July 31, 2014

発想の連鎖

昨日は我が娘たちのうちの二人が来てくれた。
誰が誰というのはヤヤコシイので省くが、孟子ほどに偉くもない私だが、『 去る者は追わず来る者は拒まず 』 の30-1信条で沢山の人と関わって来た。
しかしこの信条、とりわけ
 『 去る者、追わず 』 という部分だが、私自身を客観視すれば、私らしくなく少し冷たいと感じるところが無くもない。
が、まあ私を慕い信じて頼って来る者は大歓迎であり、彼らに対してはそれなりの、否それ以上の歓待の姿勢を示してきたと思う。
当然ではあるが、でき得る限りという条件や、社会的に或いは一般常識に照らして不都合と思われることはしてこなかった。
基本は、『 互いに助け合い共に喜びたい。』 という発想である。
pict-Hとぶどう-1M は 4歳になった長男 H を連れて兵庫県から暑い中を来てくれた。
幼稚園が夏休みに入り、M 自身も長年勤めていた会社を退職、専業主婦となったことで時間的に余裕ができたということもあったのだろう。
しかし、自転車、電車、電車、電車、タクシーと、我が家へ来るまでの乗り物の乗り換えが大変だったことを思うと、来てくれたという有り難さに頭が下がる。
私も、ついつい張り切って回復の状態を誇張して見せてしまった。 30-1
ぶっははははは。 心配かけまいと思ったのだが、疲れて横になる羽目に・・・・・

来てくれた
もう一人の娘は我が息子の嫁。
息子は我が家をビジネスホテルぐらいにしか思っておらんようで極々たまに来る程度。
友人と一緒にお酒を飲もうという場合か、ゴルフ・コンペの際の足場として利用する程度。
いずれも車を置くためにのみ我が家へ来る。と言うか立ち寄るのだ。そして夜遅く帰り、自分の部屋へ入って寝て、早朝には出かけて行く。
そんな息子の代わりに嫁が来てくれたのかも。
これからも、ちょくちょく来てくれればいいのだ。
29-1
来てくれると言えば三日前のブログでセミの抜け殻について書いたが、写真は塀際に開いたセミの幼虫が這い出て来てくれた穴である。
我が家でセミが土中より這い出すのを見たことはないが、多分土表面に這い出た後、写真では上方となる塀を這いpict-セミ抜け殻-5登って樹木の枝に移っていくのであろう。
pict-鳥居-1
塀と言えば最近は見かけないが、写真のような記号が板塀やセメント塀に描かれているのをよく見た。
言わずと知れた 『 立小便お断り 』 のマークである。
しかし子どもの頃の私には、お稲荷さんの鳥居と同じだから、コンコンさんか何かお祀りしてあるのだろうとぐらいにしか思っていなかった。

『 ミミズもオケラも、みなゴメン。』

小さかった頃、小便を我慢できずにいた時に父親から上の呪文のような言葉をつぶやいて立小便すれば良いということを教わった。
pict-サンパラソル花-1文化状況が今とは全く異なる時代のことであり、立小便はダメという教えは大変ゆるやかであった頃のことだ。
この呪文を聞かされた頃は呪文の意味を考えるということもなく、ただただ記憶に残ったというだけであった。
だから、ミミズは既に得ている知識と結びついて理解出来たものの、オケラが何たるか分からず、また当時は知ろうともしなかった。

それからどれぐらいの月日が流れたか。
オケラとはミミズと同じように土の中で暮らす生物と想像。
水の中では溺れて息をすることが出来ない自分と同様、ミミズも水中では生きることが出来ず、ミミズにとって小便をかけられるということは湯をかけられ溺れさせられるpict-オケラ-1ようなものと理解。
ミミズと同じく、土の中の生物としてヤスデ、ハサミムシ、ダンゴムシなどもいるが、奴らも小便の洪水で困ったろう。

などなど、自分が学習したことや経験したこととアレやコレの事柄が複雑に繋がり結ばれていった。
ジェーン台風や台風13号などの時、舞い上がる畳をひっくり返した座敷机で押さえつけ、その上に座らされたりしたことや床下浸水を経験したりで、そうしたこpict-オケラの手ともミミズと立小便の関係理解に繋がっていると思う。

ところがオケラの実物を見たのは小学校の高学年になってからであり、それまではモグラの姿形を想像していたものだから実物との違いに大いに驚いたことを覚えている。

ただ土かきの手と爪については想像通りで、この一致についても妙に感心したものだった。
30-2
ついでに書けば現在の家でオケラは見たことがないが、20数年前頃だったか実物のモグラがゴミ箱として使っていた大きいポリバケツに入り込んでいるのを見つけたことがある。
多分誤って落ち込んだのだろうが、将にネズミの親分といった感じだった。

飼ってやろうかとも思ったが、翌日には死んでしまっており、腐敗臭が強烈であったことを今も覚えている。
30-1
『 ミミズもオケラも、みなゴメン。』
立小便の良し悪しはさておき、私が小さかった頃は立小便するにしても地中の、それもいるかいないか分からないミミズやオケラにゴメンと言える優しさがあった。

もっと古く、小林一茶は 『 やれ打つな 蝿が手をすり 足をする 』 といった句を詠んでいる。

人のことどころか、ちっちゃな生き物にまで気遣いできる優しさが日本人にはあった。 確かにあったのだ。 私はそう思いたい。
pict-鳥獣人物戯画(甲)部分-2
情報の発達は伝える情報量を多くした。 昔とは比べものにならないくらいであり、情報の収集・伝達範囲や速度も将に雲泥の差と言えよう。
半世紀前なら伝達されなかったかもしれない情報も現代なら何の支障もなく世界中全ての人たちに、それも瞬時に伝えられるであろう。

ツマラン事件事故も半世紀前と同じ比率で起きているのかもしれない。
しかし、情報の伝達量は明らかに異なり、ひょっとしたら
イチ(1)を十(10)にも百(100)にも受け止めているのが現代なのかもしれない。
pict-鳥獣人物戯画(甲)部分-1
人々の優しさや心のゆとりが希薄になっているように思えるのは情報との関わりにも影響されているのではないだろうか。
想いの広がりと繋がりを辿っていくと何だかワカランうちにワカラン得体の知れんモノに引きずり回されているのではという思いに至った。 むむむむむ、うーーーん。

※ 上の2点は、国宝の鳥獣人物戯画の部分 
   《 栂尾山 高山寺 蔵 》


masatukamoto at 17:35│Comments(0)TrackBack(0)

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