March 11, 2018

7年・・・

2011年3月11日、確か15時少し前のこと三陸沖を震源とする大地震が起きたのだ。
s-2018-03-10_135331宮城県では震度7を記録し、その後三陸沿岸を襲った大津波は多くの人命を奪ったばかりでなく、町々を壊滅させるという甚大な被害をもたらしたのだった。
1995年1月17日に阪神地方を襲った大地震を経験した私は地震の怖さについては十二分に理解しているつもりだった。
しかし東日本大震災と名付けられた地震・津波の報道映像は私の想像を遥かに超えるもので、映像が現実のものなのかどうか幾度も自らに問いかけたものだった。
しかも東京電力福島原子力発電所が被災し、放射性物質を撒き散らすという大事故まで引き起こすこととなった。
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被災から7年を経た今日、復興を果たすことの出来たこともあるが、未だに復興住宅に住まわざるを得ない人たち、放射能汚染により自宅に帰りたくても帰ることの出来ない人たちが多くいることなど被災地の様々な現状をメディアが報じていた。
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原子力発電所の汚染水は今も溜まる一方で、メルトダウンした核燃料については処理する方法どころか現段階でどういった状態にあるのかも分からないという。
そうした問題が解決して後、更に廃炉に到るまでには何十年もの年月を必要とし、かかる費用が何十兆円もになるのだと。
そんな不明な問題を抱えながら、一方では他国に原発を売るという日本。一体どういう国なのか、ワカラン。
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今日の日を、被災した事実を私は忘れることはない。
しかし被災後の現状はテレビや新聞が報道してくれるから知ることが出来るのであって、関係機関(者)が公開を拒めば私たちは知ることも出来なくなる。
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今日のおやつは『ずんだもち』。
震災後1年半を経た時、家内と東北地方を訪れた。
震災前に見ていた東松島や石巻は私の記憶に無い景色を見せていたことを思い出す。


masatukamoto at 19:00│Comments(0)

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