September 23, 2016

敬老の日のことから

祝日法の改正により9月の第3月曜日を敬老の日と定めたことで、年によっては日にちがズレるという状況が生まれることになり、今年の敬老の日は19日となった。
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私も家内も一般的には敬われるジジ・ババの年齢に入ってはいるが、その私たちには更に敬うべき年長者の兄姉がいる。だから私たちが若い人たちから実際に敬われる言動に直面すると、これは何とも面映ゆい思いがするものなのだ。
自分の年齢は勿論分かっているし、体力的な衰えについても自覚してはいる。が、その衰えという事実だけは未だ未だ認めたくないというのが今の私たちの心理状況である。
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まあそれはさておき敬老という意味での感謝ではなく、私の場合は日々家内に何かと世話になりアリガトウの言葉くらいで済ませることが出来ないほど感謝の気持ちイッパイなのだ。s-20160919-高麗橋・吉兆-2
足がしっかり自由に動くものなら自分のことは全て自分で、家の用事は勿論のこと家内のことだって手伝うところだが現況は全く不甲斐ない状態にあるのだ。
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せめて何か気持ちを形にと考え、敬老の日にお膳を取って
二人で夕食を楽しんだ。
お膳を取ることで家内の料理を作る手間と食器を洗うなどの後片付けの手間も省けるということだったのだ。
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感謝の気持ちを表すというのは結構難しいものだ。
感謝する側としては感謝しているという心を感じ取ってほしいから、言葉で表情で、何か物品に気持ちを託してと様々なことを考える。 しかし一方で分かってくれなくてもいい、自分が感謝していることを言動でしっかり示せばそれでいい、という考え方もある。
感謝する気が無いならドーデモ良いことだが。
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今夜、家内は昔々の職場仲間と月に一度の食事会に出かけて行った。
夕刻に私の食事の用意をして出かけ、遅々に帰宅して洗い物をしてくれるのだ
友人たちとの会話の時間は楽しいことと思う。s-2016-09-20_125400
今夜多分、森 麻季の素晴らしい歌声も話題に上ることだろう。
どんな時間を過ごすのか想像するばかりだが、うんと羽根を伸ばして楽しんでほしいと願うばかりだ。
これは形に表れないが私の感謝の気持ちを表す方法のひとかけらなのだ。

今夜咲く(はず)の月下美人。
s-2016-09-23_180545翌朝はダラリと垂れ下がるが、家内が帰宅する頃は真っ白な大輪の花が咲いているはずだ。
帰ってきたら月下美人の花を見てやって。


masatukamoto at 19:21│Comments(0)TrackBack(0)

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