

店で親父さんの本を仕入れてきたことを話していると、それは私の・・・と、修氏。

改めて老眼鏡をかけて見直すと、確かに“三”が無い。

全く、私としたことが失礼をしてしまった。
img025サイン
この日は、『鱧の焼き霜』と『鯛のお造り』(少量)、それに前述の『鯨のハリハリ鍋』と冷酒をいただいた。                  

頂いたと言えば上野氏のサインも頂いたので写真集がサイン本となった。

良い素材を仕入れ、優れた調理で料理を提供する店は多い。

しかし、客がお店に入ってからお店を出て振り返るまで、心から満足できる“おもてなし”を実践しているお店は数少ない。

以前にも書いているから詳しくは書かないが、店全体が醸し出す施設としての雰囲気から、何気ない言葉やしぐさに至る主人、調理人、お運びさんの連携のなかで生まれる“おもてなし”を客は敏感に感じ取るものである。

『き川』。 私が大切にしたいお店のひとつである。

『割烹 うまいもん』の写真を借りることが出来れば、より分かりやすく書くことが出来たのだが、奥付で「本書収録内容の無断転載・複写(コピー)・引用・データ配信などの行為は固く禁じます。」と上野氏が著作権を主張しておられるので仕方がない。

本を紹介するため表紙だけ掲載することにする。
『割烹 うまいもん』(上野 修 著 柴田書店 2010年9月15日)
                           価格は3500円+税



masatukamoto at 09:37│Comments(0)TrackBack(0)

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