September 19, 2018

落ち穂拾い〔2〕

月日の経つのは本当に早いものだ。
うんと幼かった頃は月日が経つことについて余り意識しなかったような・・・
小学生から思春期の頃は早く過ぎ去れと願ったり、逆にもっと緩やかにと願ったりと、今思い返せば随分s-2018-06-23_171623自分勝手な理由で月日が経つことに淡き叶わぬ思いを抱いていたのだった。
 ※ 右の写真は酢の物
それが青年期に入ると月日が経つことは極々当たり前のことと何の疑問も挟まず自然と素直に受け容れるようになってきたように思うのだ。
それがいつからか明確には出来ないが、月日の経つのが早いと感じ始めて今に至っているのだ。
緑色-1jpg
明日はもう秋の彼岸の入りだ。
週末にかけて天気が崩れるとの予報が出ていたので今朝の日の出の写真を撮っておいた。
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日の出位置が随分と南へ移動してきた。
さて、落ち穂拾いということで右上に酢の物の写真をあげたが、6月17日が父の日だということで息子夫婦がI氏の店で食事をと誘ってくれた時のものだ。
好き嫌いをしない私は何でも頂くが、家内はナマモノについては好んで食べる方ではない。しかも少食ゆえ家内が食べることの出来る品は何があるかと私は常に気遣うのだ。
 ※ 鱧、本鮪、真蛸、剣先烏賊、大好物だ。
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私の幼い頃の大阪は戦後復興に歩み始めた頃で、焼け残った家々の他はトタン葺きのバラック小屋。そして至る所に空き地が広がり、舗装されていない道路をGI帽をかぶった進駐軍兵士がオリーブ色のs-2018-06-23_193950ジープやトラックを土埃を舞い上げて走っていたのだ。
 ※ 大七・生酛(福島・二本松)
私はひもじい思いをしたことは無かったが、戦時中と同様食糧難の時代であったため好き嫌いなど言えない世の中であった。食べるものがあるだけでも幸せと思い思わねばならない世上であったのだ。
そんな時代に育った私だから嫌いに近い食べ物はあれど嫌いなものは無いのだ。モッタイナイという言葉と行動がが頭に浮かぶし、言葉が浮かぶ以前に頂くという行動を起こしているのだ。
s-2018-06-23_173224ところでこの日、I氏は石垣島釣行から戻ったところだと赤魚の刺身(上の写真)を出してくれた。魚の名前を忘れてしまったが、釣った場所や姿形、色合いなどの記憶からアカジンミーバイではなかったかと今は思っているのだ。
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さて、好き嫌いなど言えない時代に育っている家内が生ものを好まないというのも解せないが、そのナマモノを好まないはずの家内がコレだけは好きだというのが新鮮な伊勢海老に生ウニだと言うのだから、これは・・・・・。
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この日もI氏は立派な伊勢海老の活け造りを家内の前に置いた。
家内の好みはI氏も私たちも承知しているのだから。
そして天ぷらもいろいろ揚げてもらった。
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好きだと言っても沢山食べるわけではない家内だ。いろんな食べ物を少しずつ少しずつ食べることが楽しいらしい。それでも家内の食事総量は私の量からみれば僅かなものだ。
父の日ということでの食事会であったが、そんなことはドーデモエエこと。
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美味しい物を沢山頂き、楽しい時を過ごさせて頂いた。
謝謝



masatukamoto at 18:00│Comments(0)

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