March 11, 2017

哀しい報せ

3日前、フィンランドから航空便が届いた。
宛名の文字に胸騒ぎを覚えつつ封を切った。
窓の外は雪が降っているとの書き出しから、哀しいお知らせを伝えねばならない・・・と。
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病気療養中であった U が1月末に亡くなり、親しい者たちによって町の墓地に埋葬したとの内容であった。
『生者必滅、会者定離』。
そんなことは百も承知だが、落ち込んでいく気持ちはどうしようもない。

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昨年末のクリスマス・カードに体調が思わしくないと書いていたので気になってはいたのだが・・・・・
私が緊急手術を受けて入院生活を送っていた時と同じく彼女もヘルシンキの病院で血液系難病の治療を受けていたのだった。
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彼女との交流は私が中学生になった4月末に頂いた航空便から始まったのだった。
現代はエアメールなど珍しくもない時代である。 テレビ、インターネット情報は勿論のこと、あらゆる物資の流通も時間や地域など何もかもがボーダーレスになっている。
s-2017-03-11_100312しかし中学生になるまでに私が知った国はそう多くはない。知ったと言っても国の名前程度のことで、日本史や偉人伝記に出てくる国のほか、進駐軍のアメリカ、シベリア引揚げ船からソ連邦、朝鮮動乱や李承晩ラインから韓国・朝鮮、バナナの台湾ぐらいだった。
フィンランドという国は Ms.U から手紙をもらったことで初めて知ったのだ。
60年近くも前のことだが思い出が次々と繫がり広がる。
決してオーバーではなく、私がいろんな国や文化などに興味・関心を持つきっかけを与えてくれたのが彼女だったのだ。
サイナトサロ(Säynätsalo)からの手紙は私の英語学習に力を与えてもくれたのだった。
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やがて彼女が大学入学試験に合格して
白い学生帽Ylioppilaslakkiをかぶりユヴァスキュラ大学(Univ of Jyväskylä)へ進学したと同じく私も大学へ。その後、彼女も私も教育(研究)職にと進む道筋も似ていた。

仕事、結婚、子育てと互いに忙しい時期になって手紙のやり取りが少なくなったが、20数年前、私がヘルシンキを訪れた際に片道3時間かけて宿泊ホテルまで来てくれたのだった。

これが最初で最後、互いの人生でただ一度のデートとなってしまった

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フィンランドの景色を思い出して色付けしてみたが想い出は尽きぬ。
元気であれば飛んで行くだろうが・・・・・






masatukamoto at 15:19│Comments(0)TrackBack(0)

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