February 24, 2018

義理なあ・・・

『日本は、義理チョコをやめよう。』
ゴディバ・ジャパンの社長が出した新聞広告の見出しである。
チョコレート販売会社の長としての経営的意図は別に、見出しの主張には賛成したい。
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以前に書いたことがあるが、私がチョコレートと初めて出会ったのは軍用トラックに向かって「ギブ ミー◯◯」と声がけする近所のガキ大将について行ってた時だった。進駐軍のトラックに乗った兵士がs-2018-02-13_160357チュウインガムと共に投げ与えてくれたのがハーシーズ(HERSHY'S)の板チョコだったのだ。
当時、苦味よりも甘味を強く感じたような思いが・・・。
後にMORINAGAやMEIJIの板チョコを食べた折、森永の方がより甘味が強く感じられ、その後もチョコと言えば森永。ついでにキャラメルの味も明治よりも森永の方を私は好んでいた。
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その森永チョコレートがバレンタイン・デーの謂れについての新聞広告を出したように私は記憶しているのだが、この記憶は確かではない。しかし、私が新聞広告によってバレンタイン・デーのことを知ったことは確かであり、それが昭和34年頃のことであったこともハッキリしている。
もっともバレンタイン・デーと言ってもチョコ会社の販売促進戦略に沿った程度の内容、つまり2月14日には愛する人に、その想いを品物(チョコ)に託してプレゼントする日ということを知っただけのことだった。
だが思春期真っ只中の私にはドキドキ胸躍るオモイで受け止めた広告であった。
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このように当時は『義理』チョコなどという言葉も慣わしも無かった。
『義理』という言葉が使われたり、ホワイト・デーなる言葉や慣わしが一体いつ発生したのか私は全く知らない。
チョコレートは好きだから頂くことは嬉しいし、自分で買っても食べる。美味しいものだから人にあげることもよくある。
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だから『義理』チョコなどという言葉も気に食わんし、イヤイヤとか仕方なくといった気持ちでチョコをあげているなら止めれば良いと思うのだ。
付和雷同という言葉で一括りにされるような人ではイカン。
人々と融和協調することは大切であり、異文化の摂取・融合は歴史的に見ても決して悪いことではない。しかし、無批判、盲信(従)はイカンと私は思っている。
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『義理』という言葉がチョコに付いたからホワイト・デーなる義務的お返しという慣習を派生させたのであろう。
金品をあげたから頂いた方は何らかの形で返すのが当たり前という考えが社会に広く見られる。間違っているとは言わないが、コレコレするからナニナニして下さいと神仏に願うに似ている。
こうした思いの持ち様が私はスカン。
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チョコレートをあげたい食べて欲しいと思うなら2月14日でなくても良いではないか。真に食べて欲しいと思ってあげるなら、あげた時点、受け取ってもらえた時点で満願成就。後に美味しかったといった言葉が聞ければ望外のことと喜ぶべきことであると私は思うのだが・・・。
ホワイト・デーの言い訳をしているのではない。ともかくチョコを頂いた方たちには心底よりお礼を申し上げる。
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masatukamoto at 13:53│Comments(0)

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