May 24, 2020
むかし・むかし
『むかし・むかし』はお伽話の語り始めに用いる言葉だ。
『10年ひと昔』という言葉は、10年をひとつの区切りとして昔という期間を表すと解されている。と同時に、10年と言えば長いように感じるが、月日の経つのは早いという意味合いも込められた言葉でもある。
中学生や高校生が『むかし』という言葉を使って自分に起きたことを話しているのを何度も耳にしてきた。その都度何とも可笑しくソグワナイ感じを私は抱いてきたのだ。何となれば、中・高生と言えば通常
12歳から18歳なのだから。
まあそれほど、彼らが『むかし』という言葉をフツウに使うほど世の中の移り変わりが早まっているのかもしれない、とも思う。
さて、私の『むかし・むかし』だが、お伽話ほどの『むかし』ではない。
全方位という言葉からの連鎖で学生時代の出来事を書いたが、私が高校・大学に通っていた頃が私の青年期であり思春期であり、全方位に向けて興味・関心を持ち、また実践した(させてもらった)時期であったと懐かしさも込めて思い出すのだ。
ついこの間のこと書斎整理をしていたら記章バッジの類いが沢山出てきたことを書いた。それらの殆どが私の青年・思春期に関わるものだった。
下の写真は大阪ユースホステル協会主催で一定距離を歩こうという行事のメダル。そのコースは協会が設定していた。完走ならぬ完歩した人にメダルを与え、写真は15kmのコースと20kmのコースを完歩した時のものだ。
30kmコースのメダルが見当たらなかったのだが、私には寝屋川市駅(京阪電鉄)付近から大利川を遡り、淀川堤を歩いて枚方から京都へ歩いた記憶があるのだ。つまり仮に寝屋川市駅から京都駅までなら30kmあるので証となるバッジが出てきて当然なのだが。
30kmコースのメダルが見当たらなかったのだが、私には寝屋川市駅(京阪電鉄)付近から大利川を遡り、淀川堤を歩いて枚方から京都へ歩いた記憶があるのだ。つまり仮に寝屋川市駅から京都駅までなら30kmあるので証となるバッジが出てきて当然なのだが。
当時の私はワンダーフォーゲル運動に傾倒していた頃で野外活動に関わることを『全方位』的に行っていたのだ。
横長のキスリングザックに飯盒やラジュースを詰め、行程に泊まりが加わる時にはテントやシュラフザックを積み、後にカニ族と呼ばれる格好で出かけていた。
国鉄・紀伊由良駅を出発点に国鉄・新宮駅まで徒歩旅行を遂行したのもこの時期だった。
登山回数によって色が変わっていくのだが、私の場合は10回未満であったため青色のバッジだ。
冬場の金剛山は雪が氷化すめため鉄製のアイゼンを付けて登ったものだが、温暖化が叫ばれている昨今、どうなっているだろうか。
masatukamoto at 12:00│Comments(0)│