April 22, 2017

まとまりない『つぶやき』

日本人は寛容・寛大と言われるが果たしてそう言えるのだろうか。
勿論、日本人を一括りにするような乱暴な見方がオカシイことは認めた上でのことだが。s-2017-03-29_130037
寛容に見えているようであっても、
その実態は関心が無いことの裏返し
ではないだろうか。
無関心、或いは関心を示しても上っ
面で興味本位・・・
私にはそのように見えるのだ。
s-2017-03-04_205859
物事に対し思いを共感共有しても一時的通過的に関心を示すだけで、喜怒哀楽の他、恐怖・驚愕・嫌悪等の感情を露わにすることがあっても長く持ち続けるということが無いようなs-2017-04-07_172222気がするのだ。
東北地方を襲った津波によって多くの人命が犠牲となったこと。
既に 6 年という歳月を経ながらメルトダウンした原子力発電所の建物内部の状況が分からないまま原子力発電所の再稼働方針を出した政府や電力会社のこと。
政務活動費の不正による議員辞職が相次いだ富山の選挙結果、自民党の大臣など要職にある者の不逞行為に失言の数々。
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真の寛容・寛大は不正や悪に対して目をつぶることではないと私は思うのだが、世の中を眺めていると、人々は自己の利害に関わるかどうかを基準に行動しているように思えてならないのだ。
勿論いつまでも過去を引きずっていては前へ進むこともままならぬことも分かるのだが・・・・・
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日本人の心には、禊や祓いといった宗教信仰上の概念・所作が知らぬうちに備わっているのかもしれないと思っs-2017-04-07_170111たりすることもある。
結果、赦され清められという寛容で寛大な神仏の守護・加護を戴くことになるのだが、自分自身が神仏に成り代わって沙汰するという真に尊大極まりないことをやっているのではなかろうか、とも思うのだ。
ブツブツ、ブツブツ



masatukamoto at 15:44│Comments(0)TrackBack(0)

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